【マスメディアをどう読むか】 関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議 丸山 重威 連載に当たって ◎「先進国だけでは動かなくなった世界」を伝えたか? 「サミット報道」が示したもの 「反G8 サミット直前札幌ルポ 『世界の民意と隔たり』 『新自由主義いらない』」(7月7日付)、「特需の地元は無関心 過剰警備は拍子抜け 反G8も開幕 盛り上がりいまひとつ」(7月8日付)、「サミット取材 『市民メディア』 も終結」 「マスメディアとの共存 情報 『補完できれば』 『低い目線』 存在感」(7月9日付)、「G8宣言への疑義 解決遠い大国目線 穀物高にエゴ便乗 食糧危機対策 専門家ら批判 『新たな格差の仕組み』」(7月10日付)―。 まだほかにもあるのだが、東京新聞の 「こちら特報部」 の 「G8記事」 の見出しだ。 洞爺湖畔で開かれた 「G8サミット」 は、大騒ぎの末、目立った成果はなく終わった。 各紙の7月10日付社説は 「数字は一夜で消えたが」(朝日) 「危機感の共有から行動へ」(毎日) 「危機克服へ対話を続けよ」 と、G8の 「合意」 と 「課題」 を問題にしたが、 今回のサミットが見せつけた問題、つまり 「世界は先進8カ国だけではどうにもならない」 という基本的な問題については、ほとんどが素通りし、 わずかにこの東京新聞の報道や、朝日などが、短い記事でいくつかの集会を拾ったのが目立つ程度だった。 「G8報道」 とは何だったのか、これでよかったのか。まず、ここから考えてみたい。 ▼多彩に展開されたNGOの活動 G8が日本で開かれるのは5回目だったが、これまでと全く違ったことは、このG8に合わせ、世界の多くのNGOが日本に結集し、 それぞれの主張を展開してアピールしたことだった。 今回、G8に合わせて開かれたNGOの集会は、7月6日から8日まで、札幌で開かれた 「市民サミット2008 (オルタナティブ・サミット)−世界、 きっと、変えられる」 や、6月末、東京で相次いだ 「世界の半分がなぜ飢えるのか」 で知られるスーザン・ジョージ氏を招いた 「G8サミット東京直前行動 SHUT DOWN 貧困と環境破壊のG8」、マイケル・ハート氏らによる 「G8対抗国際フォーラム」をはじめ、 G8と同じ時期に開かれた 「先住民族サミット・アイヌモシリ2008」、「オルタナティブ・ビレッジ=キャンプ」 「チャレンジ・ザ・G8サミット1万人の市民ピースウォーク」 など多彩だった。市民サミット行事が44、関連行事が26、という報告もある。 いずれも、「貧困・不安定雇用・社会的排除をなくせ」 「自由貿易が食糧危機、環境破壊を招いている」 「金融投機をやめさせ、国際金融システムを改めよう」 「EPA (経済連携協定) FTA (自由貿易協定) に問題あり」 などといった要求である。 実はこうした運動は、2001年、イタリアのジェノヴァで開かれたサミット以来、様々な形で展開されてきていた。 その主張は、「世界の人口のたった13−14%程度を代表する8つの国の首脳だけで、世界の将来を決めていいのか」 という世界に民主主義を求める主張であり、 「世界は売り物じゃない。民営化反対、野放しの自由化反対」 という、新自由主義と帝国主義に反対する主張である。 「世界経済フォーラム」 に対抗して、世界の社会運動体が集まる 「世界社会フォーラム」 同様、「もうひとつの世界は可能だ」 も、異口同音のスローガンだった。 しかし、少なくとも日本の一般のメディアでは、昨年のドイツ・ハイリゲンダム・サミットの時と同様に、デモ隊と警官隊との衝突を 「暴動」 と報じることはあっても、 そうした 「異議申し立て」 があることすら、きちんと報道せず、その内容についても十分伝えられなかった。 ▼では、そのNGO集会の内容は? そして今回も、その 「異議申し立て」 の報道は、先に述べた通り、東京では、わずかに東京新聞の 「こちら特報部」 が気を吐いただけ、という状況だった。 もちろん、こうしたNGOの動きが全く報じられていなかったわけではない。「デモで4人逮捕」 も報じられたし、「NGOフォーラムが開かれた」 もあった。 しかし、こうしたNGOの会議で、どのようなことが話し合われたかは、北海道では違ったかもしれないが、東京で見る限り、ほとんど報道されていないのだ。 例えば、「NGOフォーラム 貧困開発ユニット」 が7月7日開催した国際ラウンドテーブル 「世界市民の声〜貧困をなくすために」 では、 「札幌宣言−世界の貧困をなくすための市民の声」 という文書が採択された、という。「そんなに目新しくもないNGO文書」 かもしれない。 しかし、今回食糧が問題になり、貧困が大きなテーマになっていただけに、その提起は政府の側のG8にはない提起であり、重要だと思うのだが、どうだろうか。 「私たちの生きる世界は不公正な世界である。わずか2%の最も裕福な人びとが世界の富の半分を享受する一方で、 貧しい側の半分の人びとが世界の1%の富を分け合う世界。10億以上の人びとが今なお、1日1ドル未満で生きざるを得ない世界。 食べ物はあるのに、人々が飢えている世界。薬はあるのに、予防・治療が可能な原因で人々の命が奪われる世界。 資金はあるのに、人々が、とりわけ周縁化された人々が、貧困によって死にゆく世界。これが私たちの生きる世界である」 と書き始めた 「宣言」 は、 「私たちは、この不公正を受け入れることはできない」 として、「富裕国」 に国連の場で何度となく確認されてきた、 貧困をなくすための 「過去の約束」 を果たすよう求めている。 「世界には8億5000万人もの飢えに苦しむ人びとがいるが、昨今の食料価格の高騰は、『静かなる津波』 として新たに1億もの人びとを飢餓状態に追いやろうとしており、 2015年までのMDGs (Millenium Development Goals=国連ミレニアム開発目標) 達成へのあらゆる努力に負の影響を与えている。 食料安全保障の欠如が主な原因で、貧困人口が17億人に増加するのではないかという報告もある。 世界には十分な食料があるにもかかわらず、先進国を利する金融投機やバイオ燃料政策が食料価格を引き上げ、公平な食料の分配を大きく妨げている」―。 (全文は、 こちら 参照) ▼いま、世界で最も重要な問題は何か 今回のサミットで日本政府は、「温暖化対策」 を中心に、「環境サミット」 とするべく宣伝し、2050年までにCO2を半減するという数値目標の合意を、と考えていた、 といわれている。しかし、この問題については、米国などの反対であえなく潰え、その代わり、中国、インドなど発展途上国も含めての 「努力」 を確認することでお茶を濁した。 そして、そんな思惑をよそに、世界経済は、米国のサブプライムローン問題を契機にした世界的な金融危機が始まり、 石油高騰や燃料作物問題が複雑に絡み合う中で生まれた新たな食糧危機が浮上し、実は温暖化対策どころではない状況が生まれてきていた。 G8諸国としては、そんな状況の中で、アフリカ諸国を含めた会合を開き、その声を聞くというポーズを取らざるを得なかった。 ここでも、G8は、自分たちだけで問題を解決することはできず、これまでの責任を忘れて、問題を 「世界」 に返さざるを得なかった。 まさに、G8諸国による 「資本主義の行き詰まり」 そのものである。 G8をどう捉えるか? それは実は、いまの世界をどう捉えるか、ということであり、世界の問題がどこにあるのかを正確に認識することである。 しかし、メディアは、そのことを考え、正しく意識していただろうか? メディアは、「持ち回りの年中行事」 が日本にやってきたことを意識し、前例に沿って取材体制を組み、出稿予定を作ってそれなりに対応しただろう。 しかし、「G8を機会に世界のいまを伝えよう」 とか、「いま世界で一番問題になっていることは何か、それを世界の人々がどう解決しようと考えているか」 について、 民衆の動きと共に伝えよう、などとは考えなかったのではないだろうか。 サミットの前に、政府以外の場所からは、いろいろな問題提起があった。NGOの会議を組織した人たちの議論もそうだったが、湯川秀樹、 下中弥三郎らによって始められ、現在は、武者小路公秀、土山秀夫、井上ひさし氏らによって引き継がれている 「世界平和アピール七人委員会」 が、 6月27日発表したG8に関する初のアピールもそうである。 そこでは、「グローバル経済の拡大のもとで、価格高騰や食糧不足が現実化し、国家間でも各国内でも経済的社会的傘が広がり、 社会不安や軍事紛争の危機を招いている」 と指摘。「先進工業国の責任を自覚し、問題の根幹を捉えた的確な決定を」 と訴え、 「地球環境の保護、国際金融の規制ルール、国際的な人権の擁護、核兵器の禁止などについて積極的な決定」 をすべきだ、とG8首脳に要望。 @ 環境対策は弱者の視点から A 「反テロ」に名を借りた戦争や人権の抑圧に反対する B 核兵器保有国は削減義務の履行を−と提言した。 しかし、そのアピールもほとんど報道されなかった。 (全文は こちら 参照) 実はこれらが、いまの世界の最大の問題なのであり、メディアはこうした問題提起に耳を傾けなければいけなかったのである。 ▼「視点」はどこにあったのか ジャーナリズムに必要だったのは、霧の洞爺湖湖畔で豪華ディナーを食べながら食糧危機を論じた人たちとは違った 「視点」 だった。 しかし、日本のメディアは、その 「豪華ディナー」 に対する批判ですら、欧米のメディアに先を越された。 「豪華ディナーを食べ食糧危機を語るG8首脳を 『偽善的と』 と断じた英各紙の鋭いセンスには、ジェラシーを感じた」 と書くのは、 G8声明に対するNGOの記者会見を詳しく報じた東京新聞 「こちら特捜部」 の 「デスクメモ」 だ。 東京では唯一だったこの優れた記事を出稿したデスクが、外国の新聞に 「ジェラシー」 を感じなければならなかった、日本の新聞の報道の 「仕組み」 とは何なのか。 私には、これは、洞爺湖畔に集まった新聞各社の 「G8取材班」 は、各国首脳や、ホストの外務官僚らとの面識はあっても、そこで発表される膨大な文書や、 首脳夫人の動きまで、G8が提供する情報の海を描くのに精一杯で、 「世界で最も重要な問題は何か」 という基本的な 「視点」 が失われていたことを示しているのではないだろうか。 独断でものを言わせてもらえば、「こちら特報部」 は、その 「海」 とは全く違う場にいたからこそ、別の 「視点」 を持つことができ、 優れた記事が書けたのではないかと思う。 私は、このことこそ、日本のメディアの構造的な問題として、今後も引き続いて考えていかなければならないのではないかと思う。 ▼メディアセンターの活動に意義 しかしその一方で、記憶されなければならないのは、こうしたNGOの活動や主張を伝える 「市民メディアセンター」 が設けられ、 実際にインターネットの動画サイトなどを通じて、多くの情報が発信されたことである。 このメディアセンターは、昨年7月以来、多くのNGOと連携しながら、G8に関わる動きを内外に伝えようとしてスタートしたもので、 「レイバーネット日本」 や 「Our Planet-TV」 「NPJ」 なども加わって組織されたもので、実際に、記者会見場がある 「市民メディアセンター in 北海道大学」、 コミュニティ・ラジオ局のためのスタジオを設けた 「市民メディアセンター札幌」、 ビデオ編集スタジオを持った 「インディペンデント・メディアセンター」 の3個所の拠点が創られ、ここをベースに登録した内外の約100人の市民ジャーナリストが活動した。 開会前の5日、札幌市内で約3000人が参加した 「ピースウォーク」 のデモでは、 これを取材中のロイター通信のカメラマンが 「警官の腰を蹴った」 として公務執行妨害で逮捕されたが、撮影中のカメラマンの背中を強引に引っ張り、 カメラマンが抗議する状況が居合わせた市民ジャーナリストによってビデオ撮影され、インターネットサイトにアップされたことから、 警察も釈放せざるを得なくなったのか、7日に釈放されたというケースもあった。 この映像はテレビにも放映され、「事実」 が世の中に明らかになり、警察の 「意図」 も見えてしまった。 繰り返すが、いま世界がどうなっているか。それを見詰めるには、洞爺湖に集まった首脳やその関係者を取材するだけでは足りないことは、はっきりしていた。 そんななかで、日本人が正確な国際認識を持つためには、NGOの主張も正当に伝えられなければならなかった。 市民メディアセンターの活動は、まだまだ小さく、決して十分ではなかったが、そのNGOの活動を伝えることに貢献した。 「新自由主義」 に席巻されている世界の矛盾と、それを推進してきた先進国の責任。洞爺湖サミットは、それが改めて露呈したサミットだった。 この中で、世界はどうすべきなのか、われわれはどうすべきなのか。 日本のジャーナリズムは、この問いにまだ答えていない。 2008.7.22 ◎犯行の引き金は「誤解」ではなかった!? 続・「秋葉原通り魔事件」に見る青年の孤独 「秋葉原通り魔事件」 について、論議は続いている。しかし、問題は少しずつずらされ、両刃のダガーナイフの所持を禁止する方向が提案されたり、 相次ぐネットへの脅迫まがいの書き込みを 「業務妨害罪」 で立件するなど、「安全・安心の街作り」 のための政策は次々と打ち出されているが、 一方で、より本質的な問題である「製造業への派遣労働」には手を付けず、「日雇派遣禁止」 の方向をちらつかせるだけでお茶を濁している。 しかし、この事件をめぐる具体的な事実、とくに彼の働き場であり、挫折を繰り返してきた青年労働者・加藤智大に、 希望を与えることができなかったトヨタの主力工場、関東自動車の実態については、その後全くと言っていいほど報じられていない。 加藤容疑者への 「共感」 と見えるものさえ、散見されると言われるネットの書き込みは、それが行き過ぎれば 「犯罪」 であることは事実だとしても、 「労働実態の告発」 もあるとすれば、軽視するわけには行かない。その意味で、メディアに求められるのは、詳細な 「事実」 の発掘であることは、昔も今も変わりはない。 ▼彼は 「解雇通告」 されていた 現場を訪ねたことが明らかになっている数少ないルポの中で、「週刊金曜日」 6月27日号の横田一レポート、「派遣先自動車工場での容疑者の日常」 は、 これまでの報道の中でわれわれの頭にインプットされた事件の概要が、実は大きな間違いをはらんでいたのではないか、ということを指摘してくれている。 つまり、われわれが報道によって認識してきている 「事実」 は、次のようなものだった。 子ども時代は優秀だったが、進学校で挫折した。自動車整備工を目指して短大に進んだが、結局目的を果たさないまま故郷に戻る。 だが、定職に就けず、転職を繰り返し自動車工場の派遣工へ。期間工から正社員への道どころか、また解雇、転職か、と夢が壊れたと思い、絶望した。 200人の派遣工のうち150人を解雇する方針が出され、何人かずつ上司に呼ばれて計画が伝えられた。 彼については解雇者には入っておらず、たまたま門の所で遭った派遣会社の社員に 「君は大丈夫だよ」 と立ち話で伝えられた。 しかし、事件直前の6月5日、出勤したところ、なぜか彼の 「つなぎ」 の作業服がなく、それで荒れて、会社を出ていってしまった。 継続が決まっていたのに、作業衣がなかったことで、解雇されたと思い込んだ…。 だからわれわれは 「切れやすい子だったんだなあ」 と思い、そんな彼に育て、結局、守れなかった社会を考えた。 しかし、横田レポートが伝えている 「事実」 は衝撃的だ。 つまり、@ 彼は解雇通告されていた A 「つなぎ」 は彼が 「ない」 と早合点して騒いだのではなく本当になかった B そのとき、同僚が上司に 「説明してやって下さい」 と伝えても、上司は誰も説明せず、止めることもしなかった−というのである。 横田レポートを引用する。 「秋葉原殺人事件三日前の六月五日早朝、トヨタの子会社 『関東自動車工業』 (静岡県裾野市) で加藤容疑者が暴れ出した。 『つなぎがない。いらなくなったら (首を) 切るのか』 と叫びながら、職場仲間のつなぎをぶちまけ始めたのだ。同僚のT氏は、すぐに上司に訴えた。 『止めてもらえませんか。解雇通知を受け取り、精神的の動揺して暴れているのです』」 「しかし上司は止めなかった。『君は解雇されない。延長の予定だから誤解するな』 となだめることもしなかった。T氏はこう振り返る」 「『加藤容疑者の夢は正社員でした。 《いまは派遣社員だけども、そのうち期間工になって、正社員になるんだ》 と話していました。 でもその夢が解雇通知とつなぎの件でうち砕かれた。加藤容疑者にも解雇通知は来ており、ショックを受けていました。 会社は 《加藤容疑者は延長する予定だった》 と事件後の記者会見で説明しましたが、それなら、なぜ暴れたときに伝えなかったのですか』」−。 取材に応じたT氏は、横田記者に 「つなぎ (作業服) 本当になかった。現場にいた者としてはっきりいえます」 とも語っている。 ▼「全員解雇」 の中での 「選別」 偽装倒産事件などでよくあるのは、いったん全員を解雇して、その中から会社に忠実な、問題を起こさないものだけを採用するやり方である。 労働者の働く権利など完全に踏みにじったやり方だ。しかし、その方法が会社にとって、労働者の 「選別」 をしやすい方法であることは言うまでもない。 かつて、国鉄の分割民営化では、反対する国労組合員に対してこの方法がとられたし、いままた社会保険庁の廃止・民営化で同様のことが語られている。 「組織替え」 という名の労働者の 「選別」 であり、「物言わぬ職場」 作りの方策だ。 しかも、一般正社員で、労働組合に組織されている労働者であれば、闘う方法もあるだろうが、借り上げのアパートに住まわされている派遣工は、 いまの派遣先を 「クビ」 になれば、住んでいる場さえ明け渡さなければならず、生活の場も奪われてしまうのだ。 その 「選別」 に異議を唱えることなどできず、派遣会社がどこかほかの派遣先を見つけてくれれば幸せ。そこに行く以外、方法がない。 