2008.8.2更新

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
プロフィール

自衛隊海外派兵恒久法と9条改憲

  前回原稿がアップされてから、約2ヶ月がたちました。本業以外にも日弁連人権大会の基調報告書原稿書き、 広島弁護士会主催の9条シンポの準備などで忙しくしていたことで、つい間延びしてしまいました。

  最近では、自衛隊海外派兵恒久法についての学習会に呼ばれる機会が増えてきました。9条に関する学習会でも、恒久法に必ず言及しています。 6月2日には愛知県弁護士会主催、7月13日には福山南九条の会主催、8月1日には埼玉弁護士会主催の学習会がありました。 そこで今回は、自衛隊海外派兵恒久法と9条改憲について書くことにしました。

  自衛隊海外派兵恒久法制定の意図は、ケース毎に派遣地域や任務、活動内容などを規定する特別措置法を制定するのでは、迅速な派兵ができず、 法案審議という政治的リスクが大きいこと、特措法は有効期限が決められており (時限立法といいます)、特措法延長の都度、 法案修正のための国会審議が必要になるという政治的リスクが大きいことから、与党内で検討されています。 テロ特措法延長問題で安倍首相が政権を放り投げたように、リスクは私たちが考えている以上に大きいのでしょう。

  なぜ今恒久法制定なのでしょうか。これはその背景を分析しなければわかりません。詳しいことは書けませんが、自衛隊の海外任務の本来任務化が直接の背景でしょう。 ではなぜ自衛隊の海外活動を本来任務にするのでしょうか。それは、2004年12月に閣議決定された新防衛計画大綱が打ち出した 「新しい安全保障政策」 から発するものです。

  「新しい安全保障政策」 とは、国家間の武力紛争ではなく、大量破壊兵器と弾道ミサイルの拡散、これで武装した非国家的主体 (テロ組織など) や、 国内の民族・宗教紛争やこれに伴う破綻国家などを冷戦終結後の新しい脅威 (非対照的脅威とも称する) とし、これが登場する国際情勢を 「新しい安全保障環境」 と称し、 これに対処するための安全保障政策です。

  その内容は、@ わが国の防衛と A 国際的安全保障環境の改善を戦略目標にし、それを実現するため、@ わが国自身の努力 A 同盟国 (米国) との協力  B 国際社会との協力という三つのアプローチを統合するというもので、「統合的安全保障戦略」 と呼ばれています。 一言で表現すれば、日本の安全のために軍事力である自衛隊を有効に活用しようという内容に外ありません。 新しい安全保障政策の安全保障環境認識や脅威認識は、米国の国家安全保障戦略 (ブッシュ戦略) とほとんど同じ内容です。

  むろん、「新しい安全保障政策」 では在来型の脅威 (中国・北朝鮮の脅威など) も想定しています。「新たな脅威」 に対しては、日米同盟のグローバル化で、 在来型の脅威には日米安保条約により対処するというように、日米同盟と日米安保体制をはっきり区別して考えます。

  自衛隊の海外活動は、これまでは国際貢献と称していわばサービス活動であったのが、「新しい安全保障政策」 では、 日本の国益のための活動として新たな位置づけをしますので、海外活動を自衛隊の本来の任務に格上げしなければなりません。 また、自衛隊を日本の安全保障政策遂行のために活用するのですから、防衛庁は安全保障政策を主管する官庁として、防衛省へ格上げしなければなりません。 この二つを実現するものが2006年12月の防衛庁設置法改正と自衛隊法改正でした。

  ではなぜこのような 「新しい安全保障政策」 が打ち出されたのでしょうか。最大の要因は、ブッシュ政権下で進められた米国の安全保障政策と軍事政策、 これを実行するための軍の改革 (トランスフォーメーション)、同盟国をこれに巻き込む政策でした。 日米同盟の変革もこの文脈から進められました。新防衛計画大綱も、新しい安全保障政策も、日米合作の日米同盟変革プロセスから生み出されたものです。

  恒久法制定については、米国は日本へ強い圧力をかけています。アーミテージレポートK (2007年2月) は、日本への勧告として恒久法制定を要求しています。 今年6月の末に国防総省高官が密かに来日し、自民党安全保障政策関係の有力者へ、恒久法制定の圧力をかけたそうです。

  では、恒久法制定は9条改正にどのような影響を与えるのでしょうか。 恒久法制定の狙いには、これまでの海外派兵法制で自衛隊ができなかった活動を盛り込むことがあります。 具体的には、安全確保活動・警護活動・船舶検査活動といった前線での活動です。これまでは後方支援活動に限定していました。 なぜなら、自衛隊は海外で武力行使ができないし、他国軍隊の武力行使と一体化した活動もできないという政府解釈があるからです。 また任務遂行のための武器使用、対人殺傷行為に刑法第36条、37条 (正当防衛、緊急避難) の要件をはずすことも検討しています。

  これまでは、自衛隊は個々の自衛官が自分や側の隊員、任務遂行の過程で自衛隊の保護下に入った者の生命身体や、武器防護のため以外には武器使用はできず、 使用する場合でも威嚇射撃までで、正当防衛・緊急避難の場合だけ対人殺傷ができるというものです。自衛隊は9条で武力行使が禁止されているからです。 武器使用に課せられた制約は、警察官職務執行法第7条が任務遂行のための武器使用を認めていることと比較しても厳しいもので、 自衛隊員は海外での武器使用に関しては、警察官よりも武器使用権限が制約されていると言えるのです。

  さて、自衛隊が海外において前線での活動を可能にすれば、これまでのような武器使用の制約では、前線での活動自体が困難になるのは当然です。 そこで、恒久法では武器使用権限の拡大を規定しようとするのです。

  これまでの自衛隊海外派兵は、そのたびに任務遂行意識の高い精鋭を集めた特別な部隊を編成していましたから、 イラクへ派兵された陸上自衛隊は一発の弾丸も発射しないで活動を終了しました。 自衛隊海外活動が増加し、迅速に部隊を派兵するためには、これまでのような特別部隊の編成を行っていたのでは間に合いません。 そこで、常時編成されている部隊の中から、部隊ごと派兵できれような体制を検討しなければなりません。

  陸上自衛隊の中に編成された中央即応軍という部隊があります。中央即応軍司令部の隷下には、国際活動教育隊があります。 今後陸自の各方面隊隷下の師団・旅団に対して、国際活動教育隊が海外任務のための教育を進めて、部隊ごとに迅速に派兵できるよう変革することでしょう。 来年通常国会へ提出されるといわれている防衛省改革法案は、防衛省全体の体制を、制服と文官の混合にし、制服組優位の意思決定を迅速に行うことが目的と思われますが、 これなども恒久法制定をにらんだ改革でしょう。

  必ずしも精鋭ばかりとはいえない在来編成部隊をそのまま派遣し、且つ軍事的にも危険で厳しい前線の活動を行わせるとなると、 自衛官の中には必ず不祥事を起こす者が出ます。命令に従わなかったり、離脱したり、任務を懈怠したり、交戦規則に違反するなどが考えられます。 現行自衛隊法では、このような隊員の行動に対しては、防衛出動、同待機命令、治安出動、同待機命令の下では、罰則があります。 しかし、海外活動では仮に隊員が無断で離脱 (自衛隊では脱柵と言うようです) して帰国しても、懲戒処分は別にして、処罰はできません。 交戦規則に違反して、他国の非武装の市民を射殺すれば、これは刑法の殺人罪 (傷害致死罪) として国外犯規定があるので、処罰は可能です。 しかしその場合、隊員が所属する部隊の所在地の日本の警察検察が捜査をし、その所在地の裁判所が審理をして判決を出すのです。 参考人として、部隊指揮官や仲間の自衛隊員、ひょっとして射殺された人物の側にいた他国の市民からも事情を聞かなければなりません。

  裁判で起訴された自衛隊員が、罪状を否認すれば、公判で部隊指揮官や他の自衛隊員などが証人として証言を求められます。 海外へ派遣された部隊の指揮官が空席になるのでは、任務遂行に大きな障害が出ます。判決が出るまでにも何年もかかるかもしれません。 それまでの間、どのような武器使用が交戦規則に違反するのか、判決が確定するまでは裁判所の公権解釈が示されないので、自衛隊の活動は萎縮するかもしれません。

  これでは、自衛隊は海外で前線の活動を安心して迅速にできないでしょう。ではどうするのか。新しい軍刑法の制定や、軍事裁判所設置が必ず必要となるのです。 軍事裁判所といっても、日本国内で開いていたのでは十分機能しません。海外の駐屯地で開きたいでしょう。 命のやり取りをする厳しい戦闘場面での軍刑法違反では、軍事活動に素人の職業裁判官では、それを理解してくれないかもしれません。 現地部隊の指揮官が裁判官役となって、迅速に裁くことが望ましいのです。このような軍事裁判所の設置は、憲法を改正しなければ実現できません。

  私が勝手に想像し書いているのではありません。実は制服組の自衛官がこのような議論をしながら、憲法改正を要求している事実があるのです。 自衛隊海外派兵恒久法はそれ自体が、国会の多数を利用して制定される立法による憲法の事実上の改正 (立法改憲) です。 恒久法を制定することにより、更に憲法改正 (明文改憲) の圧力が強まることにもなるのです。

  9条改正反対運動の中で、自衛隊海外派兵恒久法制定について反対運動が徐々に強まっています。 先の臨時国会終盤で、与党プロジェクトチームは、臨時国会終了までに法案要綱作成までこぎつけようと、週二回のペースで検討していましたが、 結局A4一枚の中間報告しか作れませんでした。しかも重要な論点はすべて今後の検討課題に先送りしています。 国民の強い懸念と私たちの反対運動が反映したものでしょう。遅くとも来年の通常国会へは提案されると見られていますので、 法案提出までにそれを断念させる運動を今から強めなければなりません。

  資料 自民党防衛政策検討小委員会国際平和協力法案
     (自衛隊海外派兵恒久法案)
    (引用元:関組長の東京・永田町ロビー活動日記 blog 版 海外
     派兵を恒久的に自衛隊の本来任務とする国際平和協力法案)

  資料 自由法曹団の恒久法に対する意見書
2008.8.2


クラスター爆弾禁止条約について

1、 アイルランドの首都ダブリンで開催されていた、クラスター爆弾禁止を求める国際会議 (オスロ・プロセス) で、5月28日、 全面禁止に近い内容で禁止条約に合意しました。

  英国が当初は禁止対象の広い例外を求めていたのが、急遽方針を変更したことで、条約締結に至りました。 日本は、日米同盟維持の立場から、全面禁止には消極的でした。しかし、クラスター爆弾を保有するドイツ・フランスなど欧州諸国が積極的なイニシャチブを発揮し、 ほぼ全面禁止に流れが大きく傾いた結果、日本政府もそれに追随した形です。

2、 クラスター爆弾は、親爆弾から、数10個から500〜600個の子爆弾が広範囲に散布され、子爆弾の中には更に孫爆弾まで散布するタイプもあり、 無差別殺傷兵器である上、大量の不発弾が残り、紛争終結後も子供など市民が殺傷され、紛争地域の戦後復興が妨げられるなど、 残虐・大量破壊兵器として、長年禁止を求める運動がありました。

  1994年のNATO軍によるユーゴスラビア空爆がきっかけに、NGOなどによる禁止運動が起きて、 国連通常兵器使用禁止制限条約 (CCW) の枠組みの中で制限交渉が行われていましたが、全会一致原則のため、交渉は進展しなかったといわれます。 そのため、2007年2月から、ノルウェーを中心とした諸国が、禁止を求める国だけでまず禁止条約を締結しようとして、いわゆるオスロ・プロセスを開始したのです。

3、 これと同じ方式の運動で成功したのが、対人地雷禁止条約でした。カナダがイニシャチブをとって、禁止を求める有志国が結束して禁止条約を作る、 いわゆるオタワ・プロセスを開始したのです。日本は日米同盟の立場から、反対する米国と共同歩調をとっていましたが、 先に米国が妥協し、日本政府が追随して条約に賛成しました。

  この運動は、団結した国際的な市民運動が超大国をも動かす力を持っていることを示したのです。 私はこのような国際社会の取り組みを 「力の支配から法の支配へ」 という大きな歴史の動きとして捉えています。 この歴史の動きは、憲法九条が持っている現代的な意義を示すものでもあります。

4、 クラスター爆弾は、徹底した軍事合理性の観点から考案されました。一発の爆弾 (砲弾、ロケット弾) により、広範囲を攻撃できる特質から、 費用対効果の面で優れていること、出撃する航空機の回数を減らして、パイロットのリスクを軽減できること、体内に入った金属片は例えばBLU-97/Bの場合、 約2グラムと非常に小さく、取り出すことが困難で、兵士の回復にも時間がかかり、治療活動にも手をとられ、部隊の行動が遅れるなどの効果があるといいます。

5、 クラスター爆弾と称する兵器は、爆弾だけではなく、榴弾砲弾、地対地・空対地ミサイル、巡航ミサイル、 迫撃砲弾などおよそ地上攻撃できる兵器に組み込まれています。CBU-87/Bでは、 200m×400mという広範囲をカバーします (カバーする範囲のことをフットプリントといいます)。攻撃目標から対戦車、対車両、対人に分けられます。

6、 クラスター爆弾が禁止されるようになった理由は、非戦闘員も無差別に殺傷するという無差別性、大量破壊性、 不発弾が多く残って紛争終結後も市民へ無差別の被害を与え、戦後復興の障害になることなどです。後者は対人地雷と同じ効果を持ちます。