今回の事件で、伝えられている派遣工200人中150人の大量整理についても、なぜそうしたことが行われるのか、「解雇通告」 がどういう形で行われたか、の報道はない。 「何人かずつ集められ、『解雇されるものがある。6月末まで頑張ってくれ』 と言われ、本人も落ち込んだ」 という趣旨の報道しかない。 枚数の関係かもしれないが、横田レポートにも、賃金などの労働実態は取材されているが、150人解雇のやり方や、会社が何をしようとしたか、 いまどうなっているか、の記述はない。関東自動車には、6月5日に、上司はどういう行動を取ったのかを含めて、なぜ150人合理化が必要だったのか、 生産体制をどう変えたのか、明らかにする責任があるのではないだろうか。 6月5日早朝、「つなぎ事件」 で職場を飛び出した加藤容疑者は、暗澹たる気持ちで一日を過ごしたに違いない。 毎日新聞6月10日付によると、「あ、住所不定、無職になったのか ますます絶望的だ」 とネットに書き込んだのは、この日の夜、6日午前1時44分のことである。 ネットに書き込んでも、止める人はいなかった。朝日新聞6月21日付によれば、彼は、取り調べ官に 「初めてきちんと話を聞いてくれる人ができた」 と語ったのだそうである。 ▼改めて労働現場の取材−事実報道を 彼が働いていた関東自動車は、トヨタが50%を超える株を持ち、トヨタから社長がやってくる基幹工場だ。 ベルトコンベアの中の 「労働疎外」 については、鎌田慧氏が 「自動車絶望工場―ある季節工の日記」 (1973年) で書いている。 「これは労働かもしれないが、何も作らない。作るのは機械であり、コンベアであるだけだ」―。 その時代から、「派遣法」 が動き出して、1985年、16の専門業種に限って派遣労働が解禁され、相次ぐ労働法制の 「規制緩和」 の中で、 「例外」 だった 「労働者派遣」 は当然のことになった。99年に原則自由化、2004年には、製造業にも解禁された。当時の日本経団連会長はトヨタの奥田碩氏である。 横田レポートは、事件の背景にある 「派遣社員の不安定さや正社員との絶望的な格差に加え、 派遣社員を部品扱いするトヨタ生産方式 (利益至上主義) も関係しているのではないか」 と指摘し、全トヨタ労働組合の若月忠夫委員長の話を紹介している。 「一番屈辱的なのはボーナスの日。正社員だけがボーナスをもらえて、非正規社員はもらえない。 欧州では、正社員でも非正規社員でも同じ仕事をすれば、給料が同じ 『同一労働同一賃金』 が当たり前ですが、日本では実現されていないのです」。 若月氏は 「『(加藤容疑者のいた) 塗装工程の検査は大変』 という報道もありますが、正確ではありません。全行程が大変なのです。 私は、組み立て工程など他の工程も担当したからよくわかりますが、『大変』 ではない工程なんか、この工場にはありません」―。 彼が置かれていた状況と犯罪に至る心理は、これまでの報道が示すように、解雇はされないのに勝手に解雇されると思いこんだ 「誤解」 だったのか、 横田レポートが示すように、実際に 「解雇通告」 を受けたあとのショックだったのか、 あるいは、自分が 「選別過程=まな板の鯉」 状況に置かれていることを知ったためだったのか―。 このことは、犯行に至る彼の心理と、事件の持つ意味を考えれば、格段に違いがあるのではないだろうか。 また、「つなぎ」 はなぜ、規定の場所になかったのか? まさか、労働者のふるい分けのための 「テスト」 が行われたわけではないだろうが、 暴れる彼を止めなかった 「上司」 は、もしかして、つなぎがそこに置かれていないことを知っていたのではないか? 「彼は荒れるかもしれない」 と読み込み、 解雇の材料にしようとしていたことはなかったか? これは 「勘ぐり」 である。しかし、若干の労働組合の取材を経験したことがある私から見れば、そんなことがあっても、 「クビ」 の数を合わせる数あわせに窮々としている派遣工管理の下級労働者 (そう、彼も労働者なのだ!)=横田レポートの中で言われている 「上司」 =がそんなことを考えても、全く不思議ではない。「労務管理上必要」 なのだ。 ▼若い記者とジャーナリストに期待する そして、新聞。いままで多くの読者は、加藤容疑者について、「誤解した結果の暴発」 と思っているはずだ。 しかし、横田レポートによって明らかにされたのは、読者のこの 「誤解」 を解くために、極めて重要な事実ではないか。 私は、もう一度、「改めて現場を」 とまた言いたい。もし、読者が得ている印象が間違っているなら、それをただす責任が記者にはある。 裾野市は、中央紙で言えば、静岡支局の管内、三島、沼津、あるいは御殿場通信部か、そんなエリアの担当だろうか。記者は決して多くないし、忙しい。 しかし、この問題を明らかにしてほしい。 精神鑑定で心神耗弱などが認められれば別だが、7人も殺したら、いまの状況では死刑は間違いないし、「誤解」 が元でも 「クビ」 が元でも大した違いはない。 情状で変えられる部分はまずないからね…、と法律家は言うかもしれない。 しかし、ジャーナリズムの論理は違うはずだ。この事実の究明こそ、新聞の責任だ。 ひとつ、心に残った記事のことを付け加えておこう。 毎日新聞が7月17日付で、神澤龍二記者の 「記者の目」 を載せている。29歳で同世代だと感じる神澤記者は、東京から裾野の関東自動車を訪ねて、 加藤容疑者の元同僚に話を聞き、自分の体験を通じてこの事件を考えている。神澤記者は、加藤の 「内面」 に生育歴から迫りながら、書いている。 「私たちの世代には実はいまだに、加藤容疑者のように固定化した価値観に縛られて生きている人たちは多い。 呪縛から解き放たれるため、『いろいろな価値観や職業、分野で生きる人々と本音で付き合ってみる』 ことが必要ではないか」−。 神澤記者は、自らのボランティア体験の中で自分が励まされたことを書いている。率直で、若々しく、いかにも 「記者の目」 らしい記事だ。記者は現場で学び、成長する。 ぜひとも毎日新聞にお願いしたい。現場を踏んだ神澤記者の積極的な活動を活かし、彼と共に、複数の記者を現地に入れ、徹底的な取材を積み重ね、 労働現場での労働と労務管理の実態と、資本の 「非人間性」 を明らかにしてほしい。 そこが明らかになり、何かが変わらなければ、余りにも空しい事件だ。第2第3の加藤容疑者を生まないためにも、それが求められているのではないかと思う。 2008.7.19 ◎国会質問の意味するもの─「偏向番組」とは何か 2008年5月、マスメディア概観(3) 5月20日の参院総務委員会で自民党の磯崎陽輔議員は、5月11日に放送されたNHKスペシャル 「セーフティネット・クライシス 日本の社会保障が危ない」 について、 NHKの福地会長らに質問した。「特定の番組について質問することは避けるべきだ」 と言いつつ、番組をヤリ玉に挙げ、スタッフについてまで言及したもので、 かなり 「異例」 な質問だった。 もちろん本人は 「圧力を加える意図などない」 というだろうが、現場で仕事をした経験を持つ立場から言えば、こんな質問について気にしなかったら、むしろおかしい。 もしかしたら、こういうのを 「圧力」 というのではないか? 最も恐れなければならないのは、職場の 「萎縮」。 そんなことがないように、NHK首脳部や、労組の毅然たる姿勢を改めて願うばかりだ。 ▼「社会保障が危ない」は偏向番組なのか 磯崎議員は、「昨年12月20日に、ワーキングプアの放送の政治的公平性について、質問した。しかし、改善されていない。 今度はよりセンセーショナルだ」 と前置きして、@ 健康保険証がなく手当を受けられなかった人について、医療費が支払えないため亡くなったというが、 なぜ滞納が起きたのか放送されていない。死亡との因果関係について検証がなく、いい加減だ A 民医連の病院を2つも冒頭に取り上げており、 深い関係があると地元ではいわれている病院だ。特定の政党と関係が深い病院だとすれば、政治的公平の観点から問題がある B スタッフにその方面に詳しい人がいて、番組に影響を与えているのではないか、調査すべきだ−と、NHKの福地会長、今井副会長らに質問した。 礒崎議員は 「保険証がなくなり、手当を受けられなかった人については、市町村には保険料の減免制度もあれば、生活保護の医療扶助もある。 日本の制度は 『国民皆保険』 であり、医療を受けられないことは絶対ないように配慮されている。保険証の取り上げと死亡の因果関係を検証したのか。 2年間に475人が死亡した、と放送し、『ほとんどが10割負担を恐れて、病院にかからなかったものと見られる』 などと、 『ほとんど何とかかんとかみられる』 という言い方で解説し、きわめていい加減だ」 と述べた。 問題はその先だ。 磯崎氏は、番組が堺市の耳原総合病院と倉敷の水島協同病院を取り上げていることを問題にし、2つの病院は民医連に加盟している病院で、 「地元では日本共産党と関係が深いとされている」 と発言、民医連を攻撃し、「そういう病院であることを知っていたか」 と日向英実専務理事に迫った。 専務は 「私自身は知らなかった。ただ、多くの病院があり取材に協力を得られるところから選んでいる」 と答えた。 磯崎議員はさらに、NHKスペシャルのスタッフの中に、「そうした方面の情報に詳しい人」 がいるのではないか、と述べ、 「放送の政治的公平性に影響を与えているという疑念を抱く」 と述べ、「NHK内部の調査をしてみる必要がある」 と主張した。 今井義典副会長は、「この番組が政治的に公平性に欠けているとはいえない」 と答弁したが、ここでもう一度考えてみなければいけないのは、 一般メディアがこうした攻撃を恐れて 「自己規制」 をしてしまいがちなことについてだ。 ▼取材先の選別、スタッフへの攻撃 つまり、この追求の仕方は、取材先を活動の中身や、そこでの実態で判断するのではなく、「ある特定の政党と関係があるかどうか」 で選別せよ、 といっているもので、要するに 「アカ攻撃」 だ。 しかし、こうしたことへの反応は、いまもメディアの内部に残っているものではないか。「そうか、あの病院も民医連か…。どこか違うところないかなあ…」 と、 レッテル張りを警戒して必要な取材先まで変えてしまうこともあるかもしれない。その 「危うさ」 を見事に衝いて、そうした風潮に乗った卑劣な質問だと言っていい。 そしてもっとひどいのは、「その方面に詳しいスタッフが居るのではないか。居て悪いとは言わない。しかしその影響が強くあるというのだったら問題だ」 という言い方だ。 「その方面に詳しいスタッフ」 というのは何を意味しているのだろうか。 言葉通りに受け取れば、こうした社会問題に詳しいスタッフが居ることこそ、NHKが誇るべき事柄であり、そうした人が、積極的に主導権を取って、 いい報道をしていくことこそ、「皆さまのNHK」 にふさわしい。 民医連の病院が、共産党と深い関係があるかどうか、私は知らない。共産党の党員だったり支持者だったりするスタッフが多いかもしれないとは思うが、 恐らくそれも決めつけだろう。しかも、この番組は、病院の医療方針やその在り方を紹介した番組ではなく、 たまたま患者対応の実態について取材に協力してもらったにすぎないのだ。 最初の部分の質問についても、この番組を聞き直した人によると、 番組は 「無保険だったから死亡した」 と言ってはおらず、 「無保険の状態で死亡した人が475人いた」 と、客観的事実を紹介していた、という。 磯崎質問のことで言えば、その人たちには、「なぜ市町村の救済措置や、生活保護を受けなかったのか。 それをしないで保険証が取り上げられても仕方がない、そういう人がまじっていないか。 とすればそれはその人の責任だ」 と言っているように聞こえる。「それを調べたのか」 というNHKへの追求は、どこかおかしいのではないだろうか。 気になることを付け加えておこう。福地茂雄会長は、磯崎議員への答弁で、「私は現場主義だ。だから、Nスペやいろんな番組の企画をしているところ、 編集をしているところに突然行ってみた。20数人のスタッフが議論しながら実に熱心に問題を議論していた。編集のところもそうだった」 と答弁した。 かつて、共同通信にも 「偏向攻撃」 の流れの中で、福島慎太郎氏が社長に乗り込んできた。 現場はピリピリしたが、労組の団結と職場の積極的な動きに、現実にはほとんど何もできなかった。「報道の自由」 とはそういうものである。 ▼「議会質問の限界」の常識 もともと、磯崎議員自身が言っているとおり、メディアの個々の番組について、直接自身のことに言及されて、間違いがあったとか、 被害を受けたとか言うのならともかく、国会の委員会というような場で追求し、意図や手法、出演者や内容までをチェックしていこうというのは、明らかに適当ではない。 まして政権政党の議員が政治的な力をバックに、干渉的な発言をすることなど許されていいはずはない。 自民党は2001年4月、「テレビ報道番組の一部は公平、公正さを欠いている」 と、所属国会議員や顧問弁護団による 「報道番組検証委員会」 を設置し、 全国2000人のテレビ番組モニター制度を導入、定期的に報道内容をチェックしている、といわれている。 言論には言論で、が原則であり、こうした問題を、国会や議会に持ち出すことこそ 「政治的」 であり、問題だ。 NHKは安倍首相が古森重隆氏を経営委員長に任命して以来、「国益を考えた放送を」 との発言が飛び出したり、強引な外部からの会長任命があったり、 政府・権力からの露骨な締め付けが始まっている。 放送法に言うように、「表現の自由」 を確保し、「健全な民主主義の発達」 に資するために、 NHKが、「あまねく日本全国」 で 「豊かで、かつ、良い放送番組による国内放送」 が提供するためには、こんなおかしな干渉ははねのけていかなければならない。 (了) *なお、この問題については、参議院のホームページから、磯崎議員の質問の全文を視聴できるようになっている。 (下記アドレス) なお、同じ委員会で共産党の山下芳生議員がこの質問に対して 「反論」 している。 ※ 磯崎議員の質問 また、 「放送を語る会」 は、この問題について、磯崎議員に抗議文を出している。 2008.6.16 ◎連帯を取り戻し、ひとりぼっちの青年をなくそう! 「秋葉原通り魔事件」に見る青年の孤独 世の中を震撼させた秋葉原の通り魔事件。突然襲われ、命を失った7人、傷つけられた10人と、その家族、仲間たちのことを思うとあまりに痛ましくて言葉もない。 まさに許されざる犯行だし、各紙が指摘する通り、「生活に疲れた」 など 「まったく卑劣で身勝手な言い分」 (読売) だ。 だが、各紙を通読し、事件の背景が分かってくるにつけ、浮かび上がってくるのは、犯人の青年が置かれていた寒々とした心の世界だ。それをどうしたらいいのか? この悲惨な事件から社会が汲み取らなければならないのは、いまの青年労働者が置かれた過酷な労働実態の改善と、 「ひとりぼっちの青年をなくす」 という社会全体の取り組みの必要性ではないかと思う。 暮らしにくい世の中。そこに生きる私たちが求められているのは、他者に関わる生き方、暮らし方であり、連帯と共生の精神を取り戻すことではないだろうか。 まだ、限られた情報しかなく、これから、事実がもっともっと解明されていかなければならないだろう。 しかし、いままで報じられたことから、それだけは言えるのではないだろうか。 ▼「また解雇か」の思い込み いままで報じられた事実関係を整理してみる。犯人の青年は、青森で少年時代を過ごし、小、中学校では成績も優秀で、高校も進学校だった。 そこでは目立たない少年だったようで、多くの仲間が大学に進んだが、1年浪人して、岐阜の自動車短大に。 好きな自動車に関わっていたはずだが、途中で教師に 「中学の先生になりたい」 と相談もしたが、転向はできず、整備士の免許も取れないままに終わった。 トラックの運転手などもしたらしいが、いくつかの派遣会社に勤め、仕事場を転々とした。昨年11月からは、東京の派遣会社 「日研総業」 からの派遣で、 トヨタが50%以上の株を持ち、幹部はトヨタから来る大手自動車製造会社 「関東自動車工業」 の東富士工場の塗装職場で働いていた。 時給が1300円、月曜から金曜まで、朝6時半から午後3時までの昼勤と午後4時から午前0時40分までの夜勤が1週間交代で続く。 夜勤が真夜中の勤務でないだけ、土、日の身体のリズムの切り替えは難しいかもしれない。「出勤時間になると目が覚めてしまう。 もう行かないんだから寝かせてくれ」 という書き込みにもそれがうかがえる。職場の成績は中の上、まじめな労働者だった。 派遣会社が用意した工場から、車で10分ほどの距離にある借り上げのアパートに住んでいたから、住所は 「裾野市」 だった。 「職住近接」 といえば聞こえがいいが、仕事をやめると住むところがなくなる環境だ。月収は20万になるそうだが、多分寮費も引かれるだろうし、決して高くはない。 自動車産業が厳しいことは比較的知られているが、この工場にも合理化の話が出てきていた。200人いた派遣社員のうち、150人が解雇される、という話。 普通の会社だったら大問題になるはずの削減だが、派遣の場合にはニュースにもならない。 5月30日、責任者に集められ、「派遣社員の中には解雇される者もいる」 「6月まで頑張ってくれ」 と言われ、「6月で終わりということか!」 と思いこんだ。 本人は3日、偶然派遣会社の社員に会い、解雇対象ではないことを知らされたというが、それだって、いつまで続くかの保障はない。 疑心暗鬼でいるところへ、作業衣が見つからなかった事件が起きた。本人が置き忘れたのか、何かの手違いか…? それからは、連絡をもらっても 「人が足りないから来いと電話が来る。俺が必要だからじゃなく、人が足りないからで誰が行くか」 という心境になった。 犯行を 「決意」 してナイフを買いに行った店員さんと話し、「人間と話すのっていいね」 と思い、携帯に実況中継的に書き込み、 誰かが止めてくれないか…と密かに思っていた (毎日12日付)。 しかし、誰も結局止められなかった。途中までは覚えていたが、あとはよく覚えていない凶行だった。 ▼労働法の破壊が劣悪な条件を生む 既にさまざまな人が指摘しているが、この事件の根底にある 「派遣労働」 の問題を見逃すわけにはいかない。 戦後、日本国憲法の下で、労働者の権利が改めて確認され、労働基準法、労働組合法がつくられた。 基準法は 「労働条件は、労働者が人たるに値する生活」 を営むための必要を充たさなければならないとし、 労使ともに労働条件の 「向上を図るように」 努めることをも求めた。 そして、「何人も法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」 と中間搾取を禁じた。 職業安定法でも、「何人も次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、 またはその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」 と、例外を除いて 「労働者供給事業」 も禁止した。 ところが、実際には、1985年 「労働者派遣法」 ができて以来、労働者を取り巻く環境は大きく変わった。98年には有期雇用の期間制限が緩和され、 99年には 「原則禁止・例外容認」 だったものが 「原則容認・例外禁止」 になり、2004年からは、製造業への派遣も可能になった。 「厳しい雇用、失業情勢、働き方の多様化等に対応するため」 というのが労働省の言い分だ。 結果として、1996年には3800万人いた 「正規雇用」の労働者は、2006年には3340万人になり、460万人も減少。 その代わり 「非正規雇用」 の労働者は、同じ期間に、1043万人から1663万人へと620万人増えた。2006年度の派遣労働者は、321万人。 この7年間で3倍以上に増えている。 しかし、派遣会社の 「社員」 といっても、いつ首を切られるか分からない、という状況は、人生をまともに考える若者にとっては、不安が増すばかりだ。 派遣労働者は企業では、人事課ではなく、部品などと同じ調達部門で扱われる。まさに買われているのは 「労働力」 だけ。 資本主義社会なのだから、安く買って高く売るのが商売の原則。商品ならそれでいいのかもしれないが、人間の 「労働力」 をそんな形で売買していいのか? 「中間搾取」 というのはそういうことではないのか。 ▼単調な労働が押しつぶした? そこでもう一つ考えるのは、自動車工場の現場 「流れ作業」 の実態だ。 いま、どの程度変わっているかわからないが、以前私が取材した自動車工場は、極めて合理化された単調な作業の繰り返しだった。 巨大なベルトコンベアが、ガタンと音を立てて動き、自分の工程の前に、1台の車が止まる。流れるバックグラウンド・ミュージック。 その間に作業をする。一定の時間が来ると 「ブー」 とブザーが鳴って音楽が止み、コンベアが次の工程に動く。 次の車…。音楽は元に戻って始まり、同じ作業をすると、また、ガタン、ブーと次の車…。繰り返し、繰り返し、勤務時間の間中続く。 そして、その片隅には、当時の人気女優の名前を付けられた産業用ロボットが、ものすごいスピードで身体をくねらすように動きながら、鉄板に穴を開ける作業をしていた。 ボルトを差し込み、締め上げる作業もしていたような気もする。 この間に、ベルトコンベアに載せられた鉄の枠組みだけだった自動車の原型が、車輪がつき、エンジンが付き、座席が付き、やがて、屋根と外装がかぶせられて、 自動車ができあがる。 東京新聞の 「こちら特報部」 によると、彼の職場は輸出用カローラの塗装点検で、8人1組、1台を66秒で目視点検する仕事だったそうだ。 それで生産台数は1日400台という。66秒という報道だったが、私が以前現場で聞いた話では、ベルトコンベアのスピードは、始業時から次第に速くし、 疲れたころにはスピードダウンさせるのだそうだ。曜日によっても微妙に工夫する、とも聞いた。 私が取材したころ、このコンベアについて作業している人たちは、とにかく、その会社の 「本工」 であり、労働組合員だった。 「闘う組合」 ではなく 「労働貴族」 が牛耳っていた 「第2労務部」 だったかもしれない。単なる 「ガス抜き」 に過ぎなかったかもしれない。 しかしとにかく、会社とは一線を画して要求を作り上げ、会社に提示した。労働者には、「○○自動車」 という会社の名前や 「私たちが造った車」 へのに誇りもあったし、 その現状を変えていく話し合いが曲がりなりにもできいた。 「派遣労働者」 も同じ工程で作業をしていれば、終わった時間にどこかに遊びに出ることもあっただろう。もっと親しく話す仲間を作ることもできたはずだ。 しかし、彼の場合、結局そこまではいかなかった。単調で無意味にさえ思える仕事…。彼はそれに押しつぶされたのだ、という気さえする。 ▼ひとりぼっちの若者をなくそう! ちょっとだけお節介になろう! 新聞各紙で、彼が書いたネット上の言葉が報道され紹介されている。「身勝手な言い分」 と言えば簡単だ。 しかし、実に見事に、彼自身の 「心象」 を表現しているではないか。 こんなに自己表現できる青年が、なぜ、こんな凶行に走らなければならなかったのか。 私は、彼の責任を問うことと同時に、そうさせてしまった 「社会」 と、私たちの行き方まで含めて考えなければならないのではないかと思う。 いま、メディアでは、ネットの書き込みにある危険な言葉をどうチェックするか、その体制をどう作ればいいか、に論議が集中している気がする。 しかし、ネットの言葉を 「監視」 しきれるものではないだろうし、それをすることで、事件が本当に防げるのか。 大事なことは、警察だのプロバイダーだの、といった誰かにそれを 「監視」 してもらうことを頼むのではなく、まず身近なところから、 内面を見せない青年に声をかけ、「連帯」 と 「共生」 の輪を広げていくしか、方法はないのではないだろうか。 「彼女がいれば、仕事を辞めることも携帯依存になることもなかった。希望がある奴にはわかるまい」 と思い、「本当の友達がほしい」 と思う中で、 「住所不定、無職になったのか」 と自嘲し、「出勤時間になると目が覚めてしまう」 異常な精神状態の中で、自分をどんどん追い詰めていったのではなかったか。 自分たちの若かったころを思い出してみよう。いつの世にも嫌なことはあったし、生活に疲れることもあった。 しかし、その時代、私たちの周辺にはいつも 「仲間」 がいたし、「先輩」 がいた。うるさい 「上司」 もいた。そういう環境があった。 いま、犯人の彼の周辺はどうだったのだろう? そう考えていくと、職場の労働組合や、青年運動の重要性を改めて考えられなければならないのではないか。 「彼も気の毒だ」 と書いたら、糾弾されるかもしれない。しかし、頭が良くて、環境が見えるだけに、自分で勝手に思いこみを膨らませ、 救いようのない凶行に走った青年を、本当にかわいそうだ、と私は思う。 ネットで、不特定多数であっても送ってきてくれるメールに 「ひとりではない」 と感じ、女店員と話して 「人と話すのはいい」 と思い返すが、 「中止はしない。したくない」 と、書かないでは居られなかった青年…。 もし、「おい、馬鹿なことを考えているのならやめろ! いつでも論争に応じてやるぜ!」 と誰かが書き込んでいたら…、と思う。 誰かが気づき 「お前、何考えてるんだ。僕だっておちこぼれ。でも、それにだって人生があるし、何とかなるよ。あおうか?」 とお節介を焼き、 「俺も一緒に行く」 と買い物にでも付き合っていたら…。 考えてみると、しんどいことだし、みんなにもそんなに余裕はない。 しかし、だからこそ、それが必要なのではないか。彼が書いている。「犯罪者予備軍って、日本にはたくさん居るような気がする」―。 彼を死刑にすればすむことではない。 2008.6.14 ◎「9条世界会議」−その意義とメディア 2008年5月、マスメディア概観 (2) 何年か経って、と考えてもいい。「2008年5月」 は、どういう時代、どういう時期として記憶されるのだろうか? 四川大地震が起き、自衛隊機が派遣できるかどうか話題になった月なのか、後期高齢者医療制度について廃止法案が提出されたときなのか、 アフリカ開発会議が開かれた月として記憶されるのか。 ▼記憶されるべきこと 私はいま、この時代に生きるひとりの日本人として、この2008年5月を、日本の歴史で初めて、「非戦」 「非武装」 をうたった日本国憲法第九条にちなんで、 「9条世界会議」 という大集会が、民衆の手で開かれ、主催者の予想を上回る成功を集めた5月、として記憶したい。 千葉・幕張で開かれた 「9条世界会議」 ( Global Article 9 Conference to Abolish War ) は、主催者側によれば、31カ国・地域から150人以上の外国代表が参加、 全国からの参加者は、2日間合わせ延べ2万2000人にのぼった。 初日の4日には、2月24日広島を出発した 「ピースウォーク」 も到着、7000人を予定した会場に、1万5000人が詰めかけた。 このため、入場できなかった人たちが続出、これらの人を対象に急遽、野外集会を開かなければならなかった。 この集会の中心になったのは、法律家による 「日本国際法律家協会」 や国際交流の船旅を企画・運営しているNGO組織 「ピースボート」。 この二つの団体を核にして、呼び掛け人と実行委員会が組織された。 アナン国連事務総長の呼びかけによる国際NGOネットワーク 「武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ」 (GPPAC)や、 国際民主法律家協会 ( IADL) が支援した。 会議では、1日目には全体集会が開かれ、ノーベル平和賞を受賞したマイレッド・マグワイアさん (アイルランド) や、 ハーグ平和会議を主催したコーラ・ワイズさん (アメリカ) などが話したほか、弁護士グループによる 「第9」 のコーラスや、加藤登紀子、 UAさんらによる音楽のアトラクションがあり盛り上がった。 2日目は、実行委員会主催のシンポジウムが6つ、特別フォーラム、パネル討論、ワークショップがそれぞれ2つずつ行われ、 各種団体による国際自主企画として、14の集会が開かれた。 このほか、映画やライブ、ミニステージなどの企画も盛り込まれたが、物販や宣伝のためのブースも、2日間にわたって設けられ、111団体が思い思いの宣伝をした。 違憲判決を勝ち取った名古屋のイラク訴訟グループは、いち早く 「判決全文」 を売り出した。 主催者側にも、どれだけの人が集まるのか、全体としてうまく行くのかについての確信は持てなかったのかもしれない。 しかし、「世界は9条を選び始めた」、「9条は日本だけの問題ではない」 という訴えは、日本中に共感を広げた。 若い女性たちを中心にした、キャンペーン・グループのボランティアは、大小さまざまな集会に出掛けて行って宣伝グッズを売り、「世界会議」 の意義を訴えた。 そして、その訴えを受け止める大きな中心になったのは、全国で7000団体を超えたとされる 「九条の会」 だったのではなかっただろうか。 多くの 「9条の会」 がこの 「世界会議」 に取り組んだ。仲間たちの訴えに呼応して、チケットも売れ、電車やバスを乗り継いで、 あるいは貸し切りバスで幕張に多くの人々が結集した。「9条はいまや、日本だけのものではない」 という訴えは、決して主催者たちだけのものではなくなったのだと思う。 集会は幕張に続いて、広島、大阪、仙台でも行われ、それぞれの地域で成功を収めている。 ▼報じられなかった「歴史的事件」 ところが、ここでまず考えたいのは、このような大きな企画が成功し、人々が集まっていたのに、 メディアの扱いがやはり小さく、そこからの広がりが感じられていないことである。 在京の一般紙では、朝日、毎日、日経、東京だけが報じ、NHKが極めて不十分ながら、ひとこと報じたが、読売、産経両紙には見当たらず、 民放各社のニュースにもなかったようだ。 「9条世界会議」 が4日開かれたことを報じた5日付朝刊の東京での扱いは、「朝日」 は2社面の下に2段格の扱いで、 会場に入りきれず屋外で集まった人たちの写真を掲げ、「9条の思い 会場あふれて 千葉・世界会議」 という見出しの横書き13字詰め23行だった。 「毎日」 も2社面で、右肩に細長い写真とともに、「『9条世界会議』 開会 マータイさんビデオ参加」 の記事が10字詰め40行。 「日経」 が2社面の下にベタで 「『人々に希望』 9条を評価 世界会議で平和活動家」 の11字詰め15行。 一般紙で最も大きな扱いは 「東京」 で、社会面右下に横見出しで 「『9条で命守られた』 9条世界会議 高遠さん語る 千葉で開幕」 と、 10字詰めで66行の3段の記事だった。 私はこの 「世界会議」 の実行委員会と国際自主企画にも加わっていたのだから、「公平な第三者」 とはいえない。 しかし、それを差し引いても、やはりこの集会についての新聞の扱いは、これで十分だった、とはいえないように思う。 「ジャーナリストとは、歴史のデッサンを描く仕事だ」 といったのは、確かワシントンポストの編集局長だったベン・ブラッドリーだったと記憶している。 新聞がニュースとして報じるための基準のひとつが 「歴史的視点」 だとすれば、今回の集会はまさに 「歴史的出来事」 ではなかったのだろうか。 わかりやすい 「ニュース・バリューの判断」 で考えてみよう。 第一に、「憲法九条」をテーマにした集会で、これほど大きな集会は、戦後日本の歴史になかったことではなかったのか。 第二に、この集会が決して十分ではなかったにせよ、国際会議として取り組まれ、それなりの国際的広がりをもって行われたこと。 これもいままでになかったことではないのか。 第三に、これまで憲法九条問題といえば、必ずと言っていいほど政党系列が指摘され、論じられてきた。 しかし、今回は、内部のさまざまな動きや思惑はあったに違いないが、こうした問題を乗り越えて会議が創り上げられ、そこに多くの人々が結集した。 「人が多く集まったらニュースだ」 「新しい出来事だったらニュースだ」 などと単純なことをいう気はない。 しかし、この集会の 「歴史的意義」 を捉えるなら、この扱いは、「民衆が主人公になっていく時代」 の大きな流れと、 そこでのエポックを捉え損なったメディアの判断ミスだと思う。もし、そうではなく、メディアに 「そんな運動は報道しない」 という癖がついてきてしまっているとしたら、 ジャーナリズムとしての責任放棄だと思えてならない。 つまり、「9条世界会議」 の 「成功」 は、これまでの 「9条についての国民意識」 が、さまざまな運動と社会情勢の中で、静かに変化し、 広がっていることの表れだったのではないかと考えるからだ。 これまで 「憲法9条の問題」 といえば、守るか、変えるか、変えて日本を世界にある多くの 「普通の国」 にするのか、自衛隊の存在をどう考えるか、 といった文脈で論じられてきた。 しかし、広がった 「九条運動」、あるいは 「九条の会運動」 と、その間の情勢によって、憲法9条はそんなふうに抽象的に論ずるものではなく、 戦争の危険を避けるために具体的に活用するものであり、「非武装」 という思想は、世界の人々が生きていく上で、重要なものだ、という考え方が広がった。 政府解釈を採用しながら 「自衛隊のイラク派遣は違憲だ」 とした名古屋高裁判決が、そうした理解を助け、力づけたことも記憶しておかなければならないだろう。 9条世界会議に集まった人々、そしてその背後で、幕張に仲間を送り出した多くの人々のそうした 「思い」 「意識」 こそ重要だ。 こうした流れをメディアが捉え切れていないとすれば、それは 「ジャーナリズムの危機」 以外の何ものでもない。 ただ、5日付紙面だけを取り上げて、これを問題にするのはやや性急かもしれない。「朝日」 はその後、 9日付で 「『非暴力こそ人々守れる』 9条に海外からエール 幕張・世界会議」 との記事を載せ、10日夕刊では 「窓 論説委員から」 のコラムで、 国分高史記者が3日前の改憲派議員の集会と比較して 「『9条』 の集客力」 と題して、次のように書いているからである。 「安倍さんの力みように比べ、幕張に集まった人たちの言葉や振る舞いは、とてもしなやかだった」 「憲法9条は、 ふだん国会で取材をしている政治記者の想像以上に広く、深く、若者たちの間に根を張っているのではないか。世界会議の盛況を見て、こんな思いを強くした」−。 論説委員を務めるベテラン記者のこのことばは、「永田町」 では捉えられない 「歴史の胎動」 を 「足」 を運んで現場で得た 「実感」 だったのではなかっただろうか。 この感覚が、なぜもっと早く、全体のものにならなかったのか、残念だ。 ▼高まるメディアへの関心 もう一つ記憶しておきたいのは、一般の人たちのメディアへの関心の高さだった。 「メディアは一体どうなっているのか」−それは、この数年間、「改憲論」 が改めて大きな問題として浮上して以来、多くの人々から投げ掛けられてきた問いかけだった。 「九条の会」 が生まれた時も、メディアは大きく取り上げることなく、「憲法」 はまるでタブーであるかのように、意識的にか無意識的にか、小さく扱われた。 今回の 「世界会議」 で、私は 「マスコミ九条の会」 「日本ジャーナリスト会議」 のメンバーとして、 「韓国記者協会」 と共催した、国際自主企画 「憲法九条とメディア」 に関わった。 そこでも痛感したのは、憲法問題の深化につれて、多くの人々の間でメディアへの疑問が不信となって深まっているのかもしれない、ということだった。 このシンポジウムで、パネリストを務めた桂敬一・元東大教授からは 「ことしの憲法記念日、メディアも変化してきている」 という報告があり、 韓国記者協会の金成春・元会長からは 「日本は憲法九条にもっと確信を持つべきだ」 という提言、 朝日新聞の伊藤千尋記者からも世界各地での九条が積極的な意味を持って受け止められていることが報告され、好評だった。 同様に、別の国際自主企画 「草の根メディア」 による、外国メディアの在日特派員を集めたシンポジウム 「世界の中の憲法九条」 も多くの聴衆を集めた、という。 メディアの問題についての関心が、高まっていること、メディアに対する期待が大きいことを、改めて考えなければならないと思う。 このシンポジウムについては、その記録を、何らかの形で公開できないか、主催者側で検討している。 