  しかも、広範囲に散布されて一部が不発弾として残るため、どこに不発弾が残っているのかの特定が不可能で、対人地雷以上に危険な面があります。 不発弾になる率が少ないからよいではないかという議論がありますが、少なければ少ないだけ、どこに潜んでいるかわからず、危険性の高さには変わりありません。

7、 実は、日本では早くにクラスター爆弾の被害の体験があるのです。第二次大戦末期、日本の多くの都市は米空軍による無差別爆撃を受けました。 そのときに使用された爆弾が焼夷弾といわれるものですが、これは初期のクラスター爆弾なのです。

  焼夷弾は、大きな親爆弾が投下され、一定の高度でケースが分解し、無数の子爆弾が落下するというものです。 円筒状の子爆弾にはナパームがつめてあり、落下速度を調整するリボンが後部に取り付けてありました。 日本家屋が木と紙でできているという特徴から、焼夷弾は絶大な破壊・殺傷効果がありました。無差別爆撃と併用され、まさに無差別大量破壊行われました。

8、 クラスター爆弾は日本人にとって過去の体験ではありません。自衛隊がクラスター爆弾を保有していますが、その被害を受けるのは確実に日本人なのです。 この議論はなぜかあまりなされていません。私たちは、もっとクラスター爆弾全面禁止を私たちの問題として要求すべきではないでしょうか。

9、 自衛隊がクラスター爆弾を使用するシナリオは、日本本土に上陸した敵部隊を攻撃するためです。 「通常爆弾では撃破できないような広範囲に展開した侵攻部隊の車両等を撃破」 するという目的です (2007年7月10日第166国会衆議院答弁書第480号)。

  自衛隊がクラスター爆弾を使用する場合、事前に住民を避難させ、使用後は不発弾処理が終わってから住民を帰還させるというもののようです。 海岸線間近かまで住宅街が迫っているので、これで住民被害が防げるとは思えません。

10、 それに、2004年12月10日に閣議決定された 新防衛計画大綱 では、 わが国へ敵部隊が着上陸するという 「本格的な侵略事態生起の可能性は低下」 したと述べ、 大綱の元となった 「防衛力のあり方検討会議」 (2001年9月から作業を開始した防衛庁内部組織) 報告書 では、 もっと率直に 「見通しうる将来において、わが国への本格的な侵略事態が生起する可能性はほとんどない」 と述べています。

  あり方検討会議で使用された 「特に厳重な取り扱いを要する」 とされ、 会議終了後回収と判子が押されてある ペーパー では、 「本格的侵略の可能性極小化」 と書いてあります。判りやすく言い換えれば、新防衛計画大綱でクラスター爆弾を使用するという事態はまずありえないということです。

11、 日本政府はクラスター爆弾禁止条約に調印しましたが、それにもかかわらず、 条約で禁止の例外とされているクラスター爆弾を保有する方針です (既存のものは廃棄する)。日米同盟の維持強化の立場からだと思います。

  クラスター爆弾の被害は、海外特に中東 (イラク、アフガン、ヨルダン) やバルカン半島での出来事として、私たち日本人には縁遠いと考えている方がほとんどでしょう。

  しかし、自衛隊はこれからも私たちに被害を与えかねないクラスター爆弾を保有しようとしています。 既にわが国防衛には必要がなくなったクラスター爆弾を、日本が率先して完全廃絶を表明することが、この種爆弾の完全禁止に大きく貢献することでしょう。 また、この方針は憲法九条の趣旨を実践することでもあります。

  条約では、締約国と非締約国 (現在、米国、中国、ロシアという大国は締結する意思はありません。 オスロ・プロセスへも参加していません。) との共同作戦は禁止されません。米国がクラスター爆弾を使用する作戦で自衛隊が共同作戦を取れるのです。

  周辺事態 (朝鮮半島や台湾海峡での武力紛争) では使用されるでしょうが、日本はそのような武力紛争へ周辺事態法を発動して、軍事支援するでしょう。

  私は、このような軍事作戦へ日本が加担すべきではないと考えます。 クラスター爆弾を世界中から廃絶するためには、日本政府が米国に対して条約に調印すること、武力紛争で使用しないこと、 使用する作戦には協力しないことをはっきり示すことが必要でしょう。
2008.6.2


暴走を始めた自衛隊その4

1、 暴走を始めた自衛隊その1で、2006年12月防衛二法が改正され、防衛庁が省となり自衛隊の海外任務が本来任務化されたことには密接な関係があり、 それは、安全保障政策の手段として自衛隊を有効活用しようとすること、防衛省が安全保障政策の主務官庁になることを意味するものだということを述べました。

  2007年1月9日防衛省移行記念式典が開かれました。久間防衛大臣 (当時) はその式典での訓辞で、 自衛隊発足以来の宿願であった政策官庁となったことを感慨深いものとし、自衛隊員に対してまず、 「省移行に伴い、真の政策官庁を目指して変えていかなければならない」 「防衛省は、国家の未来を戦略的に考え、我が国の安全保障のみならず、 国際社会からの期待に十分応えうるような政策機能の強化を図る必要がある」 と訴えています。

  久間大臣の訓辞には、苦節52年の結果政策官庁となったことへの昂揚した感情が、自衛隊の中に生まれていることを感じ取ることができます。
  今自衛隊の中に、近い将来の憲法改正をにらんだ、いわば 「自衛軍」 への脱皮をしようとする動きが見え隠れしています。

  自衛隊の海外任務の本来任務化で、自衛隊の装備は、海外での任務遂行が可能になるよう、次々と更新されつつあります。 守屋次官の汚職問題で注目を浴びた次期輸送機CX、現在建造中の大型護衛艦 (というよりヘリ空母) 16DDH、大型輸送艦の就役などです。 これらの装備の変化は目に付きやすいのですが、自衛隊員の意識の変化は表に出にくく、見落としがちです。

  「暴走を始めた自衛隊」 というタイトルで書き始めたのは、この点に焦点を当てようと思ったからです。

2、 私がよく軍事問題関係の資料を入手する先に、ある会があります。有料ですが、憲法問題を安全保障、軍事の側面から考える上で大変有益です。

  同会が情報公開法により請求し防衛庁が開示した資料を最近送ってもらいました。 2004年7月26日から30日、陸自幹部学校で開かれた総合安全保障セミナーで使用された資料です。 参加者は、49期指揮幕僚過程の学生と外部の参加者 (松下政経塾、伊藤忠商事、三井物産エアロスペース、株式会社リコーなど) です。 指揮幕僚過程は、30代前後の陸自若手幹部で、将来の陸自のトップエリートを養成する教育課程とのこと。

  セミナーの課題は 「今後の国際情勢を踏まえ、見通しうる将来において日本が採るべき安全保障戦略について考察せよ。 この際、思考過程、国家目的、目標等を踏まえ、具体的政策提言を作成せよ」 というものです。 防衛省が安全保障政策の主務官庁となる上で、それを担う人材育成を行っているのでしょう。資料を見れば防衛省が目指そうとする安全保障政策が透けて見えてきます。

3、 まず、「見通しうる将来」 を今後10年から20年というスパンでとらえています。 その上で、日本を取り巻く周辺諸国 (韓国、中国、ロシア) を日本に対する脅威の対象ととらえています。 それと併せて、朝鮮半島の統一や台湾の中国への統一はさせないで現状維持をするという戦略を前提にします。

  注目すべきは、米国の影響力が低下することを見越しながら、日米同盟を維持しながらも重層的多国間枠組みの構築を考えています。 これらの安全保障政策を実現するために、憲法改正と集団的自衛権行使の合法化を提言します。

4、 ではなぜ憲法改正なのか、改正して何をしようとするのでしょうか。 セミナーでは、参加者がいくつかのグループに分かれて、同じ課題でグループ単位での発表・提言を行っています。

  資料はそのうち4つのグループのもので、第5GPの提言では 「見通しうる将来において、 日本が撮るべき安全保障戦略〜政治と軍事は経済に奉仕すべし〜」 との表題を付けているように、ズバリ海外経済権益の保護です。

  世界地図上に食料・資源・エネルギーの依存先を 「我が国の国益 (生存) 圏」 と描き、「我が国の安全保障 (軍事)」 として、 朝鮮半島、中国沿岸、東南アジア、インド洋からペルシャ湾を 「単独派兵」 地域とし、「国益圏に展開できる軍事力の保持」 のため、 「専守防衛から積極攻勢」 へと軍事態勢を転換することを提言するのです。


  中国に対しては、「中国封じ込め態勢の確立」 のため、「ASEAN、インド、イラン、モンゴルとの軍事協力」 を進めて、「対中包囲網」 を形成するとしています。


  別のグループの提言では、「支那封じ込め戦略」 と、中国を支那と呼称し (支那という熟語はパソコンではそのまま出てきません)、 「暴戻支那 (中国)」 を封じ込めるため、「友邦インド」 と 「白熊ロシア」 が牽制 ・ 包囲する図を示しています (カギ括弧内の用語は資料をそのまま引用しています)。


  「暴戻支那」 という用語は、戦前派の年輩者には分かる言葉ですが、1937年7月7日廬構橋事件の後始まった日中戦争において、 同年8月15日、日本政府が発した開戦声明の中に 「支那軍の暴戻を膺懲し」 が登場します。 その後日本で日中戦争遂行のスローガンとなったのが 「暴戻支那の膺懲」 でした。

  時代錯誤といってすまされるものではありません。セミナーに参加した陸自隊員は、近い将来の陸上自衛隊を背負うことを託されたトップエリートなのです。 彼らの安全保障戦略観に共通していることは、憲法改正により日本が強大な軍事国家となり、海外権益防護のため積極的に軍事力を行使すること、 しかも極めて自己中心的な戦略を思い描いていることです。

  安倍前総理大臣が、「価値観外交」、「大アジア構想」 を掲げてアジア三か国訪問の最後に、昨年7月21日インドを訪問し、シン首相と会談しました。 このときの安倍首相の政治的思惑は、日 ・ 米 ・ 豪 ・ 印連携による中国包囲網形成にありました。 この思惑に対して、アジア諸国のみならず、インドも警戒しました。ライス国務長官も 「中国に対して思いがけないシグナルを送る可能性がある」 とクギを刺したのです。

  このことからもわかるように、世界の大きな流れは、中国とどのように友好関係を築き、共存共栄をはかるのか、 中国をより国際社会へ開けた国にするため働きかけるのかというところにあるのです。

  この様な世界の流れを理解できない独りよがりの安全保障戦略は、あたかも戦前の軍部が、軍閥割拠の分裂した中国から、 統一を目指す巨大な民族エネルギーを形成しようとしていたことを見誤り、3ヶ月で降伏すると考えて日中戦争を仕掛け、 さらに日本を盟主とした大東亜共栄圏を形成し、ナチスドイツと世界を二分するという密約を結び、対米英戦争を仕掛けたという歴史を想起させます。

5、 いかがでしょうか。私には、一部の過激な青年将校が仲間内の気安さから行った放言であるとはとうてい考えられないのです。 改憲勢力の中にはこの様な戦略を思い描くものがいるということ、それも防衛省の安全保障政策を左右しうる立場のもの達であるということに、慄然とするのです。

  既に始まった自衛軍化の動きは、この様な思考の持ち主に 「君たちの出番が来るぞ」 と呼びかけているようなものです。 憲法改正により自衛軍を創設し、軍事力による安全保障政策を遂行することで、この様な勢力の力を解き放ち、日本と世界に害悪を及ぼすことは間違いありません。

2008.5.9


暴走を始めた自衛隊 その3

1、 4月17日名古屋高裁が、自衛隊イラク派兵差し止め訴訟の判決を下しました。 控訴人らの請求は棄却しましたが、航空自衛隊による空輸活動がイラク特措法に違反し 「戦闘地域」 での活動になっていること、 活動内容が米軍等の武力行使と一体化して、それ自体が武力行使であり、憲法9条1項に違反すると判断しました。

  その上で、平和的生存権に具体的な権利性があり、裁判規範として、損害賠償や自衛隊の海外活動差し止めの根拠となりうると判断しています。

2、 名古屋高裁判決は、60年代以降取り組まれた自衛隊違憲訴訟 (恵庭訴訟、長沼訴訟、百里訴訟) や、 90年代以降取り組まれた自衛隊海外派兵阻止訴訟などで積み重ねられた平和的生存権について、大きく一歩を踏み出し、 具体的な権利性、裁判規範性を初めて肯定した判決として、画期的なものです。

  判決は、「なお、『平和』 が抽象的な概念であることや、平和の到達点及び達成する手段・方法も多岐多様であること等を根拠に、 平和的生存権の権利性や、具体的権利性の可能性を否定する見解がある」 と、しながらも、憲法上の権利概念はそもそも抽象的であるから、 平和的生存権だけが、抽象的であることなどのために権利性を否定される理由はないと述べています。

  判決が指摘する平和的生存権否定論は、実は国側の主張であるし、これまでのこの種裁判での判決の共通した判断でした。 名古屋高裁はこの考え方を明示的に否定しているのです。

3、 名古屋高裁判決が、航空自衛隊の活動をイラク特措法に違反し、憲法9条1項に違反すると判断する上で、 イラク攻撃以来のイラク国内での戦闘状況、現在のバグダット市内の戦闘状況と、航空自衛隊の活動内容を詳細に認定し、 9条に関する政府答弁を詳細に引用しながら、結論を導き出しているのです。その点で、判決内容は極めて常識的な判断といえるでしょう。