2008.6.9 ◎目立つ「憲法を見る目」の広がり−憲法記念日の社説 2008年5月、マスメディア概観 (1) 2008年5月3日、憲法記念日は、いつものように護憲・改憲両派の講演会があったり、全国でさまざまな行事が行われた。 しかし、明確だったことは、「私の政権で憲法改正を」 と叫ぶ安倍内閣のもとで、国民投票法が強行されていく事態を見詰めていた昨年のこの時期と違って、 改憲論議はやや落ち着きを見せたことだ。4月はじめの読売新聞の調査で、内容抜きの抽象的な言葉でしかないにしても、「改憲賛成」 42.5%、 「改憲反対」 43.1%と、15年ぶりに、改憲反対論が賛成論を上回ったことも、その雰囲気を示していた。 こうした状況を反映して、ことしの各紙の社説は、「防衛・平和」 についての問題提起だけではなく、「生存権」 や 「表現の自由」 について語られたものが多かった。 「9条以外も考えてみよう」−当たり前のことだが、山陽新聞の社説のタイトルはそう書いて、「日本の将来を幅広い視点で考えてみたい」 と提起した。 ▼憲法は9条だけではない 在京各紙は、例によって、朝日、毎日、東京と、「改憲派」 の読売、日経、産経がくっきり違いを見せている。 まず、「日本国憲法―現実を変える手段として」 とする朝日新聞は、「憲法は国民の権利を定めた基本法だ。その重みをいま一度かみしめたい。 人々の暮らしをどう守るのか。みなが縮こまらない社会にするにはどうしたらいいか。現実と憲法の溝の深さにたじろいではいけない。 憲法は現実を改革し、すみよい社会をつくる手段なのだ。その視点があってこそ、本物の憲法論議が生まれる」と書いた。「憲法の活用」 である。 毎日新聞も、「『ことなかれ』 に決別を」 の見出しで、日教組の集会を断ったホテルや映画 「靖国」 の問題に触れ、「『面倒を避けたい』 と思うのは人情だ。 しかし、このとめどもない 『ことなかれ』 の連鎖はどうしたことか」 と指摘。「ダイナミックにとらえ直された 『生存権』。 その視点から現状を見れば、違憲状態が疑われることばかりではないか」 「憲法で保障された国民の権利は、沈黙では守れない。 暮らしの劣化は生存権の侵害が進んでいるということだ。憲法記念日に当たって、読者とともに政治に行動を迫っていく決意を新たにしたい」 と述べた。 東京新聞は 「なぜ? を大切に」 と題して、「日本国憲法の規範としての力が弱まっています。現実を前に思考停止に陥ることなく、六十年前、 廃墟の中で先人が掲げた高い志を再確認しましょう」 と訴え、「忘れられた公平、平等」 「黙殺された違憲判決」 を問題にし、 「国民には 『自由と権利を不断の努力で保持する』 責任 (第十二条)、いわば砦を守る責任があります」 「その責任を果たすために、 一人ひとりが憲法と現実との関係に厳しく目を光らせ、『なぜ?』 と問い続けたいものです」 と主張した。 地方各紙の見出しも、次のように多彩だった。 「平和に生きる権利 今こそ」 (北海道)、「自由に物が言えますか』 (新潟)、「根付かせよう表現の自由」 (茨城)、 「人権擁護し理想の追求を」 (神奈川)、「暮らしの中から論議を起こそう」 (神戸) などと目白押しで、 信濃毎日の3つの連載社説はそれぞれ 「九条は暮らしも支える」 「生存権を確かにしたい」 「表現の自由の曲がり角」 だったし、 西日本は 「国民が 『命』 を吹き込む大切さ」 「『生存権』 が尊重される社会に」、また、沖縄タイムスは 「9条を 『国際公共財』 に」 「貧困と格差が尊厳奪う」 だった。 ▼目立つ「生存権」と「表現の自由」 そしてまず、目立ったのが生存権の問題だ。 生存権の問題では、憲法25条、「格差」 の拡大から 「ワーキング・プア」、「貧困」 に触れた問題が目立った。具体的な指摘もある。 「『最後のセーフティーネット』 であるはずの生活保護の切り下げが進む。申請窓口での選別が厳しくなり、『母子加算』 『老齢加算』 が縮減・廃止された。 老齢加算の廃止については70歳以上の受給者が憲法違反と主張して、 青森、秋田など各地の地裁に提訴して争っている」 「生活保護よりさらに低い水準に設定されているのが最低賃金制度。東北は各県とも全国平均を下回る。 その最低賃金に合わせるようにして、国は生活保護基準の引き下げを決めた」 (河北)。 「憲法の理念とはかけ離れた社会問題もクローズアップされている。自殺者数が年間三万人を超え、子どもの虐待事件が頻発している。 若者を中心とした非正規雇用の拡大は将来にわたり格差を生み続ける不安の種であり、ワーキングプア (働く貧困層) の増加は、 『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の−』 と生存権を定めた二五条の精神には程遠い」 (北日本)。 「行きすぎた市場主義、能力主義が 『富めるものはますますとみ、貧しいものはなかなか浮かび上がれない社会」 (東京) が問題にされている。 こうした問題の指摘は各紙にあった。 もう一つ目立つのが、「表現の自由」の問題でである。 日教組の教研集会を断わり、裁判所の決定にも従わなかった 「プリンスホテル問題」 や映画 「靖国」 の上映中止をめぐる問題に言及がされている。 「焦土から復興に立ち上がった先達の努力によって、現在の日本は自由な民主主義諸国の一角を占めるに至った。先輩たちへの感謝を忘れてはなるまい。 ところが、最近、この成果を土台から腐食させるような問題が続いている」 と書き出した神奈川は、そのトップに 「表現の自由、集会の自由の危機」 をあげた。 「一部の映画館、ホテルが右翼団体の街頭宣伝活動などに萎縮した結果、自由が封じられた。 嫌がらせや不法行為には警察を含めて行政、社会が毅然とした態度を取るべきだ。ところが 『靖国』 の例では、 騒ぎの発端をつくったのは与党の国会議員だった」 「そこで思い出されるのが、反戦ビラ配布が狙い撃ち同然に検挙された立川反戦ビラ事件だ。 政府に批判的な表現を抑圧し、萎縮させるような権力の動きがあった」 「もし萎縮の連鎖や権力の暴走が続くようなら、 日本は戦前のような 『物言えぬ社会』 『専制と隷従、圧迫と偏狭』 の社会に戻ってしまうだろう。 国民一人一人が、表現の自由を守り抜く決意を持たなければならない」 と強調した。 「自由にものが言えますか」 と題した新潟は 「職場や学校で不当な扱いを受けても声を上げない。おかしなことを見聞きしても 『かかわりたくない』 と口をつぐむ。 その膨大な積み重ねが 『自主規制社会』 を招いたのではないか」と問題を投げかけた。 「いまこそ憲法理念に思いを」 という見出しの岐阜新聞は 「社会が萎縮すれば人権と民主主義は危うくなる。 公正で開かれた自由な社会を守り発展させるため、むしろ今こそ冷静に憲法を議論すべきではないか。 1年後に迫った裁判員制度を円滑にスタートさせるためにも、憲法の理念に思いを巡らせたい」 と述べている。 ▼「冷静な論議」を呼びかけ 改憲論の読売、日経、産経は、改憲論の読売が 「議論を休止してはならない」、日経が 「憲法改正で二院制を抜本的に見直そう」 と題して、 参院選で民主党が多数を取ったことで起きた 「ねじれ」 を問題にし、「九条」 「安保」 を避けて、「二院制の見直し」 を主張した。 ここでは唯一、産経が、4月に日本の大型タンカーが海賊に襲われた事件を上げて、「不当な暴力座視するな 海賊抑止の国際連帯参加を」 と、 「海賊も撃退できない憲法解釈がいかにおかしなものか」 と主張しているのが目立った。 それにしても、あれだけの議論のあとだ、改憲論が叫ばれた昨年の違いに思いをいたす社は多い。 いくつかの社が、「いまこそ冷静な論議必要」 (秋田)、「冷静に論議すべきとき」 (福井)、 「じっくり論議深めたい」 (中国)といった主張が出ていることも見逃すわけにはいかないだろう。 秋田魁は 「熱しやすく冷めやすいとでも表現すればいいのだろうか。憲法を改正するかどうかは最重要課題であり、賛成にしろ反対にしろ、 論議を歓迎すべきなのは民主主義の基本である」 「その意味で熱っぽさが収まった今こそ、冷静に議論すべき時であり、 賛成派も反対派もお互いの主張に耳を傾けることができるのではないか」 という。 福井新聞も 「社会が萎縮していけば、人権や民主主義は危うくなっていく。公正で自由な社会を守り発展させるには、今こそ冷静に憲法を議論すべきなのだろう。 変えるべきは変える、守るべきは守る。『イエス、ノー』 をはっきり意思表示することだ。国民1人1人が自分のこととして考えたい。 拙速であってはならないが、早ければ2年後に改憲は可能という期限が切られている」 と主張した。 そして、「平和主義を守り育てよう」 という徳島新聞も 「変えてはならないものがある。憲法の基本原則である国民主権、 平和主義、基本的人権の尊重だ」 「いずれも長い時間をかけて到達した普遍的な理念であり、価値である。 どんなに時代が変わろうとも、これを守り、より発展させていかなければならない」 と書いた。 愛媛新聞も 「ある意味で、憲法について冷静な論議ができる時間が与えられたことになる。熱に浮かされたような改憲論議ではなく、 地に足の着いた幅広い論議が今こそ求められよう」 と主張した。 だが、それならそれで、名古屋高裁のイラク派遣違憲判決は尊重されなければならない。愛媛新聞は続けて書く。 「気になるのは、憲法の空洞化といえる現象がますます目立つことだ。 例えば、名古屋高裁は航空自衛隊のバグダッドへの空輸活動を 『他国の武力行使と一体化し憲法九条に違反する』 と明快に認定。 この判決が確定した。にもかかわらず、政府は派遣を続けている。憲法をないがしろにするゆゆしき事態だ」―。 また、デーリー東北もこの問題を取り上げた。 「このところ憲法に絡む深刻な問題が相次いでいる。悲惨な歴史を背負う重い憲法を軽視する風潮が広がっているようにみえる。 憂慮せざるを得ない」 「名古屋高裁は四月、航空自衛隊がイラク・バグダッドに行っている空輸活動は憲法九条に違反すると判断した。 だが、防衛省の航空幕僚長は、この違憲判決について 『現場で活動中の隊員の心境を代弁すれば “そんなの関係ねえ” という状況だ』 と発言した。 お笑いタレントの言葉を使い、司法判断をからかった」。 北海道新聞が言っている。 「イラクの惨状は、武力で平和はつくれないという当たり前のことを見せつけた。軍事力に頼らず平和を目指そうとの流れが世界で生まれつつある。 平和憲法を持つ日本がその先頭に立ってもいいのではないか」―。 その原点は譲れない。そうした国民意識の流れを定着させること。それがメディアの責任だと思う。 × × あっという間に5月が過ぎて、とうとうこの欄のための原稿は5月中には1本も書けなかった。 「9条世界会議」 で、国際自主企画 「憲法9条とメディア」 に関わりすっかり疲れてしまった、身辺の雑事に追われ、気付きながらまとめる時間が取れなかった、 などは単なる言い訳。良くも悪くも一切の 「強制」 がない本欄執筆が後回しになった。 しかし 「連載」 と銘打って始め、少なくとも読んでくれる読者がいる以上、こんなことは許されるはずはない。 とりあえず、空白になった5月の「マスメディア」を、順次概観し、論ずることから責任の一端を果たしたい。 2008.6.3 ◎なぜ、「原告敗訴」「裁判長退官」なのか イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(下) それにしても、イラクの実態を審理し、政府の9条解釈と法律を点検した判決が、「伊達、福島判決以来の九条判断」 といわれたが、 原告をほんの一部でも勝たせるのではなく、全面的に請求を退けて国に控訴させないようにしてしか、 憲法違反の判断を示すことができなくなっている 「憲法のいま」 を考えざるを得ない。 そして、その判決がこんなに無視され、ないがしろにされて平気な政治状況…。これで 「日本は立憲主義国家」 だ、と言えるのだろうか。 ▼「違憲」判断の「難しさ」 伊達秋雄裁判長も福島重雄裁判長も、その時代、違憲判断とともに、原告を勝たせることで 「勇気」 を示した。しかし、いまはどうも事情が違っている。 「良心」 に基づいて独立して判断するはずの裁判官だ。まっすぐ考えれば、こうならざるを得なかったのだ、と信じたいし、 そう受け取らなければならないのだが、「傍論批判」 の一方には、今回も、岩手靖国訴訟、福岡靖国訴訟などと同様、 裁判官が違憲の判断を残すためには、結論は請求を棄却しなければならなかったのではないか、という推測が付いて離れない。 しかも、退官の直前の判決である。判決については 「勇気ある判決」 だったという評価の一方で、そうした判決のあり方を批判する声も後を絶たない。 今回の判決は、 @ 「自衛のため必要最小限の武力行使は許され」、 A 自衛隊の海外での行動も、輸送や補給などの協力は、 他国による武力行使と一体とならないものは許されている、とする政府の九条解釈を基に、 B その法律に基づいて作られた特措法では、 武力による威嚇または武力の行使ではなく、戦闘行為が行われることがない地域で活動することになっているが、 C 「認定できる事実」 によると、 「多国籍軍の活動は単なる治安活動の域を越え」、イラクはいまも 「国際的な武力紛争」 が行われており、 D 安全確保支援活動を名目とした空自の活動も 「現代戦では輸送なども戦闘行為の重要な要素」 で、 「多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援」 となっており、 E 「少なくとも多国籍軍の武装兵員を、 戦闘地域のバグダッドへ空輸するもの」 は 「他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」 −という論理構成になっている。つまり、現在のイラクと空自の活動の事実認定を詳細にした上での判決である。 従って、例えば、自衛官自身が訴えていたら、「平和的生存権」 から賠償を認めることが可能だったかもしれない、ともいえるのだが、 それにしても、最高裁に行けばまず無理だろう、というのはかなり常識的な判断になってしまっている。 朝日の社説の最後に、次のような一節がある。 「日本の裁判所は憲法判断を避ける傾向が強く、行政追認との批判がある。それだけにこの判決に新鮮な驚きを感じた人も少なくあるまい。 本来、政府や国会をチェックするのは裁判所の仕事だ。 その役割を果たそうとした高裁判決が国民の驚きを呼ぶという現実を、憲法の番人であるはずの最高裁は重く受け止めるべきだ」 ―。 私の理解によれば、朝日は 「この判決も、もし原告を勝たせてしまえば、政府側が最高裁に上告し、最高裁では違憲判決は出なかった可能性が強い。 最高裁がいま、結局、政府の行為を司法的に追認するだけの機関になってしまっている状況は、それでいいのか、反省しなければならないのではないか」 と、 言いたかったのではないかと思う。 本当にこんな状況でいいのだろうか? 司法が三権分立の一権力として、十分な機能を発揮していないことが、政治家が憲法をバカにし、 自衛隊幹部に、司法判断を 「そんなの関係ねえ」 と言わせてしまう原因の一つにもなっているように思えるのだが、どうだろうか。 そして、その司法の機能を果たさせるために、憲法学や公法学、政治学に責任はないのか、と思うのは、私だけではないだろう。 ▼憲法解釈と歴史的責任 今回の判決は、前述したように、基本的に 「自衛隊の海外活動に関する憲法9条の政府解釈は、自衛のため必要最小限の武力行使は許されるとし、 武力の行使とは、わが国の物的 ・ 人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為をいうことを前提としている」 と、政府の解釈をそのまま使った。 これは、裁判所自身がそう解釈しているということではないようだし、政府解釈に乗ることで、それを 「歯止め」 にしようと考えるのはひとつの選択であり、 「それにもかかわらず、実態は違憲だ」 という言い方には説得力があり、日本を戦争の道に引き入れさせないための最も現実的な方策だと思う。 しかし、憲法九条の解釈がそれでいいかどうか、という点では、やはり違和感を感じる人が多いことも事実だろう。 「自衛隊違憲論」 がその一つだし、逆に 「自衛隊はこのままでは違憲だから、改憲が必要だ」 という論拠は、 肥大化する自衛隊の状況を何とか合憲化したいという改憲論の論拠のひとつにもなっている。 そして、内閣法制局が、自衛隊の現状と憲法の矛盾を埋めるために、「専守防衛」 や 「集団的自衛権の否定」 で論理を構成し、 それがいまの憲法9条を支えていることも事実だろう。 私自身、憲法学的な理論展開と、政治学的な論理とをどう噛み合わせていくべきかについて、そんなに確信があるわけではない。 しかし、学問というものが、常に 「時代」 と切り結んで、新たな真理と人類の未来に向けての展望を示すものだとするならば、 かつてなく悲惨な戦争を経験し、地球を全滅させかねない兵器を手にした人類が、再び戦争をしないと誓って、戦争違法化への道に歩み出し、 その成果として生まれた日本国憲法9条を、定着させ、力にしていくための理論構成と実践は、むしろこの時代に生きるわれわれの任務であり、責任と言うべきだろう。 いまの自衛隊は、政府が言う 「必要最小限の戦力」 からいっても、限りなく違憲に近い状況だ、と私は思う。 政治的には、地雷だのクラスター爆弾はもちろん、攻撃的兵器を順次廃棄し、名実ともに憲法9条を持つ国の実力部隊にする程度まで縮小すべきだと思う。 そうした中でこそ、現在の政府解釈も、国民の多くの支持を得るだろうし、アジアをはじめ世界の人々の共感を得て、日本が評価され、理解されるのだと思う。 18世紀の終わりに 「永遠平和のために」 で 「常備軍はときとともに全廃させなければならない」 と書いたイマニュエル・カントや、 1927年のパリ不戦条約を持ち出すまでもなく、また、1999年のハーグ世界平和市民会議や、 最近の GPPAC (Global Partnership for the Prevention of Armed Conflict =武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ) の決議を持ち出すまでもなく、 憲法9条の国際的実現は、いまの時代に生きるわれわれの課題であり、次代への責任である。 5月4日、5日の 「9条世界会議」 もそんな自覚の上に立って開かれるはずである。 裁判官は歴史に残る判決をひとつぐらい書きたいと考えているものだ、と聞いたことがある。 しかし、その機会は求めて得られるものではないし、今回も選んでそうしたわけはなかろう。新聞記者も同じで、大きな舞台でいい仕事をしたいと考える。 しかし、どこでどんな事件にぶつかるかわからないし、逆に、重要な事件にぶつかっていながら見過ごしたり、手が回らなかったりして終わってしまう場合も少なくない。 今回の判決は、「確定」 を導いたことで、裁判長本人に対する誹謗、中傷に近い批判が聞かれる。 読売、産経だけでなく、北國新聞も 「イラク派遣差し止めや慰謝料請求など原告の訴えを退け、控訴を棄却しながら、 あえて憲法判断に踏み込む必要があったのかどうか」 「バグダッドへの輸送活動は、憲法と特措法上のいわば 『グレーゾーン』 にあって、 それを実行するかどうかは最高度の政治判断にゆだねるほかない」 などと言っている。 しかし、果たしてそういう問題なのだろうか? 退官しても 「裁判官は弁明せず」 かもしれない。しかし、青山裁判官は、歴史の中に生きる法律家として何を考えたか、 そのことと、政府解釈の採用とどう関わりがあったのか。私は、裁判長の胸の内をいつかじっくり聞いてみたい気がしている。 (了) 2008.4.29 ◎判決の「重み」から、「見直し」「撤退」へ イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(中) 「傍論だからそのままでいい」 とする政府の主張が罷り通り、中央のメディアがそれこそ 「暴論」 を広げる中で、地方紙が健全な主張をしているのは、今回も同様だ。 全国の県紙レベルの全紙をチェックすることはできなかったが、ネットで調べた限り、全国の新聞の論調は、北國新聞を例外として、 「この判決を真面目に受け止め、対応していくべきだ」 と、至極当たり前の主張から、「論議」 を呼び掛け、「撤退」 に傾いている。 北國新聞だけが 「『違憲』 判断には違和感」 として、判決批判をし、「イラク派遣は政治の決定において実施されており、 今回の司法判断をもってイラクでの活動がすべて違憲のごとく叫ぶのは的はずれ」 と述べている。 ▼重く、真面目に受け止めよ −論点その1 「この重み受け止めなくては」 と題した河北新報は 「司法のメッセージの重みを、はぐらかすことなく、きちんと受け止めて、今後の道筋を考えたい」 と述べたし、 「重く受け止めたい司法判断」 とする熊本日日新聞は 「違憲判断は判決そのものではないとはいえ、政府は重く受け止めるべきだ。 原則をあいまいにしたまま、既成事実だけを積み上げるべきではない」、 「明快な違憲の判断だ」 と評価した高知新聞も 「高裁レベルであっても 『違憲確定』 の影響は大きい」 と指摘している。ごく普通に考えて常識的な議論だろう。 そしてこのことは、まず政府にきちんとした説明を求め、「イラク派遣の再検討」 を求める論調になる。 「政府は活動の法的根拠示せ」 と題した宮崎日日新聞は 「政府は判決に対して 『納得できない。自衛隊活動は継続する』 との見解を示している。 しかし、そうであるなら自衛隊活動に関する情報公開を進め、法的根拠をあらためて国民にしっかりと説明するべきだ」 と述べたし、 南日本新聞も 「高裁の判断基準に照らして空自派遣の根拠をしっかりと説明すべきである。もはや詭弁 (きべん) は通用しない」 と主張した。 また、ここでは、自衛隊の活動が秘密主義に覆われていて、全体像が見えないことへの批判が強い。 西日本新聞は 「自衛隊が現地でどのような活動をしているのか、よく分からないという点だ。政府は 『作戦上、支障がある』 『隊員の安全のため』 などとして、 詳しい情報を開示しようとしない」 と指摘、「戦争の 『大義』 が崩れた以上、開戦を支持した当時の政府の判断を検証すべきだ。 その上で、派遣継続の是非を論議するのが筋ではないか」 と述べている。 また、茨城新聞は 「自衛隊派遣恒久法の早期成立を目指す前に、特措法に基づく自衛隊の一連の活動を検証し、その全体像を国民の前に明らかにすべきだ」 と主張。 「イラク派遣をめぐる裁判で初めての違憲判断であり、極めて重い意味を持つ」 とする神戸新聞も、「『違憲』 とされた実情について国民にきちんと説明できなければ、 空自は撤収するしかない」 と主張した。 「イラクでの航空、陸上自衛隊の活動だけでなく、新旧テロ対策特別措置法に基づくインド洋での海上自衛隊の給油活動など不透明な部分が多い。 政府は恒久法制定を急ぐ前に、一連の活動を検証して、全体像を明らかにすべきである」 (南日本) というのはもっともだろう。 さらに、通信社の資料の指摘に基づくのかもしれないが、「『あいまいさ』 の克服が必要」 と題した福島民友新聞、 「国民に活動の全体像示せ」 とした岐阜新聞が共通して、「3自衛隊による一連の海外活動について (1) 武力行使との一体化 (2) 戦闘地域か非戦闘地域か (3) 国際的な戦闘か否か─―など判決に示された判断基準に沿って説得力のある説明が必要」 と主張している。 ▼「見直し」から「撤退」論議へ −論点2 朝日が 「判決を踏まえ、野党は撤収に向けてすぐにも真剣な論議を」 と書き、東京は 「撤退も視野に入れた検討」 を主張したことは既に述べたが、 判決を機に再検討を求める声も大きい。 「違憲判決機に問い直しを」 と題した東奥日報は、「自衛隊の活動が海外に広がり続けているあり方や、 開戦から六年目の今も出口が見えないイラク戦争を問い直すことだ」 「判決を手がかりに、そうした流れでいいか、と立ち止まって考えてはどうか」 と述べたし、 岩手日報は、小笠原裕の署名入り 「論説」 で、「海外派遣を問い直す時」 とし、 「今回の判決で言及のなかった陸自と海自を含めて特措法に基づく自衛隊の一連の活動を検証し全体像を国民の前に明らかにする必要がある。 その上で日本の国際貢献の在り方や集団的自衛権問題を含めて海外派遣を問い直し、国民の判断を仰ぐべきだ」 との主張を展開した。 前述のように、「自衛隊の海外 『派兵』 への歯止め」 と受け止める中日・東京は、「名古屋高裁が示した司法判断は、空自の早期撤退を促すもの」 とし、 「高裁が違憲とした以上、空自の輸送活動をこのまま継続することは難しく、撤退も視野に入れた検討が必要ではないか」 と述べた。 琉球新報も 「撤退を迫る画期的な判断」 と指摘している。 「まだ派遣を継続するのか」 と題した北海道新聞も 「ここはいったん空自を撤退させ、自衛隊の海外活動のあり方を根本から論議し直すべきだ」 としたし、 新潟日報は 「高裁判断を無視するのか」 と題して、「憲法は国の根幹を支える大原則だ。空自活動が違憲と判断されたからには、イラクからの撤退が筋である」、 信濃毎日新聞は 「政府は重く受け止め、イラクからの撤収に向けた準備を急がなければならない」、 山陽新聞も 「イラク派遣を合憲だとしてきた政府の論拠をことごとく否定する内容である。判決を受け政府は、空輸活動継続を表明したが、引き延ばせば危険がつきまとう。 十分な情報開示も行われておらず、空自の引き揚げを検討すべき時ではないか」 と指摘、「今後も日本の国際社会で担う役割は、 非軍事を重視した平和貢献であるべきだ」 と主張した。 そして神奈川新聞は 「空自部隊は直ちに撤収を」 の見出しで 「平和憲法を持つ日本が、侵略戦争に加担することなどは許せない。 まして、自衛隊を海外派兵してそれを支援することなどは論外ではないか。自衛隊派遣違憲訴訟は、そのような素朴な国民感情から全国各地で起こされた。 この訴訟と判決は、そうした国民の声の正当性と平和憲法の意義を国内のみならず世界にも示している。 憲法を生かすのは、国民の努力にあることをあらためて強調したい」 と世論喚起をも促した。 見出しに 「派遣の正当性が揺らいでいる」 とした愛媛新聞は、「政府などからは活動継続の声が相次いでいる。だがそんな司法軽視が許されるのか。 ここで立ち止まり、撤退の選択肢を含めて国際貢献のありようを問い直すことこそ責務のはず」 と論を進めている。 「政府はバグダッド空港だけを非戦闘地域とする論法で活動を正当化してきた。ただ防衛相が離着陸に危険が伴うと認めるなど、主張には無理があった。 現に三年前には英空軍の輸送機が離陸後に撃墜されている」 「補給の重要性も現代戦では常識といえる。 陸自と比べ、より違憲の疑いが濃いという指摘もあった空自は飛行範囲を拡大したほか、任務を復興支援から多国籍軍や国連の人員、物資の輸送へと変質させてきた。 こうしたなし崩しの既成事実化の法的根拠がいかにもろいものか、判決は警告している」 「イラク派遣に踏み切った当時の小泉純一郎首相の国会答弁も思い出したい。 『自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ』 といった開き直りが真剣な論議を弛緩 (しかん) させた。政府にはツケが回ってきた形だろう」 と、論調は厳しい。 ▼重要な「平和的生存権」 −論点3 もう一つ指摘しておかなければならないのは、判決が 「平和的生存権」 について踏み込んだ言及をしていることを各紙が評価している点だ。 河北新報は 「高裁判決でもう1つぜひ注目したいのは、『平和的生存権』 の位置付けである。『平和的生存権はすべての基本的人権の基礎にある。 単に憲法の基本的精神や理念を表明したにとどまらず、憲法上の法的な権利として認められるべきだ』 『その保護・救済を求め、 裁判所に違憲行為の差し止めなど法的強制措置の発動を請求できる場合がある』。 政府に向けてのみならず、司法もまた憲法判断にかかわる自らの役割をきちんと認識し直そうとする宣言と受け止めよう」 と述べた。 また、北海道新聞も 「判決が示した重要な判断がある。平和的生存権を 『憲法上の法的権利』 と認めたことだ。 自衛隊のイラク派遣によってこの権利が侵害されたとはいえないとしながらも、『基本的人権は平和の基盤なしには存立し得ない』 と明言した。 平和は何にもまして大切だという指摘だ。近年、この当たり前のことが置き去りにされてきた。 政府・与党のみならず、すべての国民が、じっくりとかみしめてみる必要のある判決だ」と評価した。 愛媛新聞はこうした判断を前提に、「憲法前文の 『平和的生存権』 を法的に保護される具体的権利と認めた点でも画期的だ。 判決はその権利侵害があったかどうかを判断する前提として、まず空自の活動の違憲性を検討したのであって、 違憲判断を 『結論に関係ない傍論』 と切り捨てる政府の姿勢は疑問だ」 と批判している。 つづく 2008.4.28 ◎「傍論」批判、判決無視でいいのか イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(上) 自衛隊のイラク派遣の差し止めなどを求めた訴訟で、名古屋高裁・青山邦夫裁判長は、17日、イラクでの航空自衛隊の行動について、 「憲法9条1項に違反する内容を含んでいる」 と、9条をめぐる裁判所の判断では砂川事件の伊達判決、 長沼事件の福島判決以来になる実質的な違憲判決を下した。 原告は、違憲の確認や派遣の差し止め、さらに平和的生存権に基づく損害賠償などを求めていたが、これらの請求はいずれも棄却、 国側勝訴としたため、国が控訴することはできず、原告が控訴しないとしているため、確定することになった。 そして、平和的生存権について、「平和的生存権はすべての基本的人権の基礎にあり、単に憲法の基本的精神や理念を表明したにとどまらず、 憲法上の法的な権利として認められる」 と述べたり、イラクの現実について、「イラク、特にバグダッドは国際的な武力紛争が行われており、 特措法にいう 『戦闘地域』 に該当する」 とし、「現在イラクにおいて行われている空自の空輸活動は、政府と同じ憲法解釈に立ち、 イラク特措法を合憲とした場合であっても、武力行使を禁止したイラク特措法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、 かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる」 と判断しており、重要な内容をはらんでいる。 これに対し、政府はこの判決を全く無視し、中央のメディアはそれに対し及び腰だったことが目立っている。 しかし、地方紙の新聞論調を細かく当たってみると、「この判決を真摯に受け止め、論議を始めよ」 「それを押して活動を継続するなら十分な説明がまず必要だ」 「司法判断は思い。直ちに撤退するべきだ」 とまっとうに受け止めてることがわかる。順次見ていくことにしよう。 ▼「判決無視」の政府、在京メディアも批判に及び腰 まず、政府の姿勢だが、判決を受けて福田首相はすぐ、「違憲判断」 について 「傍論でしょ? 脇の判断…」 と述べ、 「判決は国が勝った」 として自衛隊の行動についても 「特別どうこうすることはない」 と切り捨てた。 町村官房長官は 「傍論を認めるものではない」 と、判決に不服を表明した。 改めて中学の社会科のおさらいをするつもりはないが、三権分立の日本社会で、裁判所は違憲判断をすることができ、 その判断は立法や行政に対するチェックの役割を果たすものだ。 その意味で、9条の政府解釈から説き起こし、イラク特措法についてもそれを認めた上で、自衛隊が実施している行動について判断した名古屋高裁の判決は、 まさに真摯に受け止めなければならないものだ。この点から言って、違憲判断を 「傍論でしょ? 脇の論…」 という福田首相の人を馬鹿にしたような姿勢は、 内容以前に、まずその点において責められるべきであり、第一、教育上よろしくない。 18日付の新聞各社の社説は、朝日新聞はさすがに 「判決を踏まえ、野党は撤収に向けてすぐにも真剣な論議を始めるべきだ」 と書き、 東京新聞も 「撤退も視野に入れた検討が必要ではないか」 と書いたが、毎日新聞は 「活動地域が非戦闘地域であると主張するなら、 その根拠を国民に丁寧に説明する責務がある」 「輸送の具体的な内容についても国民に明らかにすべきである」 としか言わなかった。 判決を一切無視する政府の姿勢を批判する主張は、少なくとも在京紙のこの日の社説には見られなかった。 19日になると、判決を受けて防衛省の田母神俊雄航空幕僚長の 「私が心境を代弁すれば大多数は 『そんなの関係ねえ』 という状況だ」 という発言が報道された。 判決が現地で活動する隊員に与える影響を問われて答えたものだが、「司法判断をやゆしたと取られかねない発言に批判が出そう」 (産経新聞) と書きながら、 その発言を問題にする論評はない。さすがにこれについては、原告団が抗議するなど問題になった。 石破防衛相も22日午前の参院外交防衛委員会で、民主党議員の 「責任ある立場の人間の発言としていかがか」 という質問に、 「大変人気ある芸能人の発言 (決まり文句) を引用して述べたことが適切だったかどうか、やや違和感を持つ」 と述べながら、 「現場の隊員に迷いが出るとすれば、政府の立場に変わりはないということを述べたものだ。 気持ちを引き締める心情においては理解できる」 と答えたとのことで、憲法判断がこうも蔑ろにされていることをどう考えるか、重要だと思う。 ▼「傍論批判」露骨な読売、産経 その中で結局目立つのは、この判決が、国を勝たせる中で議論を展開したことへの露骨な批判だ。 読売新聞は社説で 「兵輸送は武力行使ではない」 との見出しで 「自衛隊の活動などに対する事実誤認や法解釈の誤りがある。 極めて問題の多い判決文だ」 と主張する一方で、「傍論で違憲 問題判決」 と1面で書いた。 日経新聞は 「違憲判断を機に集団的自衛権論議を」 として、「集団的自衛権を巡る政府の憲法解釈の無理を浮かび上がらせたものとして注目したい」 と述べ、 自衛隊は 「戦闘活動には参加すべきでないが、後方支援には幅広く参加すべきであると考えてきた」 立場から、 「集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更が必要となる」 と言い、安倍政権が作った懇談会について、福田内閣が消極的なことを突き、 「名古屋高裁の判断は、福田政権のちぐはぐな姿勢に対する批判のようにも見える」 と結んでいる。 産経新聞は社説に当たる 「主張」 では 「イラクでの航空自衛隊の平和構築や復興支援活動を貶める極めて問題ある高裁判断」 と言い、 「政府は空自の活動を継続すると表明している。当然のことだ」 と、違憲判決など一顧だにしない姿勢を示し、 3面でも 「『蛇足判決こそ違憲』 最高裁判断封じる」 という見出しで、批判を集めた記事を載せた。 そこでは、「司法のしゃべりすぎ」 の新書で知られる井上薫氏や、映画 「靖国」 への助成金を問題にした稲田明美議員を登場させ、 「1審で訴えが退けられ、控訴が棄却されたのだから、違憲かどうかを判断する必要はなく、裁判所の越権行為」 (井上氏)、 「非常に高度な政治的判断について、上告を封じ、最高裁判断を封じることは憲法に違反しているまさに 『蛇足』 の判決だ」 (稲田氏) などの発言を紹介した。 もう一つ指摘しておきたいのは、産経の1面トップ記事の異様さだ。 この記事は、「空自イラク活動違憲判決」 「派遣継続国益に直結」 という見出しだが、判決内容を報じる 「本記」 的な約600字の原稿がリードのように扱われたあと、 「空自がイラクから引くようなことになれば、活動は対米支援の一環でもあるため、 日米同盟の価値を下げるのは間違いない」 という約 100行の解説風の記事がついた形になっている。 別段、「事実報道と解説は常に峻別されなければならない」 などと主張したいわけではない。 しかし、この1面トップ記事は、本記と解説がごちゃ混ぜになった記事で、内容はともかくとして、これまでの新聞の常識から見ると、相当変わっている。 