4、 この判決に対して、政府は必至で平静を装っています。「国側が勝訴した、傍論だ」 という福田首相、 「大臣を辞めて暇になったら (判決を) 読む」 という高村外務大臣の発言は、逆に衝撃の大きさを物語るものです。 しかし、私はこれらの発言よりももっと重大と思うのは、航空自衛隊田母神幕僚長の発言です。 お笑いタレントのギャグを使って、「そんなの (判決) 関係ねぇ〜」 と切り捨てたのです。

5、 航空幕僚長は、航空自衛隊の最高指揮権者です。裁判所の判決に敵意をむき出しにするような発言を、 実力部隊を束ねる幕僚長が行ったことのもっている含意は極めて重大です。それはシビリアンコントロールを真っ向から否定するものだからです。

  軍隊という実力組織がシビリアンコントロールの下に置かれる理由は、軍事へ国民主権を徹底させるということです。 国民主権の下での民主的統制を離れた軍隊ほど危険なものはありません。軍事力で国政を簒奪し、国民へその銃口を向けかねないからです。

  軍隊の民主的統制には様々な方法があります。最高指揮権を文民である総理大臣や防衛大臣に与える、議会が軍隊の行動を承認する等が代表的な方法でしょう。

6、 しかし、この統制方法はあくまで代表民主制を前提にしたものです。政府や議会が憲法に違反した安全保障政策や軍事政策、自衛隊の運用を行う場合、 これらの方法では軍隊の民主的統制はできません。

  政府の行政行為や議会による立法行為が憲法に違反している場合、国民は具体的な権利侵害を争う裁判の中で、 政府の行政行為や議会による立法行為を憲法違反として裁判を通じて改めさせることができます。違憲立法審査権です。 ですから、軍隊へのシビリアンコントロールは、裁判所による統制が最後の歯止めといえるでしょう。

  別の言い方をすれば、憲法規範を国の統治行為に徹底させるという立憲主義は、司法による統制が担保だということです。

7、 田母神幕僚長の発言は、このシビリアンコントロールの最後の担保である司法的コントロールを無視するものです。 いや、無視ではなく敵対するものといえます。自衛隊の活動に対して、憲法違反だと判断した判決に、自衛隊の最高幹部が敵視することの怖さを、 私たちがしっかり考えなければなりません。

  彼の発言は、裁判所に対する圧力にもなるでしょう。市民が平和的生存権侵害を理由に裁判所へ訴訟を提起することは、 憲法で保証された裁判を受ける権利の行使です。彼の発言は私たちへも向けられているのです。

8、 自衛隊は90年代以降海外派兵を繰り返してきました (※ 下記一覧表参照)。自衛隊は憲法9条の制約を受け、海外派遣法制でも武力行使はできず、 任務遂行のための武器使用も禁止され、対人殺傷は刑法の正当防衛、緊急避難以外には禁止されています。

  このことは言い換えれば、自衛隊は海外で活動する際には軍隊ではなく警察力としての行動しかできないということです。 海外派兵の経験を積み重ねてくれば来るほど、軍隊としての活動ができないことへの不満が蓄積されてきています。

  その一つの現れが、陸自イラク派遣先遣隊長佐藤氏による、他国軍隊への駆けつけ警護発言でした。 田母神航空幕僚長の発言は、蓄積された不満が根底にあったと思われます。

※資料 (防衛省・自衛隊HP)
  国際社会における自衛隊の活動状況 2007年
   * 自衛隊が行った国際平和協力業務の実績 (1月9日現在)
   * 自衛隊が実施した国際緊急救援活動の実績 (1月9日現在)
   * テロ対策特措法に基づく協力支援活動等の実績 (1月9日現在)
   * イラク人道復興支援特措法に基づく活動の実績 (1月9現在)

2008.4.22


北朝鮮核施設先制攻撃

1、 李 明博政権になってから、朝鮮半島南北の緊張が高まっています。二代続いた韓国大統領の北朝鮮太陽政策が、李 明博政権になって変更されようとしているため、 北朝鮮はいらだっているはずです。私は、時間の経過と共に李 明博政権の対北朝鮮政策は前政権の太陽政策に近づくと思っています。 ウェイトの置き方の違いがあるにせよ、韓国の世論が支持してきた政策だからです。

2、 しかし、先日の韓国国会での韓国軍合同参謀本部議長の証言に対しては、北朝鮮は極めて強い反応をとりました。 軍事的対抗措置をとるというのです。この発言は、北朝鮮に核攻撃の動きがあれば、韓国は北朝鮮の核施設を先制攻撃するというものです。 北朝鮮の強い反応に対して、李 明博大統領は、こんなの当たり前だ、という趣旨の発言しました。 これは軽率な発言ですが、これは日本の安全保障政策、改憲問題にも深く関わってくるのです。

3、 北朝鮮の核施設への先制攻撃は、今に始まったことではありません。94年第一次北朝鮮核危機の際、クリントン政権が計画していたことなのです。 この攻撃計画は、米韓連合作戦計画5027 (OPLAN5027) に含まれるものです。

  OPLAN5027は、作戦を5段階に分けます。第一ステージは動員・集中、第二ステージは阻止、従深打撃、第三ステージは攻撃転移、 第四ステージはピョンヤン占領、第五ステージは南北統一というもので、朝鮮半島を武力統一しようというものです。94年にその存在が明らかにされます。

4、 米国の研究機関グローバル・セキュリティーが詳しい内容をホームページに掲載したことあり、私もすぐに読みました。 それによると、2年に一度改訂されていること、97年の新ガイドラインで大幅に見直されたこと (北朝鮮との戦争になれば、 日本が後方支援することが合意されたからでしょう。周辺事態法にも言及しています。)、98年版ではより攻勢的な内容になり、先制攻撃を含み、 北朝鮮の体制を粉々に破壊する作戦であること、2000年版では、90日以内に米国から朝鮮半島へ69万人の兵員と160隻の艦船、1600隻の作戦機を集中する、 2002年版は9・11後に改訂され、ブッシュ政権の新しい戦略を反映し、韓国と事前協議なく北朝鮮攻撃を行うという内容であることなどが分かりました。 2002年版では韓国と米国の間で大きな問題にもなりました。

5、 OPLAN5027では、日本の後方支援が不可欠です。自衛隊が全面的に協力することになりますが、自衛隊の基地は自分たちの使用で手一杯なため、 日本の民間港湾、空港、鉄道、道路、病院などが動員されます。

  新ガイドラインでは、周辺事態と日本有事が同時又は波及的に生じることを想定した日米共同作戦計画を作ることを合意しました。 99年周辺事態法や2003年6月有事法制三法、2004年6月有事関連7法の成立はそのためでした。

6、 他方で自衛隊と米軍の間では、共同作戦計画の策定作業が進んでいました。2001年9月、日米の制服組の間でCONPLAN5055という共同作戦計画が調印されます。 これは、周辺事態と日本有事をセットにした計画です。この共同作戦計画は、2002年12月にワシントンで開かれた日米安保協議委員会で承認されます。 日米安保協議委員会とは、日本の外務防衛両大臣と米国の国務国防両長官の会議で、日米の安全保障・防衛問題での最高の協議機関です。

7、 新聞報道によると、CONPLAN5055は2007年秋にはOPLAN5055に格上げされる予定とのことでしたが、現在までその情報はありません。 「OPLAN5055に格上げ」 とはどういうことかといえば、OPLANは、完全な作戦計画で、時系列戦力展開データーを伴うものですが、 CONPLAN (日本語では概念計画) には、これがないため、完全な計画ではないとされています。

  時系列戦力展開データーを作るためには、日本の有事法制の完成を待たなければならなかったのです。 周辺事態法は、地方公共団体や民間団体を強制的に動員できる仕組みではなく、自衛隊もいざ危なくなれば支援を中止したり、撤退しなければならなかったからです。 自衛隊は集団的自衛権行使ができないし、個別的自衛権の場合以外には武力行使ができないからです。 しかし、武力攻撃事態法は危なくなっても踏みとどまって闘えという法制です。

8、 このことについては、日米防衛政策見直し協議 (米軍再編と称されるものです) で合意された 「日米同盟:未来のための変革と再編」 (中間報告と称されるものです) では、次のように率直に書かれています。

  「この検討作業 (日米共同作戦計画を作る作業) は、 空港及び港湾を含む日本の施設を自衛隊及び米軍が緊急時に使用するための基礎が強化された日本の有事法制を反映するものとなる。 双方は、この検討作業を拡大することとし、そのために、検討作業により具体性を持たせ、関連政府機関及び地方当局と緊密に調整し、 二国間の枠組みや計画手法を向上させ、一般及び自衛隊の飛行場及び港湾の詳細な調査を実施し、二国間演習プログラムを強化することを通じて検討作業を確認する。」

9、 つまり、日本の有事法制や周辺事態法は、朝鮮半島での戦争のための国内動員のためであるということがいえます。 CONPLAN5055もOPLAN5027も、米軍から見れば全体で一つの作戦計画にすぎないからです。その戦争とは、米軍による先制攻撃で始まるかもしれないのです。 李 明博大統領が、合同参謀本部議長の発言を、そんなの当たり前だと (正確には 「当然の答えであり、この程度は一般的な発言だ」) と述べて擁護したのは、 ある意味では、OPLAN5027についての当然の認識であったということを意味しているようです。

10、 日本がこの様な戦争に動員されようとしているだけではすみません。憲法9条を改悪しようとしているのも、一つにはこの戦争計画のためです。 「日米同盟:未来のための変革と再編」 には、日本が 「切れ目のない支援」 をするという記載があります。

  これまでは 「切れ目」 があったという認識なのです。周辺事態法で米軍支援を行っている自衛隊が、危なくなったら支援活動を中止し、 場合によっては現場から離れるというのでは 「切れ目」 があるのです。「切れ目」 をなくするためには、危なくなっても米軍と一体の活動ができなければなりません。 海外での武力行使、集団的自衛権行使となります。「切れ目」 とは個別的自衛権と集団的自衛権とを分ける憲法の壁です。

  さらに 「国際的な安全保障環境を改善する上での二国間協力は、同盟の重要な要素となった。 この目的のため、日本及び米国は、それぞれの能力に基づいて適切な貢献を行うと共に、実効的な態勢を確立するための必要な措置をとる。」 という記載もあります。

  私は、「必要な措置」 とは何か考えました。立法を伴う措置を含むのは当然ですから、先ほどの 「切れ目のない支援」 と共に考えると、 自衛隊の海外活動の本来任務化、海外派遣恒久 (一般) 法、集団的自衛権行使容認と思われます。 自衛隊海外活動の本来任務化は、既に自衛隊法第3条改正で実現しています。 これらの 「実効的な措置」 は、究極の立法改憲か、9条改憲で完璧なものになるのでしょう。

11、朝鮮半島でのいろんな動きは、日本の憲法改正問題に直結していますので、これからもこの視点で注目してゆかなければならないと思います。
2008.4.11


中国脅威論と日本の安全保障

1. これからの日本の安全保障、防衛政策において、中国脅威論が中心となる気配です。私はこの動きに密かに憂慮しています。

2. 中国脅威論を公然と述べたのは、2005年2月19日日米安保協議委員会 (ツープラスツー) 共同発表文でした。 この共同発表文はいわゆる在日米軍再編と称する日米同盟の再編強化に関する日米協議の中で、重要な位置づけを与えられています。 ここで日米両国は、日米同盟を変革してゆくための共通の戦略目標を合意したのです。

  ※ 日米安保協議委員会共同発表文 2005年2月19日
    「日米同盟:未来のための変革と再編」

3. 共同発表では、二つの共通の戦略目標を挙げています。地域における戦略目標と世界における戦略目標です。 地域における戦略目標には日本の防衛と周辺事態への対処が含まれます。
  また、この文書を読めば、日米両政府は日米安保体制と日米同盟を明確に区別していることが分かります。 「日米安保体制を中核とする日米同盟関係」 とか、「日米安保体制の実施及び同盟関係を基調とする協力を通じて共通の戦略目標を追求する」 と述べているからです。 日米安保体制が対象とする戦略目標が地域に置ける戦略目標で、日米同盟が対象とする戦略目標が、世界における戦略目標ということだと思われます。

4. 地域における共通の戦略目標として具体的に挙げられている項目は11項目です。北朝鮮問題が2項目、台湾海峡問題を含む中国問題が3項目などです。 中国関係が項目数では一番多いのです。このことから、日米両政府の共通の安全保障政策、軍事政策において中国問題が最も大きな問題であることを示しています。

5. 2005年10月29日日米安保協議委員会 (ツープラスツー) は、「日米同盟:未来のための変革と再編」 と題する文書 (いわゆる中間報告と称される文書) に合意しました。 2月の共同発表文で合意した共通の戦略目標を追求するための、日米両政府及び自衛隊・米軍の役割・任務・能力と、 それを実行するための在日米軍と自衛隊の兵力態勢の再編を合意したのです。

6. この中で、「二国間の安全保障・防衛協力の態勢を強化するための不可欠な措置」 として、 相互協力計画 (周辺事態での日米共同作戦計画のことです) の検討作業を拡大し、より具体性を持たせ、相互協力計画策定作業を促進することを合意しました。 この作業にあたり、有事法制が決定的に重要な役割を果たすことも確認しています。 日米安保協議委員会のこの二つの合意文書を読めば、日米両政府は台湾海峡問題を周辺事態として日米共同作戦計画を作ろうとしているということが理解できます。