産経はことばや文章を大事にする新聞社だったはずだった。一体どうしたのだろうか? 伝えられる 「データ」 と 「意見」 を読み間違えるな、と指導している立場からみると、気になるトップ記事だった。 つづく 2008.4.27 ◎「事件を見る目」、「足で稼いだ」取材 事件報道はどうあるべきか どうにもわからなかったのは、八戸で仲良しに見えた母と子の間に起きた 「子殺し」 だった。 報道によれば、殺された息子の小学4年生、西山拓海君は、「お母さん大好き」 の詩を書いていた子供だったというし、母親が虐待していた様子もなかった、 ということだったから、「なぜ?」 の疑問が広がった。 恐らく母親に、自分を失わせるような悩みがあり、瞬間的に世をはかなんで、衝動的に起きた犯行だったのではないか、と想像した。 地元紙がどうだったか検証する暇はなかったが、その後、少なくとも東京で見ている限り、報道はなかった。 ▼「ガーデニング王子」殺しの背景 毎日新聞が4月6日付のトップとして掲載した 「荒れた入植地 『生活苦しい』 過疎の一軒家 孤立感」 の記事は、まさにその背景に肉薄しようとした記事だった、 といっていい。毎日はこれから 「ニッポン密着」 というルポ風の記事を随時掲載するという。 記事によると、惨事のあった地域は、八戸のはずれ、美保野地区という入植地だったという。拓海君の母親は、戦後まもなく、祖父母の時代に入植。 彼女はこの村で育ち、高校に進学した。しかし、食糧増産のために、と原野を切り開いて始めた農業も、高度成長期に入って立ちゆかなくなっていったのだろう。 高校卒業後、村を出て結婚するがうまくいかなくなって離婚、生まれた拓海君と一緒に村に戻った。 近所の人が語っている。「この辺はいま、ほとんど農業をやっていない。作っても安くて食えない」。 西山家も開墾した300坪以上の農地も一部しか使われていなかったという。 拓海君は、その一部の土地で野菜や花を育て、楽しんでいた。自分のことを 「僕はガーデニング王子」 と呼び、 「畑から命がぴょこんと生まれます」 と書いていた子ども…。 「おかあさんはとってもやわらかい/ぼくがさわったら/あたたかい きもちちいい/ベッドになってくれる」 という詩も書いた。 容疑者となった母親が、この拓海君の 「土」 や 「いのち」 への喜びと、希望を共有することができていたら、それを、育てる見つめる余裕を持っていたら、 こんな惨事は引き起こさなかったに違いない。 毎日新聞は 「明るかった彼女が、こんなに暗かったかなと思うようになった」、「数年前から精神安定剤を飲むようになった」 という知人や親類の話を取材している。 母親の精神状態、心理状態は分からないが、ひどい 「うつ」 が隠れていたのかもしれないし、精神障害かもしれない。そんな 「何か」 が事件を起こしてしまった。 ▼「農業では食えない」 私はかつて、直接この地域とさほど遠くない 「むつ小川原」 を訪ねたことがある。もともと 「ヤマセ」 と呼ばれる東からの冷たい潮風で米作りが難しいところだった。 改良に改良を重ねて、やっと米が作れるようになり、入植したが、石油コンビナートの計画が持ち上がり、農地は切り売りされた。 「減反政策」 の中で地域は荒み、大きな家は次々できたが、国策に翻弄された人々の働き口はなく、出稼ぎしか方法が無くなった。 そのコンビナート計画もやがて消え、次はむつの原子力船。それも挫折し、続いて六ヶ所村の原子力燃料の再処理施設や、 放射能廃棄物の処分や保管場が建設された。しかし、「開発」 の陰で、その周辺地域の農業をめぐる状況が改善されたようには聞かない。 美保野地区を六カ所と結びつけるつもりはない。しかし、いま、食糧自給率が40%を切る状況の下で、全国の農村で 「農業では食えない」 状況が進み、 後継者難と離農が広がり、似たような悲劇と、それに近い状況が生まれているのではないだろうか。 「ガーデニング王子」 の悲劇は、そういういまの日本社会の病弊が引き起こしたものではないのか。 ▼遺体が語る「リンチ」の証拠 もう一つ、あげておきたいのは、同じ 「毎日」 だが、4月3日付の 「記者の目」。 相撲部屋のリンチ殺人を取材した新潟支局の岡田英記者の 「前親方、公判で告白せよ」 と題する記事だ。 岡田記者は事件を聞いてすぐ、亡くなった斎藤さんの自宅に駆けつけ、父親の正人さんに遺体と対面させてもらった。 「『記者さん、見てください。これがけいこでつく傷ですか』。正人さんは私に声を震わせて訴えた。居間の布団に横たえられた遺体には紫色のあざが無数にあった。 右脚にはたばこを押し付けたような跡が2カ所。顔ははれあがり、割れた額に赤黒い血が固まっていた」 と書く。 岡田記者は 「リンチではないか」 と直感し、実家を訪れた前親方に玄関先で疑問をぶつけたが、彼は否定するだけだったという。 よく知られた通り、警察が検視もしないですませた 「相撲部屋の犯罪」 は、納得できない父親によって行われた大学病院の遺体解剖で、明らかにされた。 しかし、その前段階で、現場を訪ねた前田記者の行動が、父親を励まし、真相を明らかにすることに役立ったことは想像に難くない。 ▼「足で稼いだ記事」ということ 言いたいのは、この2つの記事は、ともに 「足で稼いだ」 記事だということだ。 八戸署で警察に密着すれば、母親の供述は警察経由で得られるだろう。しかし、この現場に行かなければ、土地の歴史も人々の暮らしも分からない。 「ガーデニング王子」 の幼い命も、その母親も、日本を蝕んでいる、何か大きな流れの犠牲者だったのではないか。 八戸の記事には3人の記者の署名がある。記者たちが、背景を見通す力を持って現地に行ったのかどうかはわかならない。 新潟の岡田記者の場合も単なる談話取材のつもりだったのかも分からない。 しかし、この 「足で稼ぐ」 取材こそが、「ジャーナリズムの価値」 を支えていることを、忘れてはならない。 いま、社会の歪みが深刻になる中で、さまざまな犯罪事件が続発し、メディアもこぞってこれを取り上げ、「事件報道花盛り」 の感を呈している。 しかしいま、そこで問題なのは、この 「花盛り」 の事件報道が、警察取材に偏り、警察の情報を流すことだけに勢力が注がれる傾向が強いことだ。 しかも、報道だけではなく、裁判までもが、ともすれば被害者の声に耳を傾けるあまり、ただ加害者を糾弾し、 「報復」 を求める被害者の家族の声が声高に報道される傾向が強まっている。しかし、本当にこれで良いのだろうか。 微に入り細に入り、事実に肉薄し、それを報道する。ジャーナリズムはまずこのことが基本だ。 しかし、「なぜそんなことが起きたのか」 を考えるとき、犯罪事件は社会的な環境や条件を抜きに論じることはできないだろう。 そこには、「いまの社会」 の歪みをまっすぐに見る目と、事態に対する想像力が求められ、人間に対する信頼や、深い 「洞察力」 が求められる。 「事件報道」 とは、人々の単なる 「知りたい」 という願望=興味にこたえるためのものではない。 問題はその事件の 「社会性」 であり 「公共性」 であり、「なぜそんなことになってしまったのか。 その事件は、われわれの社会の歪みの反映でしかないのではないか」 という問題意識こそ求められているものではないのか。 「事件報道」 とは本来、私たちが生きている共通の社会への 「教訓」 や 「警告」 のためのものでしかないのではないか。 その意味で、この2つの記事は、「警察取材ではない事件報道」 の可能性を示している。 × × 「事件報道花盛り」 と書いた。しかし、一方で事件の取材がさまざまな形で制限される危険も広がっている。 裁判員制度に関わって、事件報道についての見解を新聞協会、民放連、雑誌協会などが発表した。 これについて、日弁連人権委員会からニュースへの寄稿を求められ、私の 「懸念」 をそこに書いた。 ニュース3月1日号に掲載されているが、 日本民主法律家協会のサイト に転載したので、併せて読んでいただきたい。 2008.4.8 ◎メディアの姿勢と「集団自決」 問題にすべきことは何だったのか? ▼際だつ読売、産経の主張 こんなことまで問題にするメディアは、本当にそれでいいと思っているのだろうか。 「『軍命令』 は認定されなかった」 と書く読売の社説、「論点ぼかした問題判決だ」 と書く、産経の 「主張」 だ。 沖縄戦での 「集団自決」 について、軍の関与があることを明らかにした大江健三郎氏の 「沖縄ノート」、家永三郎氏の 「太平洋戦争」 に対して、 その当事者とされた元軍人らが名誉棄損だ、と訴えた裁判の判決に対する考え方だ。 各社のタイトルでわかるように、この判決を妥当とするものが多いのだが、この2紙だけは違っている。 例えば読売は、判決が 「旧日本軍が集団自決に 『深く関与』 していた」 と認定した部分より、 「自決命令それ自体まで認定することには躊躇 (ちゅうちょ) を禁じ得ない」 とした部分を評価し、その 「命令」 がわからないことを、 「軍の 『強制』 の有無については必ずしも明らかではない」 と読んで、「(教科書の) 『日本軍による集団自決の強制』 の記述は認めないという検定意見の立場は、 妥当なものということになるだろう」 と結論づける。 ※ 参照 まるで安倍首相の 「間接的な強制はあったかもしれないが、直接的な強制はなかった」 と言ってのけた慰安婦問題での答弁を聞くようだ。 また産経は、「教科書などで誤り伝えられている “日本軍強制” 説を追認しかねない残念な判決である」 とし、 「最大の論点は、沖縄県の渡嘉敷・座間味両島に駐屯した日本軍の隊長が住民に集団自決を命じたか否かだった。 だが、判決はその点をあいまいにしたまま、『集団自決に日本軍が深くかかわったと認められる』 『隊長が関与したことは十分に推認できる』 などとした」 と述べ、 「日本軍の関与の有無は、訴訟の大きな争点ではない。軍命令の有無という肝心な論点をぼかした分かりにくい判決といえる」 と書いている。 読売も 「集団自決の背景に多かれ少なかれ軍の 『関与』 があったということ自体を否定する議論は、これまでもない。 この裁判でも原告が争っている核心は 『命令』 の有無である」 としているが、「軍の関与は否定できない」 としながらの議論は奇妙である。 ▼判断の起訴は名誉棄損の要件 しかし、そもそもこの判決で明快に言い切っているのは、この2つの著書がともに、「公共の利害に関する事実に係り、 もっぱら公益を図る目的で出版された」 と認められるものであり、原告らが 「自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できないとしても、 その事実については合理的資料もしくは根拠がある」 と評価し、著者らが 「真実であるとと信じるについて相当の理由があった」 と認めた、ということである。 すでに判例で確定されているように、メディアが名誉棄損に問われるのは、公共性や公益性を欠くような恣意的な論調や報道をされ、 それが事実に基づいておらず、しかも真実と信じる 「相当の理由」 が欠けているような場合である。 その意味で、資料調査と聞き取りに十分な時間と労力をかけて書かれ、既に歴史的文献となっている大江さんや家永さんの著書を、 名誉棄損で訴えることなど、相当の無理がある。裁判の中で原告はふたりとも、裁判になって初めて 「沖縄ノート」 を読んだことや、 他人に勧められて訴えたことを告白せざるをえなかった。むしろ彼らを使って政治キャンペーンしようと考えた人たちに責任があることは明らかだろう。 ▼沖縄2紙が訴えていること 「史実に沿う穏当な判断」 と書く沖縄タイムスは、同様に沖縄で起きた日本軍の住民殺害に触れ、「『集団自決』 と 『日本軍による住民殺害』 は、 実は、同じ一つの根から出たものだ」 と指摘し、最後に 「ところで、名誉回復を求めて提訴した元戦隊長や遺族は、 黙して語らない 『集団自決』 の犠牲者にどのように向き合おうとしているのだろうか。今回の訴訟で気になるのはその点である」 と問いかけている。 また、「体験者の証言は重い 教科書検定意見も撤回を」 と主張した琉球新報は、「ここで問題にすべきは、大江さんの言うように 『個人の犯罪』 ではなく、 『太平洋戦争下の日本国、日本軍、現地の第32軍、島の守備隊をつらぬくタテの構造の力』 による強制であろう」 と書き、 「この裁判によって、沖縄戦史実継承の重要性がいっそう増した。生き残った体験者の証言は何物にも替え難い。 生の声として録音し、さらに文字として記録することがいかに重要であるか。つらい体験であろう。しかし、語ってもらわねばならない。 『人が人でなくなる』 むごたらしい戦争を二度と起こさないために」 と、沖縄のジャーナリズムらしい決意を述べている。 一方、読売新聞は、「原告は控訴する構えだ。上級審での審理を見守りたい」 と書く。メディアの役割は、現場に行って証言を集め、事実を解明することではないのか? ▼「集団自決」ということば 私は実は、ちょうど大江・岩波裁判の判決が出る日、沖縄にいた。沖縄で憲法を考えるツアーに参加し、高江、辺野古といった基地闘争の現場や、 嘉手納、普天間の現場、そして沖縄戦の 「ガマ」 などをめぐっていたためだ。 ハワイ帰りの男性が米軍と交渉し、 全員を納得させて約1000人の人が助かったという 「シムクガマ」(読谷村) 旅行最終日の28日、「ひめゆりの塔」 を訪ね、那覇に戻る途中のバスの中で、携帯のネットで速報を見た仲間が 「大江・岩波裁判は、 原告の請求を棄却」 と大声を上げた。最後の予定していた訪問先は琉球新報社だったため、琉球新報の夕刊の刷り出しを現場で見学し、 同社の新聞博物館で、沖縄の新聞の歴史を改めて学んだ。 今回の裁判でも、沖縄2紙の用語は、本土の新聞と違っている。琉球新報は、「沖縄戦中、座間味・渡嘉敷両島で起きた 『集団自決』 (強制集団死) をめぐり…」 と書き、 沖縄タイムスは、「沖縄戦時に座間味、渡嘉敷島で起きた 『集団自決 (強制集団死)』 は…」 と書く。 つまり、沖縄戦の中で、ガマで手榴弾や毒物、あるいは鎌で傷つけあって多くの犠牲者を出した事件は、「生きて虜囚の辱めを受けるな」 と教え、 「軍民共生共死」 と言って 「軍民は一体だ」 と教えた結果の集団死は、「強制集団死」 であり、「自決」 とは明らかに違う、という表現だ。 自決を主張する男性と、それを逡巡する住民と2派に分かれて議論したあげく、 決行者が出て、140人中、83人が集団死した 「チビチリガマ」 の碑。 集団自決とは、「皇民化教育、軍国主義教育による強制された死のことである」 と書かれている。 琉球新報の新聞博物館には、サンフランシスコ講和条約の発効で 「うるま新報」 から 「琉球新報」 に戻った日の新聞が展示されていた。 「沖縄は沖縄で着実なあゆみを続けなければならない」 という趣旨の社説しか書かれていないところに、そこで闘ったジャーナリストの無念さを改めて思った。 沖縄はこの日、本土と切り離されたのである。 その後、闘いの結果、本土復帰は果たしたが、復帰後も基地は残り、いま 「一部返還」 という名の機能強化が進んでいる。 高江でも辺野古でも、「沖縄基地が強化されていくことは、われわれが加害者になること。ファルージャには沖縄の海兵隊部隊が行った」 と聞いた。 死者が出ると、基地には半旗が翻るという。 沖縄のことを書けばいいのではない。メディアはもっと 「原点」 にかえらなければいけないのではないか。そんなことを改めて考えている。 2008.4.1 ◎後期高齢者医療制度と憲法的観点 メディアの「鈍感さ」が事態を悪化させている 朝日新聞は、3月27日の生活面と28日の総合面で、4月1日からの後期高齢者医療制度を大きく取り上げ、その制度の問題点にも触れながら、新制度を解説した。 「どうしていまごろ?」 と思わせる記事だが、それなりに、「野党などからは早くも 『うば捨て山だ』 という批判にさらされている」 と書いて、 「お年寄りが受ける医療サービスの行方」 からの 「心配」 を紹介している。 新年度に入って、この制度が実施され、70−74歳の病院窓口負担は現行の1割負担から2割へ、65−74歳の国民健康保険料は年金から天引きされることになったが、 この問題、メディアの取り上げ方の 「鈍感さ」 が、ここまで事態を悪化させてしまったように思えてならない。 率直に言って、私自身、この問題に気づかされたのは、そんなに古い話ではなかったのだが、2006年5月の法律の成立以来、 この問題がどう書かれてきたかをトレースしてみると、いかに新聞がこの問題について冷淡だったか、憲法的視点を欠いていたか、 その結果、問題の本質を捉えていなかったか、がよく分かる。 早い話、憲法14条は 「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、 差別されない」 と規定し、「法の下の平等」 を決めている。確かにこの条項には 「年齢」 は例示されていないが、欧米の多くの国で雇用についてさえ、 年齢による差別が禁止されていることを考えると、何の合理的な理由もなく、ただ年齢だけで75歳から一般の健康保険から切り離し、ほかの制度に移すことなど、 憲法的視点から考えれば、全くおかしなことである。まして、問題は 「健康で文化的な生活」、「生きる権利」 に関することである。 この制度は、2005年10月の厚労省の試案に始まり、2006年2月の閣議決定、5月の 「医療改革法」 成立で決定された。 この経過の中で新聞は、少なくともいくつかのデータベースや縮刷版で調べた限りでは、「後期高齢者医療制度を新設」 と書いてはいるが、 その内容については、ほとんど報道しないままだった。 社説でも、何回か取り上げているが、結局、議論は財政負担の問題に流れ、最も本質的な 「75歳以上の高齢者を別制度に移行させる」 ということが、 どういう意味を持つのかについては、全く論じられていないようだ。 昨年来、「見直し」 が論じられるようになり、投書欄でも論じられたり、地方での動きが報じられたりしているが、 社説に関して言えば、地方紙の一部が論じているほか、東京新聞が3月29日に 「高齢者医療制度 見直しをためらうな」 と題する社説を掲げたのが目立つ程度で、 大手紙の社説には登場しないままだった。 