  周辺事態に際し、日米共同作戦計画は、有事法制で日本の国内動員を不可欠としていることも読みとれます。 「日米同盟:未来のための変革と再編」 は、特に 「一般 (民間という意味) 及び自衛隊の飛行場及び港湾の詳細な調査を実施」、 とか 「(共同作戦) 計画検討作業により具体性を持たせ、関連政府機関及び地方当局と緊密に調整し」 て検討作業を進めることを書いています。

  ここで想定されている有事法制は、特定公共施設利用法、国民保護法、米軍支援法でしょう。 特定公共施設利用法は、空港・港湾・道路・海域・空域・電波を特定公共施設として、国民保護のための使用と調整するための有事法制です。 これらの施設は、住民が避難する際に使用されると共に軍事利用でも不可欠だからです。当然軍事優先となります。

  国民保護計画を実行するのは地方公共団体ですから、地方公共団体と密接に協議しなければ、有効な作戦計画が作れないのでしょう。

7. 周辺事態でなぜ有事法制を発動することを考えているのでしょうか。1999年に周辺事態法が作られました。 しかし、周辺事態法には大きな限界があったのです。この法律は主として自衛隊による米軍の後方支援を行うために制定され、 地方公共団体や民間団体へは協力の要請ができるということしか規定されていませんでした。 ところが、有事法制の基本法である武力攻撃事態法では、有事法制を発動する前提としての有事を、「武力攻撃事態」 と 「武力攻撃予測事態」 としました。 「予測事態」 には周辺事態が含まれるというのが政府見解です。

  ここまで書けば、皆様も理解されるでしょう。周辺事態法では地方公共団体や民間へは強制力がなかったのですが、 有事法制では法的な強制力や事実上の強制力が働く仕組みが作られたのです。 それにより、日米共同作戦計画策定作業に 「より具体性」 を持たすことができるようになったのです。

8. 台湾海峡での中台武力紛争が周辺事態になるかということでは、日本政府は曖昧な態度をとってきました。 3月13日の高見沢防衛政策局長の発言に対して、町村官房長官は記者会見で 「周辺事態は地理的概念ではない。 台湾だから、自動的に法律が適用されることはない」 と弁明し、山崎 拓氏が「(日本の対応は) 戦略的曖昧性がもっとも必要な分野だ」 と述べたのも、 日本政府のこの方針があるからです。なぜ 「戦略的曖昧性」 なのでしょうか。このことは日中間の諸問題の中でも最も基本的なことなのです。

9. 話は米中、日中国交回復までさかのぼります。米国ニクソン政権は行き詰まったベトナム戦争を打開するため、中国との国交回復を決意し、 72年2月北京を訪問し、米中 「上海コミュニケ」 を発表して、国交回復の道筋を付けます。 当時日本では沖縄の施政権返還交渉の大詰めを迎え (72年5月に施政権返還が実現)、日米間の返還交渉で最大の問題になったのが、 返還後の沖縄に安保条約を適用することでした。

  本土並み返還をかかげて交渉した以上、返還後の沖縄に安保条約による事前協議システムが適用されることは当然でした。 事前協議とは、米軍が日本の基地から出撃する場合、日本政府と事前に協議することを義務づけている制度です。 米軍が日本の基地を使用して出撃することで、日本は米国の戦争に巻き込まれるおそれがあり、それを防ぐという名目です。

10. しかし、沖縄はそれまでは米軍の施政下で基地は自由に使用されてきましたし、それを前提に米国のアジア戦略が作られていました。 沖縄の米軍基地は、朝鮮半島と台湾海峡をにらむ戦略拠点です。しかし、中国は日米安保条約が台湾海峡問題に適用されることを最もおそれていました。

  沖縄施政権返還を合意した 「佐藤・ニクソン共同声明」 では、「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとって極めて重要な要素である」 と確認し、 返還後の沖縄に安保条約とその関連取り決め (事前協議制度のこと) が適用されることを合意した上で、「総理大臣は、沖縄の施政権返還は、 日本を含む極東諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではないとの見解を表明」 したのです。 この含意は、いざ有事となれば沖縄の基地から米軍が出撃することに 「イエス」 と同意し、それまでと変わらないような沖縄の基地使用を保障するということです。 「本土の沖縄化」 と称されるものです。

11. 日中国交回復で最大の問題となったのは、台湾の地位を巡る問題でした。中国は一つという原則は、台湾が中国の一部であるということとは別問題です。 米中上海コミュニケでも日中共同声明でも、一つの中国原則は問題なく合意されました。台湾との外交関係を絶つことで実行できたからです。

  しかし、台湾の国際法上の地位では極めて困難な交渉になったようです。台湾が中国の一部であることを認めると、 台湾海峡での中台紛争は中国の国内問題として、日本も米国も武力介入は国際法違反となるからです。 この問題では日中両国は妥協しました。共同声明第4項で、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の不可分の一部であることを重ねて表明する。 日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する。」 と書かれました。

  ※ 日中共同声明

12. 台湾の国際法上の地位に関して、中国政府は本土と一体の固有の領土であるという主張をし、日本政府はそれと同じことを認めるというのではなく、 中国の主張を尊重する、中国がそのような主張をしていることを認めるというに止めています。

  さらにポツダム宣言第8項が付加されています。ポツダム宣言は日本の無条件降伏を定めた文書です。 宣言を受諾するまで日本は、台湾を自らの領土として植民地支配していました。 ポツダム宣言8項は、日本の主権を、本州・九州・北海道・四国と連合国が決める諸小島へ限局し (台湾への日本の主権は放棄するということ) と、 カイロ宣言で台湾は中国へ返還されるということを謳っています。

  ※ カイロ宣言  ポツダム宣言

  この意味は、台湾が中国へ返還されるべきことは認めても、台湾が中国の領土の一部であることを認めたものではなく、 台湾の国際法上の地位はまだ未解決であるというのが日本政府の立場なのです。 したがって、中国が台湾を武力統一しようとした場合、日本の対応については立場を留保するというものです (「台湾問題についての日本の立場― 日中共同声明第3項の意味」 元駐米大使 栗山尚一)。

  ※ 栗山論文

13. 防衛省内で、次期防衛計画大綱の策定を念頭にした準備活動が行われています。04年12月新防衛計画大綱は10年間の計画を定め、 重要な情勢変化が生じたり、5年後には修正をするとも述べています。5年後とは来年のことですから、既にその準備作業をしているのです。

  平成18年度防衛研究所特別研究成果報告書という文書があります。「次期『防衛計画大綱』のあり方についての検討」 と題する文書です。 この検討では、安全保障問題の専門家6名からなるディスカッショングループを作り、「脅威認識エキササイズ」 を行った結果を述べています。 脅威認識エキササイズとは、グループメンバーそれぞれが、脅威と考える事態をリストアップし議論する作業です。 その結果、我が国の防衛で最優先順位に台湾紛争の日本への波及、地域安全保障で最優先順位に台湾海峡有事が挙げられているのです。

14. 私のこの連載で近い内にアップされる原稿で詳しく紹介しますが、陸上自衛隊幹部学校が主催した 「総合安全保障セミナー (第 1回)」 で発表された資料によると、 海外権益の防護のため自衛隊の海外派兵をすることを提言しています。アジアでは中国を封じ込めることが主眼となっていることが分かります。 このセミナーへ参加した陸上自衛隊49期指揮幕僚課程の若手自衛官は、将来の陸自を背負うトップエリート達です。

15. 現在自衛隊内部では、これからの日本の安全保障上の主要な脅威として、中国を封じ込める軍事政策を検討しているのです。 日米間でも台湾海峡有事を想定した軍事演習と共同作戦計画策定がすすんでいます。 どのようなものかは、前号 「台湾海峡有事と日本防衛」 をお読みください。

2008.3.31


台湾海峡有事と日本防衛

1. 3月13日自民党安全保障調査会の席上で、防衛省高見沢将林防衛政策局長は、台湾海峡有事の際の対応について、「周辺事態発生よりも前に、 自衛隊の態勢として当然、警戒監視を高めて、それなりの対応をしないといけない」、「中国の人から 『周辺事態 (認定) をどうするか』 と聞かれれば、 日本は当然 (対応する)。これは日本自身の安全保障の問題だ (と答える)」 と発言したことが、3月14日の新聞で報道されています。

2. 日本と中国とが武力紛争の当事者になるということは、日中関係を考えると、ほとんどの国民には考えられないことかもしれませんが、 防衛政策を立てる防衛省は、その可能性を考えているのです。私は、台湾独立を巡る中台紛争に日米が介入することを、私たちにとって最も危険な事態であるし、 日本の防衛政策はその可能性を前提に進められていることを、これまで学習会などでお話ししてきました。 それでも多くの方はまさか、という思いで聞かれていると思います。以下に述べるように、これは根の深い問題なのです。

3. 2005年 1月16日中国新聞 (共同通信配信) は、「南西諸島有事防衛」 について防衛庁の部内協議で対応策を策定したと報道しました。 その内容は、中台武力紛争で中国軍が南西諸島の一部を軍事占領したことを想定し、奪還作戦のため、 侵攻への直接対処要員9,000人を含む陸自部隊55,000人と海自護衛艦、潜水艦や空自戦闘機が戦域へ派遣される、というものです。 占拠された島の奪還作戦、護衛艦や戦闘機による中国海軍の阻止作戦 (水上・海中・航空攻撃でしょう)、警戒監視や情報収集などの作戦行動をとるというのです。

  陸上自衛隊の定員が14万人余りですから、その3分の 1以上を動員する作戦ということになります。当然、海上自衛隊や航空自衛隊もそれにふさわしい動員になります。 北朝鮮の動きを牽制する作戦もあります。この軍事作戦は、日本の軍事力の総力を挙げた作戦ということです。 報道では、この作戦計画は04年11月に策定されたとのことです。

4. 以上のことから、二つのことを想起します。一つは、この作戦計画は、必ず米軍との共同作戦であり、米軍との共同作戦計画があるということです。 もう一つは、04年12月閣議決定された 新防衛計画大綱 との関係です。 新防衛計画大綱は、島嶼部防衛を自衛隊の主要な任務の一つに挙げているからです。

5. 私がこの中国新聞の記事を忘れかけていた頃、06年12月30日中国新聞 (共同通信配信) に目がとまりました。 中国軍が尖閣諸島を占領した想定で、初めて日米両海軍が共同演習を行ったという記事だったからです。 05年11月硫黄島周辺で行われた日米の海軍の共同演習の想定は、中台情勢緊張下で中国軍が尖閣諸島に武力侵攻し、 日本と米国が海上交通路を確保し (制海権を確保という意味でしょう)、日本が輸送艦で地上部隊を緊急展開し、尖閣諸島を奪還するというものです。

  海上自衛隊からは、イージス艦等約90隻、P3Cなど約170機が参加した海上自衛隊演習の際に、 米海軍からは、空母キティーホークなど10数隻が参加して行われたというのですから、極めて大規模な共同演習であったと考えられます。 04年11月に防衛庁がまとめた計画と重ねると、中台武力紛争で日米がどれだけの戦争計画を作ろうとしているかある程度想像できます。 台湾海峡有事を想定した日米の共同作戦計画策定作業が密かに進められているに違い有りません。

  この二つの記事は、私が常に持っている問題意識、則ち、軍事演習と作戦計画作りが密接に関わっているということを裏付けていると思います。

6. 新防衛計画大綱は、新たな時代の安全保障政策を打ち出し、これまでの基盤的防衛力構想から、多機能弾力的防衛構想へ移行し、 この防衛力構想で自衛隊の主要な任務の一つに、島嶼部防衛を挙げました。防衛計画大綱文書を読んでも、どのような作戦かは分かりません。 何か小規模の作戦のような感じを与えてしまいます。しかし、実際には日本の軍事力の総力を動員する戦争計画だということが、以上の報道でお解りいただけるでしょう。

7. わたしは、「根が深い」 と表現しました。その意味は、台湾海峡有事での日米共同作戦計画は、10年以上前のある事件から出発しているからです。

  96年3月、台湾で初めての総統選挙が行われました。この機に台湾独立の動きが加速することをおそれた中国は、 中国軍としては初めての三軍の統合軍事演習を行ったのです。軍事演習による台湾への威嚇です。演習の想定は、台湾独立阻止のための台湾への軍事侵攻です。 前年12月から始まった演習は、3月最終局面で、短距離弾道ミサイルを台湾の高雄・基隆両港の沖合へ打ち込んだのです。

  米軍は、二個空母戦闘群を台湾近海へ派遣しました。05年12月19日から20日にかけて、空母ニミッツ戦闘群は台湾海峡を通過しました。 もう 1個群は、日本を母港にしていた空母インディペンデンス戦闘群です。これは中国への強烈な軍事的牽制です。 台湾海峡という中国の聖域を米空母部隊が通過したのですから。

  米国は中国軍との戦闘も想定し、日本に対して給油艦の派遣、敵情報の提供、負傷した米兵の収用などの具体的な支援を要請しました。 94年第一次朝鮮半島核危機の際にも同様のことが起きています。このときも1095項目の軍事支援を要請したのです。 94年も96年3月の時にも、日本には有事法制がないことで米軍の支援要請に応じられなかったといわれています。 日米同盟が機能不全になる! という経験が、その後の有事法制制定に大きな動機を与えます。

  当時の橋本内閣や自衛隊は、偶発的な事態から中台間での本格的な武力紛争となることも想定し、その際、中国軍が南西諸島の一部を占領することを想定し、 自衛隊を動かそうとしました。護衛艦を八重山諸島へ派遣したり、F15戦闘機を那覇空港 (航空自衛隊那覇基地と同居) へ派遣することを検討したそうです。 那覇基地には旧式のF14しか配備されていなかったからです。
  このときの経験が、その後の日本の防衛政策へ生かされていると考えられます。

8. 更に、07年 1月4日中国新聞で、中台有事を想定した日米の共同作戦計画の検討が進んでいるという記事に注目しました。 この記事は、最後に 「周辺事態の適用範囲に、台湾海峡が含まれるかを明確にしてこなかった日本政府の従来見解との整合性も問われることになりそうだ」 と問題点をズバリ指摘していたのです。既に朝鮮半島有事を想定した日米共同作戦計画が完成しつつある時期でした。 日米軍事当局の関心は、台湾海峡へ向けられているのです。このような背景を踏まえた上で、高見沢防衛制作局長の発言を理解しなければ、 その本当の意味は分からないと思います。

  高見沢氏の発言に対して、出席した山崎拓氏、加藤紘一氏は 「誤解を与える」 と注意したそうです。町村官房長官は、記者会見で 「周辺事態は地理的概念ではない。 台湾だから、と自動的に法律が適用されることにはならない」 と述べました。近々予定されている中国主席訪日への悪影響を与えないという配慮でしょう。

  山崎・加藤両氏は中国とのパイプが太い政治家です。しかし、両氏は 「誤解を与える」 と注意しただけで、発言の撤回を求めなかったのです。 山崎氏に至っては、「中台有事が周辺事態として認定される可能性があるが、(日本の対応は) 戦略的曖昧性が最も必要な分野だ」 と述べたそうです。 語るに落ちるとはこのことでしょう。この発言の本当の意味は、台湾海峡有事では日本は周辺事態法を適用して米軍と共に軍事的介入をするが、 そのことは明確にしない、その方が中国に対する抑止力になる、ということです。

  高見沢局長の発言には、周辺事態を認定すると述べた後、「これは我々 (日本) の安全保障の問題なんだ。 だから中台でことを起こさないでくれ、絶対やめてくれ、と言う。これは日米安保の問題ではなく、日本の安全の問題だ。 そういう姿勢を示すことが大事だ」 と発言したそうです。
  彼の発言には、大きなごまかしがあります。周辺事態法の発動は、米軍の軍事的後方支援が目的です。日本自身の個別的自衛権行使ではありません。 まさに日米安保の問題なのです。

  また、この発言の趣旨は、日本の軍事力が中国に対する抑止力であるということも語るものです。山崎氏の 「戦略的曖昧さ」 も抑止力の考え方です。 軍事的抑止力による安全保障は、それが破れた場合には、取り返しのつかない破局になることを防ぐことができないという致命的な欠陥があります。 自衛隊・防衛省は、抑止が破れた時を想定して先に述べたような軍事演習や共同作戦計画を作ろうとしているのです。

9. 憲法9条は、このような戦争計画遂行にとって、乗り越えがたい制約となっています。周辺事態法を発動しても、対米支援の自衛隊は、 危なくなったら支援を中止したり、場合によってはその場から離れなければならないからです。 個別的自衛権の場合以外には武力行使ができないし、集団的自衛権行使ができないからです。

  しかし、他方で武力攻撃事態法では、武力攻撃予測事態という概念をもうけています。 日本への武力攻撃が予測される事態ですが、この事態と周辺事態が重なるというのが政府の考え方です。 97年の新ガイドラインでもこの点は日米の共通の理解です。周辺事態が日本有事へと発展する、又は同時に起きることを想定して、 日米共同作戦計画を作ることを合意しているからです。いわば、周辺事態では危なくなったら逃げろという法制で、有事法制は踏み止まって戦えという法制なのです。 この二つの法制の矛盾は憲法改正しなければ解消できないでしょう。

  ちなみに、日米防衛政策見直し協議 (いわゆる米軍再編協議と称されるもの) で合意された 「日米同盟:未来のための変革と再編」 (いわゆる 「中間報告」) (2005年10月29日) では、 「日本 (自衛隊ではありません、日本政府です) は有事法制による支援を含め、米軍の活動 (作戦行動です) に対して、 事態の進展に応じて切れ目のない支援を提供するための適切な措置をとる」 ことを合意しました。

  周辺事態法 では、後方支援活動をする自衛隊が戦闘地域に入ったり、 攻撃を受けそうになったら、活動を中止し場合によっては撤退するという仕組みを作りました。 「事態の進展によっては支援の切れ目ができる」 のが現在の法制なのです。憲法改正問題は、具体的に提起されるのはまだいつか分からない将来の問題です。 それでも既に、この矛盾を解消するための日米の共同作業が進んでいるということなのです。

2008.3.19


ヒロシマ判決の含意

  前号でコスタリカ訪問記を書きましたが、セミナーで私が発言した際の原稿を掲載します。私の報告の外5名の報告を英文に訳してセミナーへ提出しました。以下の文章はセミナーでの報告のため用意した日本文です。
ヒロシマ判決の含意

日本反核法律家協会理事 井上正信

1. 原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島の概要

  2006年7月15日・16日広島市内で 「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」 の公判と判決宣告 (口頭) が行われた。 1年後の2007年7月16日広島市内で判決書の公表と被爆者への交付、記念シンポが開かれた。 裁判官はカルロス・ガルバス教授 (コスタリカ)、レノックス・ハインズ教授 (米国)、家 正治教授 (日本)、検事団は日本の弁護士4名と韓国弁護士1名である。 判決書はカルロス・バルガス教授が起草した。私は検事団の一員として関わり、記念シンポでガルバス教授などと共にパネラーとして発言する機会を与えられた。

  広島の弁護士として、立派な判決書を作成したカルロス・バルガス教授をはじめとする判事団に感謝する。
  本日会場に原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島の資料集がありますので是非読んでください。
  「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」 は、広島・長崎への原爆投下が戦争犯罪であること、これに関わった当時の米国大統領以下の政府高官、軍人、 科学者を戦争犯罪人として告発し、当時の国際法に厳格に適用して戦争犯罪責任を明確にすることを意図した。 判決は以下の被告人全員を有罪とした。フランクリン・D・ローズヴェルト大統領、ハリー・S・トルーマン大統領、ジェームズ・F・バーンズ国務長官、 ヘンリー・L・スティムソン陸軍長官、ジョージ・C・マーシャル陸軍参謀総長、トーマス・T・ハンディ陸軍参謀総長代行、ヘンリー・H・アーノルド陸軍航空隊総司令官、 カール・A・スパーツ陸軍戦略航空隊総指揮官、カーティス・E・ルメイ第20航空軍司令官、ポール・W・ティベッツ中佐 (エノラゲイ機長)、 ウィリアム・S・パーソンズ大佐 (エノラゲイ爆撃指揮官)、チャールズ・W・スウィーニー大尉 (ボックスカー機長)、 フレデリック・L・アシュワーズ中佐 (ボックスカー爆撃指揮官)、レスリー・R・グローヴズ少将 (マンハッタン計画・総司令官)、 ジュリアス・R・オッペンハイマー (ロスアラモス科学研究所所長)。適用した国際法は以下のものである。

  ・ 戦争犠牲者を保護する国際的慣行の原則を確立したマルテンス条項
  ・ 1907年ハーグ第4条約付属陸戦の法規慣例に関する規則第22条
  ・ 「窒息性ガス、毒素ガス又はこれに類するガス及び細菌学的手段」の戦争における使用を禁じた1925年ジュネーブ議定書
  ・ 戦争犯罪の構成要件を定めるガイドラインを確立するためのニュルンベルグ原則
上記の被告人は、それぞれの立場に応じて通例の戦争犯罪、人道に対する罪、これらの共同謀議に該当するとして有罪と宣告された。

  検事団は起訴状と共に被告人らの戦争犯罪を立証するため、原爆の開発から目標選定、 投下に至る全ての過程に関する公表された米国の公文書 (原爆投下命令書を含む) 64点のコピーを提出し、被爆者3名 (内1名は韓国人被爆者)、 放射線医学専門家証人、歴史学者、国際法学者などの証人から証言を求めた。
  なお、この法廷では弁護人は選任されていないが、それに変わるものとして、アミカス・キュリエが原爆投下正当化論を展開した。

2. なぜ今原爆投下を戦争犯罪として裁くのか

  広島・長崎への原爆投下が当時の国際法に照らして戦争犯罪であることは、核兵器問題に関わる法律家にとってあまりにも明白で単純なことである。 しかし、明白で単純な事実ほど人々の目から隠されている。原爆投下に関わった者達が、これまで一度も戦争犯罪としての責任を追及されたことはない。 政治家は真実を人々の目から隠すため、物事を複雑に見せかけたり神話を作る。原爆投下正当化論や核抑止論がまさにそれである。

  少し想像力を働かせれば理解できることだが、62年前広島・長崎への核攻撃が戦争犯罪として裁かれていれば、その後の核兵器の開発、保有、 配備と核兵器を安全保障政策の中心的手段とする核抑止政策はなかったであろう。米国は現在でも戦争手段の中心に核兵器を置き、通常兵器との敷居を低くし、 より使いやすい核兵器開発を意図し、東西冷戦時代以上に核兵器が使用される危険性が高まっている。

  ブッシュ政権は、2002年1月新たな核戦略である 「核態勢見直し (NPR)」 秘密レポートをまとめた。 ごく最近この内容を具体化した機密資料の一部が全米科学者連盟 (FAS) から公表された。 これは、冷戦時代の大規模核戦争を想定した米国の核戦争計画であるSIOP (単一統合作戦計画) に代わり、 テロリストやならず者国家を標的にする核戦争計画OPLAN8044の2003年改訂版を策定するために、 米戦略軍が2002年に作成した資料である (必要な方にはこの機密文書をデーターとして渡すことができます)。 これによると、イラク・イラン・シリア・北朝鮮・リビアが核攻撃対象として加わったことがわかる。 2002年9月 「合衆国国家安全保障戦略」 で、非国家的主体や大量破壊兵器を拡散する 「ならず者国家」 への先制攻撃戦略を採用したが、 米国はこれらの国に対して先制核攻撃の選択肢を保有しているのである。

  11月1日、エノラ・ゲイの機長として62年前広島へ原爆を投下したポール・ティベッツが92歳で死亡した。米国は彼を終生英雄としてあつかった。 ヒロシマ判決は彼を、通例の戦争犯罪を犯したとして有罪を宣告している。米国は彼を英雄としなければ、核戦争計画を遂行できないのである。

  核兵器を廃絶するためには国際条約の締結が必要である。化学兵器禁止条約がその適切な先例となる。 すでに国際反核法律家協会が作ったモデル核兵器条約案が存在し、国連文書となっている。

  条約化には何が必要であろうか。核兵器が国際法違反であること、その使用が戦争犯罪であることへの法的確信である。
  法的確信に基づく世界市民の連帯した運動は国際法を作るという経験が、対人地雷禁止条約 (オタワプロセス) と、 現在進められているクラスター爆弾禁止条約を求める国際会議 (オスロプロセス) である。

  すでに、核兵器の使用・威嚇が国際法に違反するとの権威ある国際司法裁判所の勧告的意見が存在する。 勧告的意見は、核兵器の使用・威嚇が一般的に国際法に違反するというものである。しかし、勧告的意見は核兵器そのものが違法である、 核抑止政策が違法であるとは言及しなかった。その理由は、現代国際社会で、核兵器保有国が国連安保理常任理事国となり、 核抑止政策を公然と国家安全保障政策として採用しているからである。 また日本など一部の非核兵器国は、自らの安全を核兵器国の抑止力へ依存する 「核の傘」 依存政策を採用しているからである。 その結果、核兵器の使用が戦争犯罪であるという法的確信は未だ確立してはいない。

  戦争犯罪を裁くための常設の国際刑事裁判所を設置するローマ条約 (98年採択) でも、化学兵器の使用は通常の戦争犯罪として規定されているが、 核兵器については規定されていないこともこのことを示していると思われる。

  日本においても、2006年10月北朝鮮による核爆発実験の際、政府高官が日本も核兵器を保有すべきであると発言したが、 その際にも、日本の国策の不動の原則である非核三原則 (核兵器を作らず、持たず、持ち込ませずの三原則) に反するという視点からの批判はあっても、 彼が戦争犯罪をそそのかしているのだという批判はされなかった。 もし彼が化学兵器を保有すべきだと発言したら、あまりの非常識さに、彼は気でも狂ったのではないかと見られたであろう。

  ヒロシマ判決は、原爆投下に関わった者達が戦争犯罪を犯し、有罪であると断罪した。 その内容は、国際法の専門家が、証拠に基づいて広島・長崎への原爆投下に至る過程を認定し、 認定した事実を第二次世界大戦当時の国際法を厳格に適用した結果であり、論旨は極めて明快である。 ヒロシマ判決は、核兵器の使用が戦争犯罪であるという法的確信を諸国市民が共有するに至る基礎となるであろう。