とくに、2月28日、4野党がこの制度自身を廃止する法案を提出しているが、これについても、一般紙には東京新聞で26行、朝日が15行、 毎日が7行のベタ記事がある程度で、報じられず、法案は店ざらしのままになっている。 見直しを求める地方議会の決議は、「しんぶん赤旗」 3月23日付によれば、530議会、 署名も中央社会保障推進協議会や日本高齢 ・ 退職者団体連合などの分を合わせてると、500万人分を超えたという。 3月23日、東京・井の頭公園で12000人が集まった集会が開かれ、参加者たちは 「いのち」 と書かれた黄色のプログラムを一斉に掲げて抗議したが、 一般紙に報道は全くなかった。27日には、4野党による集会が開かれ、これも赤旗の報道では400人が集まり、民主党の菅直人代表代行、共産党の志位委員長、 社民党の福島みずほ党首、国民新党の自見庄三郎副代表、新党日本の田中康夫代表があいさつしたというが、この報道も一般紙にはなかった。 後期高齢者集会 井の頭公園で開かれた集会には、12000人が集まった 2008.3.23 後期高齢者集会 「いのち」 を掲げて訴える参加者たち 2008.3.23 他の学問領域でも同様なことはあるだろうが、マスメディア研究をする中で、あるテーマについて、報じられていること、論じられていることの是非は、さほど難しくないが、 最も困難なのは、「報じられていないこと」 「論じられていないこと」 を実証し、「なぜか」 をさぐることである。 この作業には、そのテーマについてのそれぞれの専門家や、現場のジャーナリストの協力がどうしても必要だ。 そして、その作業自体がジャーナリズム活動だろう、と私は思う。 日本ジャーナリスト会議 (JCJ) と、日本マスコミ文化情報労組会議 (MIC) による 「憲法メディアフォーラム」 は、 4月19日 (土) 午後、東京・両国のKFCホールで、「憲法25条・生存権とメディア」 について、都留文化大学の後藤道夫教授、首都圏青年ユニオンの河添誠書記長、 NHKスペシャル 「ワーキングプア」 の取材班の板垣淑子ディレクターをパネリストに、シンポジウムを開く。 改めて、生存権とメディアの責任を考えてみたい。 2008.4.1 ◎求められる「事実」の報道 日経はなぜ統幕長、海幕長更迭を主張したか 友人たちの間で、イージス艦・漁船衝突事件に関連して、興味深い討論が始まっている。 メディア関係者は一人もいない。みんなビジネス現場で働いて来た人たち。しかし、いかにこの事件への関心が高く、メディアが注目されていることを示している。 ▼「腐ったリンゴ」 社説への反響 口火となったのは、日経2月28日付の社説で、「無責任体質の一例」 として、イージス艦情報漏れ事件で責任を取らなかった斎藤隆統合幕僚長 (前海上幕僚長)、 吉川栄治海幕長の実名を挙げ、「両氏を腐ったリンゴに例えるのは不適切だが、石破氏が直ちに彼らを更迭すれば、海自の全組織に緊張が走る。 それが最も効果的な再発防止策である」 と主張したことからだ。 同紙は1日付でも 「私たちは石破氏に対し、斎藤隆統合幕僚長 (前海上幕僚長)、吉川栄治海幕長を直ちに更迭するよう求めた。 海自の全組織が緊張を取り戻すには、機敏で厳正な処分が必要と考えたからだ」 と重ねて書いた。 これを取り上げて問題提起してくれたのは、闘病生活を続けながら仕事を続けている I 君。日経も隅から隅まで読んでいる。 28日の社説のあと、「現役を名指し公表です。相当の確証と覚悟でしょう」 と注目してメールをくれた。 確かに珍しい書き方だ、と思ったが、1日付で、それが繰り返されたため、彼はさらに不審を深め、 1.日経だけが 「海自の無責任体質の元凶」 とか、 「腐ったリンゴ」 と書くのは、海自と日経の間に何かあるのか 2.他の新聞がこの問題で現役幹部を名指ししないのはなぜか−との疑問を呈してきた。 彼は、「みんなそう思っているが、他社は名誉毀損を恐れて書かなかったのではないか」 と思ったらしい。私は、「日経と海自の関係に何かあるのかは知らない。 しかし、彼らは公人であり、この書き方が名誉毀損だとは言えないだろう」 と答えた。 既に 「一般読者」 は、メディアについてそんなふうに考えてしまう。「メディア不信」 は、実に根深い。 ▼航海長の名前はなぜ出ない? しかし、なぜこんなことになるのだろうか。よく考えてみると、今回の事故で問題なのは、基本的な 「事実」 についての報道が、 実に不十分であることに原因があるのではないだろうか。 普通なら、現場で操船の指揮を執っていた責任士官は誰々で、どこどこのセクションのウオッチに当たっていた誰々から何時何分にどういう連絡が入った。 このスタッフは何時何分に誰々と交代し、こう引き継いだ…、といった具合に、固有名詞が入った事故発生のドキュメントが明らかにされる。 発表では固有名詞があっても、下級の艦員については、階級だけしか報道されないかもしれない。 しかし、飛行機であろうが、列車であろうが、まして大きな客船ででもあれば、まず間違いなくそうした報道がされるであろう。 ところが、今回の事故では、そうした事実が、非常に抽象的で、具体性に乏しい。それは、「何分前に発見」 とか、それを 「どう訂正した」、ということより以前の問題である。 事件発生当初には「一般例」として見張りの体制が報じられているが、発見や引き継ぎの状況がきちんと報道されているようには見えない。 また、まとまった報道として、地方紙の2月26日付 (共同配信) とか、毎日3月2日付 「特集」 などがあるが、そこでも艦側の固有名詞は艦長以外ない。 第一、防衛省が呼び寄せ、問題になった 「あたご」 の航海長についてさえ、彼が当時の責任士官だったらしいことが明らかになり、 8日付毎日によれば、書類送検されるというのに、「3等海佐」 というだけで、名前は伏せられたままだ。これで良いのだろうか? 友人たちのメールの議論では、「海保が何も発表していないのはおかしい」 「『あたご』 の内火艇が何時に何隻、何人乗り組んで降りたのか」 「ダイバーが居たのか、 ヘリはどういう機器を使って捜索したか」 「『あたご』 の潜水艦探知機器は海底を捜査したか」 「自衛隊は潜水艇を出動させて調査させるべきではないか」 などの疑問が一杯出されている。 この中で報道されているのは、14分後に内火艇2隻を降ろし、あとで 1隻を追加したことくらいだ。 そうした中では、テレビ報道についても批判が出ている。「テレビでは、女性アナがヘリに乗って画像を見れば分かることをくどくど話させるのではなく、 アナでなくとも、船の構造に通じているものを乗せ、現場の水深、海流の方向、速度などはすぐわかるのだから、エンジン部分等の着地点概算くらいはできたはずだ」 ▼「責任論」にすり替えるな 新聞はこういう疑問にどう答えるのか? 横浜の第3管区海上保安本部が当面の取材先の中心なのだろうが、この取材に十分な体制が取られているのかどうかは疑問だ。 今回の取材で言えば、まさに警察取材同様の緻密さが求められているのだが、これには日頃の取材体制が反映される。 いま、現場が、発表中心の取材しか事実上できていないとすれば、この 「事実」 の押さえが弱くなるのは当然である。 もともと、今回の取材先は、防衛省や永田町の動きも併せて取材しなければならない点で、いかに問題意識を鮮明にし、一致・連携して取り組めるか、が課題だ。 この点でも、政治部、社会部、支局など、呼吸が合っているのかどうか? 問題なのは、こんな事件があると、新聞も政治も早走りして、飛行機事故でも同じだが、「事故原因」 の究明を急ぎ、「責任」 を明らかにし、 それを早く明らかにさせようとすることである。そして、原因はよく分からなくても、「私の責任」 と最高幹部に言わせ、クビをすげ替え 「一件落着」 となって、 事件報道が終わりを告げられてしまうのは、結構よくあるケースだ。 こんな 「すり替え報道」 に支えられ、いい加減な事実取材でお茶を濁している結果、「事実」 の追求が弱くなっているのではないか。 今回の話で言えば、漁協の人達の堂々たる証言で防衛省のウソが次々と暴露された。「海保発表頼り」 の取材だけでは、事実は明らかにされないのだ。 その状況に、例えばここに書かれたような疑問を持ったまま、次の話題に流れていく報道に、読者は疑問を持つ。「次々流れているが、 もう嫌になってしまう…」 という感想は、極めて率直なメディア批判でもある。 私は1983年から85年にかけて、共同通信横浜支局のデスクとして、海保の取材にも間接的だが、関わったことがある。 当時、共同はこの本部を担当する海事記者クラブに、横浜らしい話題を拾う遊軍的な動きを求めながら、記者一人を配置していた。 彼は他社があまり報道しない海難審判なども熱心に傍聴し、関係者を取材し、ある海難事故が静電気が原因だった、との審判結果を他社に先駆けて報道し、 神戸新聞などのトップを飾ったこともあった。 しかし、「合理化」 の中で、横浜支局の記者も大幅に削減されている。それでも今回の事故報道で、共同の速報は午前6時前だったそうだ。 共同だけの問題ではない。報道の原点は、あくまでも 「事実」 である。記者たちの奮起が求められている。 2008.3.9 ◎閣僚の「憲法擁護義務」違反をメディアは放置するのか? 「九条の会に対抗」する「改憲議連」の動き 4日付の朝日、毎日夕刊は、「与野党改憲派がタック 鳩山由、前原氏ら役員に」 (朝日)、 「新憲法制定議員同盟 自・民同舟 鳩山由氏らが初の役員入り」 (毎日) と報じた。 1955年以来の 「自主憲法既成議員同盟」 が、昨年、中曽根元首相が会長になったのを契機に動き出し、昨年四月、 名称を 「新憲法制定議員同盟」 と改称して動き出した。 昨年末には、「憲法審査会」 を始動させないのは問題だとして、衆院議員の過半数の245人、参院議員73人の計318人 (自民党が279人、民主党24人、 公明党5人、その他10人) の署名を、衆参両院議長に提出している。 この時期になって、新年度の活動を本格的に始めようということだろう。民主党と国民新党を巻き込んで、組織と活動の強化を図ったわけだ。 問題なのは、その役員体制で、会長代理は中山太郎氏、副会長に町村信孝官房長官、高村正彦外相、額賀福志郎財務相、鳩山邦夫法相の4閣僚と、 前原誠司前民主党代表らが加わり、顧問には鳩山由紀夫民主党幹事長、綿貫民輔国民新党代表がそろって入っていること。 まさに 「タッグ」 であって、毎日も 「同舟」 と書きながら 「呉越」 とは書かなかった。「自・民」 は 「呉・越」 ではないのだ。 しかし問題なのはこの報道、朝日は2面の右下3段格、毎日は6面左の4段格の囲みで、 朝日には中曽根氏の 「改憲のような国家的大問題は超党派で決めていかなければならない」、安倍前首相の 「改憲は私のライフワーク」、 民主党の田名部匡省参院議員の 「改憲はここ数年で決着すると決めてやらないと」 との発言を紹介しているが、 少なくとも違憲の疑いがある町村官房長官以下4閣僚が、幹部として名前を連ねていることについては、全く言及がなかった。 事実、昨年10月、この 「新憲法制定議員同盟」 は緊急総会で、安倍退陣後の改憲運動の 「立て直し」 に、福田首相を 「副会長」 としたが、 「しんぶん赤旗」 によれば、同紙は緊急総会後、福田首相の事務所と同議員同盟に問い合わせた結果、 福田事務所が首相が同議員同盟を退会したことを明らかにした、とのことだ。(2007年11月13日付) 「しんぶん赤旗」 はさすが5日付トップでこれを報じ、「憲法99条の公務員の憲法擁護義務に触れる」 と指摘したが、 この扱い、両紙の扱いはあまりにも鈍感ではないのか。 同紙によれば、活動方針には 「民主、公明両党の議員を中心に会員の増強を強める」 「『九条の会』 に対抗していくため地方の拠点作りを進める」 などが確認され、 愛知和男幹事長の活動方針の説明では、「われわれと正反対の勢力、『九条の会』 と称する勢力が、全国に細かく組織作りができており、 それに対抗していくにはよほどこちらも地方に拠点を作っていかなければならない」 とされ、中曽根会長も 「各党の府県支部に憲法改正の委員会を作り、 全国的な網を張っていくことが私たちの次の目標」 と述べた、と報じられている。 朝日も、毎日もその前日には 「せんたく議連107人で発足」 と北川正恭元三重県知事、佐々木毅元東大総長、 松沢・神奈川、東国原・宮崎県知事らの動きを大きく報じているが、それと比較しても、看過できない動きではないのだろうか。 こうした事実が、一般のメディアでは報じられないことことが、そのまま 「九条の会」 やさまざまな民衆の運動について冷淡な 「メディアの問題」 につながっている。 NPJ (「民衆のためのニュース」) のサイトが繁栄することを、既成メディアは恥じなければならない。 2008.3.5 (3.7 訂正) ◎法の支配にも「そこのけそこのけ」 「軍法」 「軍事裁判」の先取りを許すな 「やっぱり出てきた!」 というのが実感だ。 産経新聞28日付朝刊は1面トップで、 「航海長聴取 問題か」 と題する記事を掲載し、 防衛省が海上保安庁の捜査前に 「あたご」 の航海長を省内に呼んで聴取したことについて論じた。 記事では、「軍事組織が、早い段階で状況把握することは鉄則」 とし、これが問題になったことについて、『航海長への聴取が問題となることは、 日本が 『普通の国』 でないことに起因する。実はこちらの方が格段に深刻だ」 と述べ、「軍隊における捜査・裁判権の独立は国際的な常識」 「司法警察が事実上の国軍を取り調べる、国際的にはほぼ考えられない構図を、国民も政治家も奇異に思っていない」 「軍事法廷のない自衛隊は、 世界有数の装備を有する 『警察』 の道を歩み続けるのだろうか…」 と主張した。 自衛隊と漁船の衝突、2時間も3時間も報告を放置するといった独善的な対応、それに対して、「迅速だった」 と評された海上保安庁の捜査活動…。 既に一般には、海保が自衛艦の捜索に入ったことを驚きを持って迎えた向きもあっただろう。 しかし、犯罪や重過失の事故があったとき、自衛隊が海保や警察の捜査を受けるのは、当然のことであり、「専守防衛」 の組織である以上、自衛隊は、 産経が書くとおり、「世界有数の装備」 を有していても、「歩み続ける」 のは 「『警察』 の道」 でしかありえない。 かろうじて保たれている 「法の支配」 のもとでの自衛隊が「そこのけそこのけ」の行動を取ることを許されてはならない。 自民党の 「新憲法草案」 では、第76条3項で、「軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設置する」 とし、 「自衛軍」 に関わる問題を 「軍事裁判所」 で扱うことを想定している。「自衛軍」 が名実ともに 「軍隊」 であるためには、昔と同じように、 軍隊内については 「シャバ」 とは違って、一般の法律の手が届かない場所でなければならない。 そのためには、「軍法」 が作られ 「軍事裁判」 が行われるようにしなければ、論理は貫徹しないのである。 産経の記事では、医療事故でも病院が事情を聞くし、新聞記者が交通事故を起こせば社の幹部が事情を聞く、などと、組織の対応の問題にすり替えているが、 今回の航海長の防衛省呼び戻しhさ、既に組織内の問題ではなく、警察権が行使されている中での話なのだ。 既に、自衛隊法には、一般の法律が介入しない問題がいくつかある。今回のような事故についても、自衛隊は第一次警察権を持ちたいと考えるだろうが、 それは自衛隊の性格を大きく変えることになる。以前から 「改憲」 を掲げている産経が、こうした論調の記事を掲げるのは、当然かもしれない。 しかし、こうした記事が 「呼び水」 になって、自衛隊が 「そこのけそこのけ」 路線を、法制度にまで進めていくことを許すわけにはいかない。 海上自衛隊と海上保安庁の間には、以前から縄張り争いにも似た軋轢がある。そこに目をやる議論も出てきかねない。 しかし、そうしたことに惑わされるわけにはいかない。 問題の本質はどこにあるのか。「あたご」 は7750トン、全長 165メ ートル、「清徳丸」 は、7.3トン全長 12メートル。 「道路で言えば子どもの三輪車を大型トレーラーが押しつぶしたようなもの」 とでもいえばいいだろうか。 最新型の戦闘艦船が、海の男たちの神聖で平穏な職場に、自動操縦で突き進み、船をまっぷたつにし、その命も身体も奪い去った。 もう一度考えてみよう。約 1500億円といわれるイージス艦は本当に必要な装備なのか? ミサイル防衛のために、ということになっているが、 一体どこからどんなミサイルが飛んできて、どう撃ち落とすというのだろうか。 これを税金の無駄遣いといわずして、何を無駄遣いというのだろうか。 2008.2.28 ◎「三浦逮捕」のニュースバリュー 「沖縄」はどうなっているか? イージス艦事故は? 国会は? 「ロス市警三浦元被告逮捕 一美さん殺害容疑」 (毎日) 「三浦和義元社長逮捕 81年、妻殺害容疑」 (朝日)−2月24日(日)朝、 各紙は、かつて 「ロス疑惑」 で大きな問題になり、結局無罪が確定した三浦和義氏の逮捕を、トップやそれに準ずる扱いで報じた。 サイパンで22日に出国しようとして逮捕され、23日に当局が発表したものだ。 ▼憲法の原則に立った報道姿勢を 日本では、一審では実行犯もわからないまま殺人罪で有罪になったが、さすがに、これでは犯罪の証明がないとされた。 それなのに、同じ容疑でなぜ? というのは、誰もが持つ疑問だろう。 メディアでは、1.米国では重大犯罪について事項の規定がない 2.日本で無罪になっても、外国では関係がない 3.属人主義の日本と属地主義の米国は違う──など、 いかにも、仕方がなかったかのような 「解説」 が流れ、政府も 「国内の法律、日米間の条約もあるので、それに従って対処する。 日本で無罪になったからといって、捜査協力ができないことはない」 (町村官房長官) などと述べている。 しかし、憲法39条は 「何人も実行のときに適法であった行為または既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。 