3. ヒロシマ判決は、過去の原爆投下行為を裁いただけではない。未来につながる重要な勧告を行っている。

  この勧告は、核兵器が国際法に違反し、原爆投下が戦争犯罪であるとの判決を踏まえて、米国に対して核兵器廃絶と被爆者への謝罪と補償、 核兵器が国際法違反であることを国内外に宣言し、モニュメントに残し、教育により語り伝えるという趣旨である。

  この判決には強い道義的正当性はあるが、法的拘束力はない。現在被爆者団体と日本反核法律家協会とが、 原爆投下による被爆者の受けた損害の賠償と謝罪を合衆国政府に求める法的手続きを検討しているが、これとても極めて困難な途である。 反核法律家の国際的支援が不可欠である。
  核兵器を廃絶するには、各国政府の強い政治的意思決定が必要である。 それを形成するものは、核兵器使用がいかに残虐な戦争犯罪であるかという認識の共有である。そのためにヒロシマ判決を各国の反核運動で活用することを訴えます。

2008.3.4

コスタリカ訪問記

  2008年1月16日から24日までの間、中米コスタリカを訪問しました。私には初めてのコスタリカでした。

  コスタリカはご承知のように、1948年の内戦の直後に、常備軍を廃止する憲法を制定し、60年間常備軍をもうけないで国の独立と安全を維持し、 常備軍を持たない政策は党派を超えた国民の幅広い支持を得ています。
  日本の憲法の精神と共通する点が多く、護憲運動、平和運動の中でコスタリカに学ぶということが、日本の運動のエネルギーにもなっています。 そのためこれまで多くの法律家や平和運動に関わる市民が訪問しています。

  私もこれまで仲間の法律家が訪問するのを、うらやましく眺めていました。私は一人で法律事務所を経営しているため、平日を何日も開けると、 その前後の日程のやりくりのため、気が狂いそうになるくらいのストレスを抱えることがわかっていたので、なるべく海外へ出かけることは避けていました。

  しかし、2006年7月と2007年7月に広島で開かれた 「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」 で、検事団の一員となり、 3名の判事団の一人にコスタリカ大学のバルガス教授が参加するという機会がありました (民衆法廷)。
  2007年7月16日、判決文 (ヒロシマ判決) の被爆者への交付と記念シンポがあり、私もバルガス教授とパネルで発言しました。 終了後、彼から来年 (2008年) 1月に国際反核法律家協会の大きな会議をやりたいが出席できないかと誘われました。パネルでの私の発言に興味を持ったのでしょう。 その後バルガス教授は上京し、日本反核法律家協会の会議に参加し、コスタリカで国際反核法律家協会の理事会やセミナーを開くことを話し合ったそうです。

  国際セミナーで私も報告しろとのことで、参加することにしました。日本からの参加者は団長の池田眞規弁護士 (日本反核法律家協会会長) 以下弁護士7名、 被爆者2名、医師1名、なぜか歌手1名 (横井久美子さん) 同時通訳2名など総勢22名です。 池田さんの話では、被爆者がコスタリカを訪問するのはこれで2度目のようでした。私は妻と娘の3人で参加しました。

  国際反核法律家協会は1988年に設立された、核兵器廃絶を目指す法律家の国際団体です。 国際司法裁判所で、核兵器の使用、威嚇が違法であるという勧告的意見 (1996年7月) を勝ち取った世界法廷運動では、 運動の提起からプロモーションまで重要な役割を果たし、その後の反核運動に大きな力を発揮しました。 日本でも世界法廷運動の中で日本反核法律家協会を設立し、日本支部として活動をしています。

  コスタリカ会議では、1月18日理事会、19日と20日は国際セミナーという日程です。初めてのコスタリカなので、会議の全日程を参加すると、 観光する日程がとりにくいため、理事会はエスケープしました。訪問した時期はコスタリカの乾期にあたり、サンホセ市内は雲一つない好天が続き、 常春という過ごしやすい気候でした。首都といっても、日本では小さい地方都市のような規模です。 市民はフレンドリーで社会も安定し、常備軍を廃止したことがコスタリカの平和な市民生活を保障していることを感じさせられます。 隣国のニカラグアやホンジュラスと比べるとその違いは歴然としています。

  私たち日本代表団の目的は、現在被爆者団体と日本反核法律家協会が計画している第二原爆訴訟に、国際的支援を取り付けることでした。 第二原爆訴訟とは、被爆者を原告、米国政府を被告として、米連邦裁判所へ原爆投下による損害賠償と謝罪を求める裁判を提起するというプロジェクトです。
  広島・長崎への原爆投下は当時の国際法に照らしても、明白な戦争犯罪でした。そのことは、上述したヒロシマ判決で明らかにしています。 しかし米国内法ではこれが認められる可能性は極めて薄いと考えています。
  そこで、米国の裁判所で請求が認められなければ、米国も加盟している米州機構の人権裁判所へ提訴する計画です。 このプロジェクトは、日本反核法律家協会に所属する国際法学者や米国内法制に詳しい法律家を交えた研究会を踏まえています。

  私は、セミナーで 「ヒロシマ判決の含意」 と題して報告しました。その内容は次号に紹介しますが、要約すれば、核兵器廃絶のためには核兵器禁止条約が必要であり、 条約を作る上で核兵器の使用、威嚇のみならず、化学兵器禁止条約のように、その保有、開発、製造などあらゆる段階で、 核兵器が違法であるという法的確信が国際社会で形成されなければならないこと、ヒロシマ判決は、原爆投下に関わった当時の大統領以下政府高官、軍人、 研究者を戦争犯罪として有罪と認定しましたが、この判決を核兵器廃絶運動の中で広め、確信にすることで、 核兵器が違法であるという法的確信を形成できるという内容です。

  セミナーでは、日本、コスタリカ、米国、ドイツ、ニュージーランドから、法律家や平和運動家が参加しました。 二名の被爆者が被爆証言を行い、参加者に深い感銘を与えました。コスタリカ人の同時通訳 (ヘルマン・ステファン氏) が、被爆者の証言を涙ながらに通訳し、 自宅に帰ってからその体験を家族に涙ながらに話し、家族共々深い関係を受けたことを、二日目の会議の冒頭、ペーパーとして提出しました。 被爆者のお二人は、セミナー以外にもコスタリカのテレビ局のインタビューや、コスタリカ最大のケーブルテレビでの特別番組に出演するなど、 多くのコスタリカ市民へ被爆体験を伝えました。

  私は報告の冒頭で、セミナーの名称が 「核兵器廃絶と戦争及び武力紛争の廃止」 というものであることから、 核兵器廃絶のためには被爆者の体験を学ぶことが必要であり、戦争と武力紛争の廃止のためには、 60年前に常備軍を廃止し平和国家として国際社会で影響力を発揮しているコスタリカの経験に学ぶことが必要であること、 その意味でこのセミナーへ被爆者が参加し、コスタリカの首都で開かれることは意義深いことを述べました。

  セミナーへは、カレン・フィゲーレス女史が参加されました。彼女は60年前の内戦の指導者で、常備軍廃止の憲法を作り、その後コスタリカ大統領になった、 ホセ・フィゲーレス (故人) の婦人です。ホセ・フィゲーレスはコスタリカではドン・ペペという愛称で、現在でも尊敬されています。 カレン女史は、数年前に日本へも 「平和の使者」 として訪問され、各地で講演を行い、深い感銘を与えた方です。 セミナー初日が終わった夜、カレン女史の広大な邸宅へ参加者全員が招待され、印象深いガーデンパーティーを催されました。

  コスタリカは美しい自然を多く残し、保護している国です。小さい国でありながら、蝶、鳥、ランの種類の多さはアフリカ全土よりも勝るといわれています。 会議の合間や終了後、美しい自然とふれることができ、地元の方達との交流など、得難い体験でした。

  私たちと参加した歌手の横井久美子さんが、 ホームページ で写真入りの訪問記をアップしています。
  この一文をお読みになられた法律家の方で、日本反核法律家協会 へ加盟しようとお考えの場合、 是非とも会のホームページをご覧ください。
2008.2.26

暴走を始めた自衛隊 その2
──キーワードは軍事合理性
1、 佐藤正久参議院議員 (自民) が、07.8.11 TBS系報道番組で、オランダ軍が攻撃されたら 「駆けつけ警護」 をするつもりであったと発言しました。 彼は陸自イラク派遣先遣隊隊長で、「ひげの隊長」 として有名になった人物です。サマーワで陸自を警護してくれるオランダ軍が攻撃された場合、 何もしなければ自衛隊への批判が出るとして、情報収集名目で現場へ武器を持って駆けつけ、敢えて巻き込まれ、 巻き込まれたら正当防衛で反撃する計画を持っていたとのこと。

  イラク特措法で、陸自は武力行使が禁止され、正当防衛や緊急避難以外には危害射撃もできないという制約を受けていました。 憲法9条2項の制約です。オランダ軍が攻撃されれば、自衛隊員は手助けできないのです。 この制約が、憲法下で派遣された自衛隊員としては、とうてい我慢ができなかったのでしょう。 自らが攻撃を受けることを狙って、交戦が行われている現場へ敢えて飛び込み、正当防衛と称してオランダ軍と共同で戦闘行為を行うというのです。

  相手から攻撃されることを予想して武器を携えて待っていたら、案の定攻撃されたので武器で反撃することは、最高裁判決でも正当防衛とは認められていません。 オランダ軍は武力行使をするのですから、同じ事をする自衛隊だけが武器使用とはいえません。

  私はこの発言の直後に、軍事問題研究会から 「武器使用権限の要点」 という陸自が作成した文書を入手しました (文書の一部はNPJでも公開されています)。 作成は2003年11月2日現在となっています。陸自にイラク派遣命令出たのが2003年10月末です。基本計画閣議決定が12月9日です。 「武器使用権限の要点」 は、その内容から、イラクへ派遣される陸自隊員に対する教育用のパワーポイントであったと思われます。 その中でオランダ軍を駆けつけ警護をするということと同じアイデアが書かれていたのです。

  隊員が武装勢力に拉致された場合を想定して、救助のための武器使用はできないが、当然救助しなければならないと問題提起をし、 武器を使うことについて積極的な意思がなければ、武器を持って救助に駆けつけることはかまわない、現場で危険に陥った場合には武器使用ができると説明します。 この文書では、他国部隊が襲撃を受けた場合には、離れた現場にいる自衛隊員は救援できない、その理由は他国の武力行使と一体化するし、 組織的な行動は武力行使となるからと説明します。

  佐藤正久議員は、憲法9条とイラク特措法に違反することは承知の上で、オランダ軍に対する駆けつけ警護を、このアイデアを応用してやろうとしていたのです。 しかも、彼は日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれる、と極めて挑発的な発言までしました。憲法9条やイラク特措法に違反した武器使用は、 それにより人を殺傷すれば殺人や傷害、銃砲刀剣類等取締法違反罪などの罪に問われるのです。

  このことも彼は十分承知していました。彼が書いた 「イラク自衛隊戦闘記」 という単行本があります。 その中で彼は、自衛隊を警護してくれるオランダ軍が攻撃されたとき、自衛隊が何もできなければ自衛隊は非難され、 日蘭両国の国際問題にまで発展すると私たちを恫喝します。そして集団自衛権行使ができないという政府解釈を強く批判しています。 武器使用の点でも、万一人を殺傷すれば、自衛隊員は所属師団を管轄する検察庁から捜査起訴され、裁判所で裁かれると書いています。 正当防衛・緊急避難の判断は瞬時の判断で、困難を極めるとしています。

  「武器使用権限の要点」 の含意はこれだけにとどまりません。陸自へ派遣命令が出た当時、佐藤氏は陸幕教育訓練班の班長でした。 私は、佐藤氏はおそらく「武器使用権限の要点」の作成に関与したのではないかと想像しています。 だからこそ 「武器使用権限の要点」 のアイデアを応用することを考えたのでしょう。

2、 現地派遣部隊の隊長が、確信犯的に憲法9条とイラク特措法違反の軍事行動を 「独断専行」 しようとしたのがこの問題の本質でした。 確かに軍事合理性の観点からは、オランダ軍を自衛隊が警護できないのは不合理なのでしょう。 正当防衛や緊急避難の場合にしか危害射撃ができないのも不合理なのでしょう。佐藤氏は憲法9条やイラク特措法に軍事合理性を優先させようとしたのです。

  私は、この様な不合理な状況になることが分かり切った中へ自衛隊を派遣すること自体が無理なのだと考えます。 軍隊にあらざる自衛隊を、政治の道具として普通の国の軍隊のように戦地へ派遣するという政治が間違っているのです。 佐藤氏はこの矛盾を 「独断専行」 で突破しようとしたのです。かろうじてそのような事態が起きなかったことで、自衛隊制服組の暴走はありませんでした。

  佐藤氏はこの体験を生かすため自衛隊を退職し、政治の世界へはいることを決意したのです。 いわば、現場指揮官として、軍事合理性の観点から憲法に風穴を開けようとし、さらに政治家として憲法に風穴を開けようというのでしょう。 彼は自民党の比例区の候補者として、全国の陸上自衛隊の駐屯地を選挙運動で回りました。彼は当選後の初登院の日、国会議事堂に向かって敬礼をしました。 制服こそ脱いでいますが、制服組の代表として国会へ乗り込むのだという決意を示したのでしょう。

3、 元々自衛隊は憲法9条に違反するという批判を受け続けながら今日の姿となっています。そのため、政府の9条解釈の積み重ねにより、 普通の国の軍隊では考えられない制約を受けています。海外での武力行使ができないこと、個別自衛権行使であっても他国領域では行使できないこと、 集団自衛権行使ができないことなどです。軍事合理性からはとうてい受け入れがたい制約です。

  ところが、米軍との共同作戦体制が強化され、自衛隊の態勢が日本防衛から海外活動へシフトしたことから、この制約がどうしようもない矛盾となってきました。 そのため、軍事合理性を強調しながら、憲法の制約の不合理生を批判する改憲論が強まってきました。 しかし、軍事力をどう使うかということは極めて政治的な問題であり、国家の有り様を決める事柄です。 憲法でしっかり規制することは当然であり、軍事合理性も憲法に従属しなければなりません。これこそが立憲主義の原則であり、シビリアン・コントロールでもあります。

  しかし、自衛隊の中で公然と先制的自衛権行使を主張する議論が交わされていることがわかりました。

4、 第一師団司令部一等陸佐が、陸戦研究誌平成19年7月号と8月号へ 「日本の防衛戦略と先制的自衛権」 と題する論文を寄稿しています。 陸戦研究誌は、現職の幹部陸上自衛官で構成される陸戦学会の研究誌です。

  論文は、新しい安全保障政策のもとで、テロの脅威を日本に対する主要な脅威としたこと、ブッシュ戦略 ( 02.9 合衆国国家安全保障戦略) が同じ脅威認識から、 先制攻撃戦略を打ち出したことを背景として、先制的自衛権概念の確立と日本の防衛戦略への適用を論じています。
  むろん論文は、自衛権に関する政府見解では先制的自衛権が否定され、国連憲章上も学説上も先制的自衛権が否定的であることは認めていますが、 専守防衛政策では 「『単にやられる前に何もできない』 というだけではなく、新たな脅威や多様な事態に直面している状況においては、危機管理上の重大な欠陥である。 (中略) このような戦略上の構造的な欠陥を改善し、脅威を未然に防止するためには、 強要戦略や先制攻撃戦略を含む多様な選択肢を行使できる戦略を構築する事が必要である。」 と、専守防衛政策と憲法上の制約を非難するのです。

  この著者は、徹底した軍事合理性の観点から、先制攻撃戦略を政府が採用するよう、理論的な研究をするのです。 論文の最後に 「安全保障は、必要性がまず優先する世界である」 と述べているのです。個人論文ではありますが、 このような内容の論文が公然と掲載されたことは、陸上自衛隊の共通の認識を示しているように思えます。 このような自衛隊が日本の安全保障政策を主導すれば、もはや憲法の規制は完全にかなぐり捨てるのではないでしょうか。 安全保障政策は国家の最も重要な政策の一つです。それだからこそ、憲法の立憲主義による規制は必要なのです。

5、 以上紹介したことは、個人かせいぜい派遣部隊ぐるみの暴走ですが、以下に紹介することは海上自衛隊ぐるみの暴走と考えられるものです。

  2006年2月佐世保在泊護衛艦の一下士官の個人用パソコンから、海自秘密文書がインターネット上に漏洩するという出来事がありました。 その中に 「平成15年度海上自衛隊演習 (実働演習) 佐世保地方隊作戦計画骨子」 という文書が含まれていました。

  前田哲男さん達のグループがその分析をしているとのことですが、実働演習の概略が岩波新書 「自衛隊 変貌のゆくえ」 (前田哲男著) で紹介されています。 演習の想定は、第二次朝鮮戦争に至る前段での日米共同での北朝鮮封鎖作戦で、日本は周辺事態法を発動し、米軍への後方支援や船舶検査を行うものです。 朝鮮半島とその周辺海域を米軍の作戦区域としています。

  前田さんはこの著書で、周辺事態法の要件がないにもかかわらず、米軍の要請で周辺事態法を発動して共同作戦にはいることの危険性を指摘されています。 私はもう少し違う視点で注目しました。
  演習では、中国軍が北朝鮮軍と呼応して米軍後方支援部隊を妨害したり、尖閣諸島を占領することを想定しています。 これに対する日米両軍の作戦区域は、九州南方海域から琉球列島を含む広大な楕円状の海域です。 海域で日米両軍は、船舶検査活動、後方地域支援、弾道ミサイル対処 (両国のイージス艦が行うものと思われる)、浅海域の対潜戦、米空母の防護支援、 米艦艇の防護を行うとされます。この作戦は集団自衛権行使です。

  通常この様な軍事演習は、新聞報道で見る限り参加人員や参加艦艇数・航空機の数位しかわかりません。演習の詳しい想定や作戦内容は秘密です。 はしなくもウィニーによりインターネット上へ流出したため、詳しい演習内容が判明したにすぎません。 前田氏は岩波新書の中で、台湾海峡封鎖作戦ではないかと指摘しています。私たちの知らないところですでに自衛隊は、 憲法で禁止されているはずの集団自衛権行使を当然とするかの軍事演習を行っていたのです。

  この演習で想定されている日米両軍のイージス艦による共同の弾道ミサイル対処の際、 米イージス艦が攻撃を受けたら自衛隊の護衛艦がそれを防衛すべきではないかという事態を、集団自衛権に関する憲法解釈見直しと称して、 安倍前首相が立ち上げた 「安全保障の法的基盤の強化に関する懇談会」 で検討を進めたのです。
  ここから見えてくることは、現場の自衛隊、そして米軍の軍事合理性に基づく憲法違反の暴走を追認するための解釈改憲であり、憲法改悪であるということです。

  では、なぜ自衛隊が暴走を始めようとしているのでしょうか。この疑問に応えることは、憲法、とりわけ9条改悪の策源がどこにあるのかを見極めることにつながるでしょう。
  私の回答は、ブッシュ政権下で押し進められた米軍のグローバルな軍事態勢の変革 (トランスフォーメーション) と、日米軍事同盟の再編強化、 それに呼応した日本の新しい安全保障政策と自衛隊のトランスフォーメーションである、というものです。

  このことを正面から書くと、私の友人達から、井上の書くことはいつも小難しいと言われそうなので、この連載の中で、脅威論と合わせて折に触れて言及するつもりです。
2008.1.8



   暴走を始めた自衛隊 その1

1. 2006年12月に自衛隊法・防衛庁設置法が改正され、2007年1月から施行されました。これにより防衛庁は防衛省となり、自衛隊の海外活動が本来任務とされました。 この二つの改正はたまたま重なったのではありません。自衛隊が自衛軍化に向けて大きく踏み出したことの両面なのです。

  防衛庁は内閣府の外局でした。「庁」 とは一つの行政事務を専門的に行うための組織です。国税庁は租税制度の運用、社会保険庁は社会保険制度の運用のように、 防衛庁は自衛隊という武力組織の管理運用を業務にしてきました。なぜそのようになったのか。 明治憲法下で軍が政治に介入し支配して、国を滅ぼしたことへの反省、常に憲法違反という影を背負ってきた自衛隊に、政治や政策に口を挟ませず、 「存在するだけの抑止力」 の役割に止められたからです。ですから防衛庁は 「政策官庁」 ではなかったのです。

  しかし、事態は大きく動いています。95年防衛計画大綱を大きく変更した新防衛計画大綱 (2004年12月閣議決定) は、今後10年間の日本の防衛政策を定めました。 これまで二度の防衛計画大綱では、防衛政策を定めるというよりも、防衛力整備計画の基本文書のようなものでした。 防衛計画大綱が安全保障政策を打ち出したのは、04年大綱が初めてのことです。

  統合的安全保障政策と称されるその政策とは、日本の防衛と国際的安全保障環境の改善の二つを安全保障政策の戦略目標とし、それを日本自身の努力、 同盟国 (米国) との協力、国際社会 (とは言っても米国中心ですが) との協力という三つのアプローチを通じて達成するというものです。

  安全保障政策 (戦略) といえば何か難しい感じがしますが、要は、何が国家の安全への脅威 (敵) かを明らかにし、それに対してどのように国家を防衛するか、 脅威を封じ込め打破するかという戦略を定めるものです。

  では、新防衛計画大綱はどのような 「脅威」 認識を示しているのでしょうか。「我が国に対する本格的な武力侵攻の可能性は低下」 したとし、 これに変わる新たな脅威として 「大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、国際テロ組織等の活動を含む新たな脅威」 と述べています。 新防衛計画大綱の下書きとなった 「防衛力のあり方検討会議」 (防衛庁内部の会議) 報告書 では、「見通しうる将来において、 我が国への本格的な侵略事態が生起する可能性はほとんどない」 とまで述べています。

  これでは自衛隊や安保条約は不要ではないかという批判が当然出ます。そこで、「新たな脅威」 に対抗するためには国際協力が必要だとして、 自衛隊の海外活動の重要性を強調するのです。さらに、自衛隊には国内でのテロ・コマンドウ対策、大規模災害対策のように警察から消防の仕事まで割り振ります。 多機能弾力的防衛態勢と呼んでいます。この様な安全保障政策のことを新しい安全保障政策とも呼んでいますので、私もそう呼びます。 新しい安全保障政策では、自衛隊の役割の内、日本防衛は相対的に必要性が低下し、海外活動が主体になってゆくはずです。 新しい安全保障政策を一言で特徴付けるとすれば、安全保障政策の手段として 「自衛隊を有効に活用しよう!」 といえます。

  自衛隊の活動は日本の防衛から海外活動へと大きくシフトします。安全保障政策の手段として有効活用しようというのですから、 防衛庁は日本の安全保障政策の主務官庁にならなければなりません。これまでは外務省の役割でした。ですから、「庁」 ではなく 「省」 にしなければならなかったのです。

  防衛二法の改正により、今後自衛隊の予算、装備、編成は、迅速に海外出動可能なように大きく変貌するはずです。 よく自衛隊と自衛軍とはどこが違うのかという質問に合います。私は海外で武力行使ができるかどうかがもっとも本質的な違いだと答えます。 さらにそのために、兵士の教育・交戦規則・装備・編成が大きく変わります。軍事法廷も必要です。

  今の自衛隊員は海外では、自らの生命身体に切迫した危険がない限り (正当防衛、緊急避難の場合) 相手に危害射撃はできません。 軍であれば、相手が攻撃を仕掛けてこなくても戦闘行動の一環であれば、躊躇なく敵兵士を仕留めるでしょう。兵士の教育も重要なのです。 市民は人を殺傷すれば刑罰を受けますが、兵士は敵を殺傷する命令に反抗すれば抗命罪として重罰を科されます。市民法と軍法では考え方が逆になるのです。 そのための特殊な法 (軍法) と軍事裁判制度が不可欠なのです。

  自衛隊の自衛軍への変貌はすでに始まっています。自衛隊の統合軍化です。2005年7月、成立した自衛隊法・防衛庁設置法改正です。 それまで自衛隊は防衛長官が三軍の幕僚長を通じて個別に指揮をする体制でした。この改正により、統合幕僚長とそれを支える統合幕僚監部を新設し、 長官は統合幕僚長を通じて三軍を指揮するという体制になりました。

  ではなぜ統合か? 二つの目的があると考えます。一つは米軍との共同作戦をより一体的に行うためです。 米軍は一人の戦域統合軍司令官のもとで、四軍が統合作戦を行います。自衛隊の運用もそれに合わせたのです。 もう一つの目的は、自衛隊の海外活動のためと考えています。海外での人道支援でも、戦闘行動でも、後方支援でも三軍が一体となった活動が重要だからです。

2. 元来自衛隊は憲法違反という影を背負い、実際の活動には9条、とりわけその2項の制約が効いています。戦力不保持と交戦権の否認です。 その結果集団的自衛権行使ができないことや、海外での武力行使ができない (武器使用のみ) とされます。 この制約は、海外活動が本来任務とされ、自衛隊を安全保障の手段として有効に活用しようとした場合、極めて大きな制約になります。 実は自衛隊の中にこの制約を密かに突破しようとする動きが始まっているのです。

  04.10.22 陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班の二等陸佐が、自民党憲法調査会の中谷 元 (元防衛長官) 憲法改正草案起草委員会座長の求めに応じて、 防衛課防衛班のファックス用紙とファックスを使い、自ら書いた憲法改正草案を送りました。その内容は安全保障に関するものです。 彼が示した改正草案では、自衛軍設置、集団自衛権と海外での武力行使を容認、国家緊急事態制度と 「望ましい」 として軍事法廷設置を提案しています。 これをそのまま自らの案として、中谷 元議員は起草委員会へ示し、起草委員会は 「憲法改正草案大綱 (たたき台)」 を作成しました。 この中には二等陸佐が 「望ましい」 とした軍事法廷も入りました。

  「憲法改正草案大綱 (たたき台)」 は、自民党内のもっとも伝統的 (保守的) な、自民党らしい改正案でした。 そのため国民の強い批判と自民党内からも批判が出て、本当に 「たたかれて」 お蔵入りになりました。

  二等陸佐はこれまで新ガイドライン、ACSA協定、イラク特措法、などを担当し、憲法9条に抵触する立法、政策活動の第一線にたってきた人物です。 この点から、彼の示した憲法改正草案の内容は、決して彼個人のものではなく自衛隊制服組の意見を代表するようなものと考えられます。 制服組自衛官が、政権党の憲法改正草案の内容に強い影響力を及ぼしたことの意味は重大です。 国防族議員と制服組が連携して、国政に影響を与え始めたと考えてよいからです。
2007.12.26



   海自イージス艦の迎撃ミサイル実験成功

1、 12月18日ハワイ沖で日米共同の弾道ミサイル迎撃実験が行われました。 今回は初めて海上自衛隊イージス艦 「こんごう」 が標的ミサイルへSM-3迎撃ミサイルを発射して、撃墜に成功したと報道されています。 マスコミ報道では、100キロ以上の宇宙空間で迎撃したと報道されています。「100キロ以上」 という曖昧な報道の意味は後で言及します。

2、 ハワイ沖では、これまで何回も米海軍がSM-3による弾道ミサイル迎撃実験を行ってきたのです。2003年12月11日、ミサイル巡洋艦レイク・エリーがSM-3を発射して、 高度137キロメートルで撃墜に成功しています。2006年6月22日イージス駆逐艦シャイローがSM-3を発射して撃墜に成功しています。 このときの撃墜高度はロイターニュースによると160キロメートルです。この実験では初めて日本のイージス艦 「きりしま」 が参加し、 イージスシステムのレーダーでミサイルの追跡をしています。ちなみに、シャイローはこの実験の後、横須賀へ配備されました。

3、 今回の撃墜実験までに日米は着々と準備を重ねていたことがわかります。私がなぜ撃墜高度にこだわるのか。 SM-3は標的の弾道ミサイルのミッドコース段階での撃墜を目的にしています。弾道ミサイルの飛翔コースは、発射後ロケットモーターで上昇するブースト段階、 ロケット噴射が終わり宇宙空間で弾道を描きながら飛翔するミッドコース段階、標的に向けて落下し着弾するまでのターミナル段階に分けられます。 ミッドコース段階は弾道ミサイルが最も高い高度を飛翔します。この段階で撃墜できれば結果として広範囲な地域が防衛できるというわけです。 実験で使われたSM-3はノドン級の中距離弾道ミサイルを撃墜するといわれています。 しかし、射程が1000数百キロの中距離弾道ミサイルの最高高度は射程の3分の1から4分の1とされ、高度300キロを優に超えます。 150キロ前後の到達高度では絶対に撃墜できないはずです。

  今回の実験では、NHKが高度百数十キロの大気圏外で撃墜、と報道していることから、これまでの実験と合わせるとせいぜい 150キロ前後であると考えられます。 標的に見立てた弾道ミサイルは中距離弾道ミサイルとされていますから、SM-3が届く高度に調整されて発射した可能性が高いと思われます。 或いはターミナル段階かもしれません。現在日本が配備を急いでいるSM-3は全く無駄ということです。だから、日米は共同で改良型のSM-3の開発をしているのです。

4、 日本では、ミサイル防衛は北朝鮮の中距離弾道ミサイルを打ち落とすためと称して配備しようとしています。 そのために自衛隊法を改正しました (05年7月改正、06年3月施行、隊法第82条の2、第93条の2)。 この改正規定では、弾道ミサイル迎撃を海上自衛隊の警察行動として位置づけています。 北朝鮮からの弾道ミサイル発射が武力行使なのか、そうではない場合なのか区別が付きにくい場合があるし、なにせ発射から7〜8分で着弾するのですから、 武力攻撃事態を認定して自衛隊を出動させて撃墜することは不可能なので、とりあえず警察行動で対処しようというものと思われます。

  安倍内閣で問題になった集団自衛権行使の一つのケースで、米国を狙う弾道ミサイルを撃墜しようとすれば、改正法では不可能です。 日本の自衛隊の警察行動で米国を防衛できないし、改正法は武力攻撃事態を想定してはいないからである。 武力攻撃事態下での弾道ミサイル攻撃に対しては、改正法ではなくて隊法第76条の防衛出動下での武力行使になります。

5、 私の連載は 「脅威論」 から始まったので、もう少しこれにこだわります。北朝鮮から弾道ミサイル攻撃があった場合に、日本を防衛するため、 ミサイル防衛が必要だとされます。これ以上の説明はしません。どのような事態の中で北朝鮮が弾道ミサイル攻撃をかけるのかを考えなければならないはずです。 平時において北朝鮮がいきなり日本へ向けて弾道ミサイル攻撃をかけることはあり得ません。 脅威論者は全体状況の中で自説の都合のよい場面だけを切り取って議論します。北朝鮮脅威論だけではなくその他の脅威論も同じことなのです。

  では、現実に北朝鮮が日本に向けて弾道ミサイル攻撃をする場合とは、どのような事態なのでしょうか。日本と北朝鮮二国間だけの戦争は絶対にありません。 日本がそのような戦争を想定していないことは明らかです。北朝鮮がそのような戦争を想定していないことは、北朝鮮軍の構成や装備を見れば明らかです。 北朝鮮軍は9割以上が陸軍です。これは朝鮮半島での地上戦闘を中心に戦うためです。それでも海軍空軍が貧弱なのは、現代の軍隊としても極めていびつです。 地上軍を日本へ向けるためには、海軍力が必要ですが、北朝鮮海軍にはこの様な能力はありません。空軍も日本海をわたって日本を攻撃できる戦力はありません。 唯一弾道ミサイルと、少数の特殊部隊を送り込めたらよい方でしょう。虎の子の弾道ミサイルは、米韓連合軍との戦争のために使用しますので、 日本に向ける数は限られます。

  北朝鮮が日本を弾道ミサイル攻撃するとすれば、朝鮮半島で第二次朝鮮戦争が始まったときです。ではどのように始まるのか。 米韓連合作戦計画5027 (OPLAN5027) があります。第二次朝鮮戦争の際米韓連合軍が北朝鮮軍を撃破してピョンヤンを占領し、更に北上して中国国境まで進軍し、 韓国が北を武力統一するという作戦です。湾岸戦争規模の戦力 (陸軍50万人、空軍2000機、海軍200隻) を集中する作戦です。

  米国のグローバル・セキュリティーという団体が、ホームページでOPLAN5027の詳しい内容を公表したことがあります。 この作戦は、米国による北朝鮮核施設への先制攻撃から始まるでしょう。94年第一次朝鮮半島核危機の際、米国がこれを計画し戦争の瀬戸際まで行きました。 これはいわゆる周辺事態です。周辺事態法を発動すれば、自衛隊は後方支援しますし、武力攻撃事態法では武力攻撃予測事態として、自衛隊は防衛行動に入り、 米軍支援法、特定公共施設利用法 (海域・空域・港湾・空港・道路・電波が特定公共施設)、国民保護法を発動して、政府・自治体・民間業者・国民を総動員して、 北朝鮮との戦争に備えるのです。北朝鮮による弾道ミサイル攻撃はこの様な事態の中で起きるでしょう。

  この作戦では自衛隊も米軍と共同作戦を採ります。そのための作戦計画 (日米共同作戦計画5055) が完成に近づいています。 今年初めの新聞報道では、07年秋にはそれまでの概念計画 (CONPLAN) を完成した作戦計画 (OPLAN) にすると言われていました。 完成したとの情報はまだありません。いわゆる米軍再編に関する 「中間報告」 では、 日本の有事法制ができたので CONPLAN を OPLAN にできるようになったという趣旨のことが書かれていました。

  ここまで読まれた方は、ミサイル防衛の本当の機能に気付かれることでしょう。北朝鮮の反撃力を相殺して、安心して先制攻撃をするためです。 専守防衛ではありません。
  北朝鮮との大規模な戦争を行い、日本が全面的に米韓連合軍を支援し、朝鮮半島で数百万人の犠牲者が出る戦争、 ひょっとして米軍は核兵器を使用するかもしれない戦争のためのミサイル防衛なのです。脅威論者はこのことにはふれません。 さらに、朝鮮半島は甚大な戦争被害を受けるわけですから、戦後復興は気が遠くなる資金が必要です。誰が出すのでしょうか。 一番の負担を求められるのは日本です。イラク・アフガンと違います。莫大な戦費と戦後復興資金を私たちが負担することができるでしょうか。 この様な戦争をあなたは支持できますか。脅威論者は、全体状況から都合のよい場面だけを切り取って議論し、それがいかにも現実的であるかのごとく主張します。 私はむしろ脅威論者の方がもっと非現実的な議論をしているとしか思えないのです。

  今回のハワイ沖での弾道ミサイル迎撃実験に対して、北朝鮮中央放送は12月16日詳細に報道し、 「日本はミサイル防衛システム樹立の策動に無分別に没頭を続けている」 と強い批判をしました。北朝鮮がこの実験に対して神経質になっている理由は、 以上の説明でおわかりいただけるでしょう。脅威論者は相手の脅威を強調しますが、自らが脅威であるとは言いません。 それを言えば 「脅威論」 の説得力は、まるでなくなってしまうからです。「脅威論」 に流される多くの市民は、日本が脅威であるとは考えても見ないでしょう。 しかし、北朝鮮からは日本は重大な脅威と映るのです。

  次号以下でも、折に触れて 「脅威論」 の批判を書くことになるでしょう。次号では、最近の自衛隊の密かな動きについて述べる予定です。 自衛隊は次第に暴走を始めつつあります。これは日米同盟再編強化の動きの中で促進されていますし、この動きが憲法改悪を強く求めているのです。
2007.12.20


   イラン核開発問題と脅威論

  2007年12月3日提出された米国の国家情報評価 (NIE) レポートが、米国内だけでなく国際的に注目を浴びている。 イランが2003年秋以来核兵器開発計画を中止していると評価したからである。NIEレポートは、 国家情報評議会 (NIC) が米国の16の情報機関が持っている国家安全保障上の重要な情報を分析して、大統領などへ提出するもので、もっとも権威が高いとされている。

  なぜ注目を浴びたのか。2005年5月NIEレポートは、2000年代の終わり (2009年まで) にイランは核弾頭1個分の必要な核分裂物質を生産する可能性が高いと評価した。 ブッシュ政権はこれを受けて、イランの核開発が「今そこにある危険」として、交渉で解決しようとするIAEA (国際原子力機関) やヨーロッパ諸国の努力を排除するように、 圧力を強化し、2008年にはイランへ武力行使をするともささやかれてきた。

  10月17日の記者会見で、ブッシュは 「イランが核武装すれば世界平和に深刻な脅威をもたらし、第三次世界大戦を引き起こしかねない」 と最大級の警告を発していた。 米国がイランを攻撃し、ロシアがイランを支援して大規模な戦争になるというのかもしれない。 当時からIAEAエルパラダイ事務局長は、イランが核兵器を開発しているという証拠はないと述べていた。

  私たちは、5年前にも同じような光景を目にしているはずである。当時、フセイン政権が核兵器を開発している、大量破壊兵器を保有している、 アル・カイーダを支援しているとして、2002年後半からイラク攻撃を本格的に準備していたのである。 ブッシュ政権が、フセインを米国にとって 「今そこにある危険」 と断定したのはNIEレポートが根拠であった。 当時から、IAEAもイラク大量破壊兵器査察官もそのような事実を否定していた。世界はブッシュとブレアーのデマ宣伝に振り回されたのである。

  なぜ長々とこの様なことを書いたかというと、憲法9条改憲の最大の理由が脅威論だからである。 北朝鮮・中国脅威論、冷戦後のソ連に変わる大量破壊兵器の拡散や非国家的主体 (要はテロリストや武装集団のこと) 脅威論などである。 いかにもまことしやかに公然と脅威論が主張されると、私たちはつい信じてしまう。とりわけ日本にもたらされる情報は米国経由が多いと思われるので、 その真実をしっかり見極めなければならない。

  改憲を主張する脅威論者の最大の落とし穴は、自らを脅威ではないと考えていることである。 日本は脅威ではないのに相手が脅威であるから軍事力を強化しよう、9条を変えようと言うのである。 私たちは、自らの国の現状と相手の国の真実を冷静に見つめることが必要である。そして、現実の国際政治の動向を常に見極めていかなければならない。

  ブッシュは、NIEレポートが出てもまだイランに圧力をかけると発言している。彼は、対北朝鮮政策で圧力一本槍が失敗し、 06年の弾道ミサイル発射や核爆発実験に至ったことを反省し、対北朝鮮政策を対話路線に戻したことを忘れているかのようである。

  オーストラリアのエバンズ元外相は、イランの核開発で行き詰まり状況になっているのは、米国などが民生用を含めてウラン濃縮に反対し、 イランはNPTに基づく濃縮の権利を主張していることにあるとして、ウラン濃縮を民生用と軍事用に線引きし、監視、検証、査察体制を受け入れることでそれを確保すると、 注目すべき提案をしている。 イランはNPT加盟国なので、NPT第4条により核の平和利用を「奪い得ない権利」として保障されている。

  NIEレポートは、2005年5月のNIEレポートを全面的に見直したものだと述べている。レポートは、イラン政府が2003年秋から核開発計画を停止しているのは、 国際的な圧力とそれに対する損得勘定を計算したからであり、圧力と共に見返り (イランの体制の安全保障など) を組み合わせれば核開発停止を続けると述べて、 外交交渉による解決が可能であることを示唆している。

  憲法9条を守る運動を進める場合、抽象的な平和論ではなく、現実政治の動きを踏まえた政策提起が必要である。 国際紛争を武力により解決するのか、平和的手段で解決するのか、武力行使が本当に解決になるのか、私たちの周りにはこれらのことを考える上で格好の事例が、 あたかも9条問題セミナーでの演習問題のように日々繰り広げられている。まやかしの脅威論を反駁して、 9条による安全保障政策が現実的な選択であるということを、この連載で考えていきたい。
2007.12.18