また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と決めている。 かりに、「彼が本当の犯人だったとしても…」 ということ自体不謹慎で、弘中惇一郎弁護士が言う通り、少なくとも、 「一美さん銃撃事件」 という決着済みの同一の事件について、「自国民保護」 の立場だけでなく、憲法の規定から言っても、日本政府が捜査協力すべきでないのは当然。 メディアはそうした原則に立って書くべきだ。 「ロス疑惑」 というのは、80年代のメディアで大問題になった事件だった。それだけに、新聞だけでなく、テレビのワイドショーが大騒ぎを始めている。 しかし、事件が騒がれてから既に20数年。多くの現場記者は、当時の混乱やマスコミの経験、反省も実感できなくなっている。 行きすぎた報道にならないことがまず重要だが、司法と人権の原則から考える姿勢がまず重要ではないだろうか。 ▼どちらが重要か…沖縄、イージス艦 もう一つ、センセーショナルなニュースは、必ずその陰に隠れてしまうニュースがある。 ここで改めて確認しておきたいのは、この 「三浦逮捕ニュース」 で 「消えてしまったニュース」 がないのか、ということだ。 この数日間の問題としてあげておきたいのは、沖縄の米兵による少女暴行事件だった。事件が起きたのは2月10日午後10時半ごろ。 沖縄県警は11日、在沖米海兵隊の2等軍曹タイロン・ルーサー・ハドナット容疑者(38)を婦女暴行の疑いで緊急逮捕。 沖縄2紙は号外を発行するなど、大騒ぎになった。シーファー駐日米大使と在日米軍のライト司令官は13日沖縄県を訪れ、仲井真弘多知事に謝罪。綱紀粛正を約束した。 ところが、その舌の根も乾かない17日には沖縄市内で海兵隊員(22) が酒酔い運転容疑で逮捕、 18日には、酒に酔って民家に入り込んで寝ていたキャンプ・シュワブ所属の米海兵隊伍長(21)が住居侵入の現行犯で逮捕され、 19日には、別の海兵隊員が偽の20ドル札を偽造して、使った疑いも明らかになった。 そして、19日深夜、在沖米海兵隊報道部は、「空軍と海軍、陸軍を含む四軍全体の構成員に対し、20日朝から無期限の外出禁止を命じた。 兵士は任務以外は基地内か、自宅にとどまることが義務付けられる」 と発表した。在沖米軍トップのリチャード・ジルマー四軍調整官 (中将) の命令で、 全構成員は、任務や病院の受診など必要な用件がある時だけ、軍用車や私有車、タクシーによる民間地域の移動が認められる、とのことだった。 なぜ、深夜にこんな発表があったのか。「何かあったに違いない」 と沖縄の担当記者は直感したそうだが、果たして、実は全軍への綱紀粛正を命じた後の18日、 新しい婦女暴行事件が起きていた。事件を起こしたのは在沖縄陸軍の伍長で、沖縄市内のホテルで、フィリピン人女性を暴行、けがをさせ、 女性から被害届が出されていた。 沖縄県内では、女子中学生暴行事件以後、県市議会議長会が事件への抗議のための会合を開いたり、平和団体の緊急声明が出されたりし、 騒然とした空気に包まれている。2月28日までには県内の全市町村議会で暴行事件への抗議決議が可決される見通しで、 3月23日午後2時から北谷町の北谷公園で県民大会が開かれることになっている。 そんな中で、19日の夕刊に大きく掲載されたのが、 同日午前4時過ぎに起きた自衛隊のイージス護衛艦 「あたご」 と千葉県勝浦市のマグロはえ縄漁船清徳丸の衝突である。 清徳丸の船体は二つに折れ、乗り込んでいた吉清 (きちせい) 治夫さん (58) と長男哲大 (てつひろ) さん (23) が行方不明。 第3管区海上保安本部は同日夜、業務上過失往来危険の疑いであたご艦内を家宅捜索するという異例の事態にもなった。 自衛隊はまだ暗い早朝の近海を自動操縦で 「そこのけそこのけ」 とばかり通っていたもので、その責任やイージス感じたい野問題に波及していくのを避けようと、 漁船発見の時間をごまかしたり、発表や報告の時間を遅らせたりした。 三浦和義氏の逮捕は、結果的に、こうした状況に 「水」 を掛けることになった。 テレビのワイドショーは競ってサイパンに記者やカメラを派遣し、現場中継して 「いま三浦元社長はこの囲いに中にいるわけですが…」 などと報じ、 当時の警視庁捜査一課長や 「アメリカの法律に詳しい弁護士」 を登場させて詳しく報じた。 しかし、ワイドショーがもっと取り組まなければならないのは、沖縄基地や基地被害の実態であり、日米安保や地位協定の問題ではなかったのか。 メディアは問題を矮小化し、国民が 「いま」 を判断する材料が正しく提供されなかったのではないか、ということを考えてみなければならないと思えてならない。 私は、テレビにおけるワイドショーの役割を全面的に否定するものではない。しかし、この 「三浦逮捕」 の陰で、日本の将来にとって、重要ないくつかの 「ニュース」 が、 小さく扱われたり、掲載されなかったりし、その問題の読者に与える印象が薄れてしまったりするとすれば、日本の世論を左右してしまうことになる。 さらに進んで、そうしたことを意図して、発表の日時を決めたり、操作が加えられたりしたとすれば、それはまた問題である。 もう一つ、付け加えよう。2008年度の通常国会の衆院段階での予算審議は、ヤマ場を迎え、焦点になっている特定道路財源問題、消費税問題、 後期高齢者医療問題をはじめとした医療制度など予算関連の多くの問題がすっかり後景に退いてしまったのではないだろうか。 サイパンの司法当局も、三浦氏を入国時ではなく帰国時に逮捕したは、こうした他のニュースを 「抹殺」 する意図があったのではないか、 というのは確かに勘ぐりすぎだろう。 しかしそれだけに、「ニュース判断」 が 「読者・視聴者が興味を持つニュース」 に流れ、「面白ければ、そちらが先」 となっている状況をどうしていくか、 考えなければならないのではないだろうか。 2008.2.28 (3.4 訂正) ◎「分断政策」に負けた地域・国民 続・国民意識と岩国市民の選択 岩国市民は、艦載機受け入れに拒否反応を示しながら、とにかく自民党、公明党が支持した福田良彦市長を当選させた。 この結果、このいままで行けば、岩国が「極東最大」と言われる基地になっていくことは、避けられない情勢になってきた。 しかし、よく考えてみると、この問題、日本最初の国立公園のひとつである瀬戸内海の西北側一帯の環境がすっかり変わってしまうことなのだ、 ということについて、あまりに想像力がなかったのではないか。 新聞、テレビなど各メディアも、こうした問題を指摘する点であまりに呑気だったのではないか、と思えてならない。 山口県の東端に位置し、広島経済圏の一部になっている岩国市の特殊な位置から、問題を岩国に限定し、 地域を分断する政府・与党の戦略にまんまとはめられてしまったのが、今回の選挙ではなかっただろうか。 広島市立大学の広島平和研究所所長、浅井基文氏は、岩国の結果について、沖縄の2紙を見ながら、 「地元の中国新聞を上回る」 積極的な報道ぶりに、広島の関心の低さを嘆いている。 ※参照 浅井氏はこの中で、「広島には核問題にはかろうじてまだ関心があるが、憲法問題、9条にはほとんど関心がない。 岩国市長選挙に対する広島の無関心のほどには深刻な気持ちにすらなる。 日本の平和を真剣に考えるならば、岩国市長選挙に対してもこれほど無関心でいられるはずはなかろう」 という趣旨の発言を記者会見でしたことを明らかにした。 さらに浅井氏は、「広島市が岩国市長選挙に対して明確なメッセージを発していたならば、2000票弱で負けた選挙はひっくり返せたはずです。 足下から平和が突き崩されていくのを黙って見過ごしている今の広島には、つくづく 『沖縄の問題意識に近づく志をもってほしい』 と思わざるを得ませんでした」 と書いている。 つまり、浅井氏の指摘は、最初の原爆被爆地・広島が、実際に被害を受ける艦載機の岩国移駐問題について態度表明しなかったことを批判したものだったが、 多数の艦載機が移駐して来る結果、影響を受けるのは単に岩国市だけではないことについて、周辺の自治体や市民団体が気づき、動いたかどうかは、 大いに気になるところだ。 しかし、岩国市の周辺では、早々と補助金目当てに受け入れを支持した自治体の動きが誇張して宣伝されていたが、 これに反対する周辺自治体や市民団体の動きは、活発だったようにはみえなかった。 だが事実は、今回やってくる艦載機も、日本製紙 (元山陽パルプ)、東洋紡績、三井石油化学などによるコンビナートの上を飛び、 世界遺産・宮島の厳島神社の上を飛ぶことは間違いない。もちろんその上に墜落出もしたら大惨事だが、実際の飛行空域は、 広島から岩国、柳井にかけての山陽道と屋代島、東西能美島、江田島などに囲まれる安芸灘から広島湾地域一帯に広がっていくだろう。 日本最初の国立公園のひとつである瀬戸内海・西北部の静けさが、どう変わっていくのか、を考えただけでも、考えなければならないことは多い。 大阪府知事に当選した橋下徹氏は、岩国市長選で福田良彦氏の応援ビデオに出演、「国政の防衛政策に関し、地方自治体が異議を差し挟むべきではない」 と発言した。 井原氏が 「国政にものを言うのは当然」 と反論したのは当然で、「それなら基地は大阪にお願いしよう」 と決めても問題はないのかもしれない。 しかしいま、日本は米軍基地の75%を沖縄に置き、沖縄県はその19%の面積を基地に提供している状況を、万遍なく全国にばらまけば、 公平になってそれでいい、と言ってすまされない問題があることは間違いないだろう。 政府・自民党と米軍の再編計画は、せいぜい 「基地被害のたらい回し」 でしかない。 他の土地の被害について 「自分のところでなくてよかった」 というのでは、地方自治も連帯も成り立たない。 岩国市長選の直後、沖縄で女子中学生が暴行される事件が起き、続いて酒に酔った米兵が民家に入り込んでいた事件も起きた。 女子中学生の事件は、全国の衝撃を与え、「もし1日早かったら、岩国の選挙結果も変わっていたかもしれない」 とさえ言われた。 米軍は 「外出禁止」 でトラブル防止に躍起だが、そんな問題ではないはずだ。 「地位協定」 の見直しは最低のことで、要するに、そもそも外国に異国の軍隊、それも現に戦争している国の部隊を 「英気を養う」 基地として野放し的に駐留させ、 自衛隊と一体化させて世界を支配しようとしていることに問題があるのではないだろうか。 はっきりしていることは、メディアと政治が論じていかなければならないのは、本当に米軍基地が必要なのかどうか? 何のための基地なのか? それを考え、少しでも事態を動かしていくことではないのだろうか? 2008.2.21 ◎国民意識と岩国市民の選択 岩国市民は何に負けたのか 岩国市長選は、1800票足らずの差で、艦載機移駐に反対し続けてきた井原勝介前市長が敗北、自民、公明が押した移駐容認派の福田良彦候補が勝利した。 政府・自民党は 「米軍再編が着実に進む環境ができたのかな、という意味で大変歓迎している」 (町村官房長官)、 「対外的なアピール度が非常に大きい」 (伊吹自民党幹事長)、「普天間問題でも、前向きな考え方が出てきており、その背中を押す」 (古賀自民党選対委員長) と歓迎している。一般的には、朝日が書くとおり 「膠着していた移転計画が進むのは確実で、当初の予定通り14年までに完了する可能性が高まった」 ということだろう。 しかし問題は、この基地問題が焦点でありながら、それがそのまま票に結びつかなかったことだ。 中国新聞の出口調査によると、米空母艦載機移転について 「反対」 は46%、「賛成」 は 8・4%、「どちらかといえば」 を加えると、「反対」 は市民の65.7%、 「賛成」 は24.0%、朝日の調査では、「反対」 47%、「賛成」 18%だった。また、毎日の出口調査では、「移転反対」 は41%、「反対だが仕方がない」 20%、 「条件付き賛成」 33%、「無条件で賛成」 2%で、この「移転反対」 の人のうち、11%が福田氏に、「仕方がない」 の82%が福田氏に投票した、という。 朝日の調査では、福田氏に投票した人でも 「賛成」 は30%しかなかったそうだ。 この選挙で福田陣営は、地盤と締め付け、デマ宣伝に頼り、焦点をそらす昔ながらの選挙戦を展開したことは、選挙前の 「ルポ」 で書いたとおりだったが、 これは、選挙中も踏襲されたようで、13日付の東京新聞 「こちら特報部」 は 「『失政』 ビラで移駐隠し 補助金 『兵糧攻め』 奏功」 と、次のような事実を紹介している。 −井原市政のままでは財政破綻すると強調するビラが何種類も作られ、大量にまかれた。結果的にはこれが効いた。 −ファミリーレストランや美容室では、声高に井原氏を批判する女性グループが活躍したとの証言もある。 −福田氏は一昨年合併した山間部でも票を集めたが、市の中心部との格差に加え、騒音があまりないため移転問題にも温度差があった。 そして、「お金の力に負けるのはしゃくだったが、税金が上がる話が気になってすごく迷った。主人は勤め先の会社が押す福田さんに投票。 夫婦で口げんかになった」 という主婦 (49) の話を紹介している。 ここに紹介されたビラは、選挙前に少なくとも3種類あり、私も見ているし、 女性グループが 「もう今度は福田さんね」 とバスの中などで声高に話しているという戦略も聞いた。 「移転反対」 でも、「政府がこんな形でやってくれば、やっぱり無理なんじゃないか」 という意識が、福田候補を勝たせたのではないかと思えてならない。 つまり、「長いものには巻かれろ」 「お上に逆らってもいいことはない」 「うまく世渡りしていくしかない」 「政治は理屈じゃない。生活が先なんだよ」 といった、 「前近代的」 といってもいいような意識である。実は、「生活」 をも危うくするのが、そうした問題なのだが、これを論理として理解しようとはしないのである。 米軍基地再編をはじめとする現在の自民党政治を支えているこうした国民意識をどう変えていけばいいのか。 岩国の選挙が突きつけている問題は、考えてみれば深刻である。 東京新聞は 「反対派の市議」 の次のような言葉を伝えている。「三十五億円の補助金カットのときから財政問題を争点にする作戦に乗せられていた。 今回、(容認派が) 勝ったことで、国は他の地方自治体にもこういうやり方をしかねない」 艦載機岩国移転後の基地の状況が、「しんぶん赤旗」 6日付に載っている。それによると、再編後の岩国は、「アジア最大の基地」 になり、 米軍と自衛隊を合わせると、現在の沖縄・嘉手納の100機をも超える142機の航空機が配備され、年間離着陸は嘉手納の約7万回を遙かに超える約10万回に、 米兵・軍属・家族は嘉手納の約9700人を超す1万0300人になるはずだという。 「基地はどこかが負担しなければならない 『受苦』 だ」 といって、すますことができるのだろうか? メディアはそのことを十分伝えてきたのだろうか? われわれはそのことを真剣に考えてきたのだろうか? こんなことをしていると、本当に、もっともっと 「おかしな国」 になっていく。岩国市民とともに、われわれみんなが問われている。 2008.2.14
【マスメディアをどう読むか】 関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議 丸山 重威 連載に当たって ◎「先進国だけでは動かなくなった世界」を伝えたか? 「サミット報道」が示したもの 「反G8 サミット直前札幌ルポ 『世界の民意と隔たり』 『新自由主義いらない』」(7月7日付)、「特需の地元は無関心 過剰警備は拍子抜け 反G8も開幕 盛り上がりいまひとつ」(7月8日付)、「サミット取材 『市民メディア』 も終結」 「マスメディアとの共存 情報 『補完できれば』 『低い目線』 存在感」(7月9日付)、「G8宣言への疑義 解決遠い大国目線 穀物高にエゴ便乗 食糧危機対策 専門家ら批判 『新たな格差の仕組み』」(7月10日付)―。 まだほかにもあるのだが、東京新聞の 「こちら特報部」 の 「G8記事」 の見出しだ。 洞爺湖畔で開かれた 「G8サミット」 は、大騒ぎの末、目立った成果はなく終わった。 各紙の7月10日付社説は 「数字は一夜で消えたが」(朝日) 「危機感の共有から行動へ」(毎日) 「危機克服へ対話を続けよ」 と、G8の 「合意」 と 「課題」 を問題にしたが、 今回のサミットが見せつけた問題、つまり 「世界は先進8カ国だけではどうにもならない」 という基本的な問題については、ほとんどが素通りし、 わずかにこの東京新聞の報道や、朝日などが、短い記事でいくつかの集会を拾ったのが目立つ程度だった。 「G8報道」 とは何だったのか、これでよかったのか。まず、ここから考えてみたい。 ▼多彩に展開されたNGOの活動 G8が日本で開かれるのは5回目だったが、これまでと全く違ったことは、このG8に合わせ、世界の多くのNGOが日本に結集し、 それぞれの主張を展開してアピールしたことだった。 今回、G8に合わせて開かれたNGOの集会は、7月6日から8日まで、札幌で開かれた 「市民サミット2008 (オルタナティブ・サミット)−世界、 きっと、変えられる」 や、6月末、東京で相次いだ 「世界の半分がなぜ飢えるのか」 で知られるスーザン・ジョージ氏を招いた 「G8サミット東京直前行動 SHUT DOWN 貧困と環境破壊のG8」、マイケル・ハート氏らによる 「G8対抗国際フォーラム」をはじめ、 G8と同じ時期に開かれた 「先住民族サミット・アイヌモシリ2008」、「オルタナティブ・ビレッジ=キャンプ」 「チャレンジ・ザ・G8サミット1万人の市民ピースウォーク」 など多彩だった。市民サミット行事が44、関連行事が26、という報告もある。 いずれも、「貧困・不安定雇用・社会的排除をなくせ」 「自由貿易が食糧危機、環境破壊を招いている」 「金融投機をやめさせ、国際金融システムを改めよう」 「EPA (経済連携協定) FTA (自由貿易協定) に問題あり」 などといった要求である。 実はこうした運動は、2001年、イタリアのジェノヴァで開かれたサミット以来、様々な形で展開されてきていた。 その主張は、「世界の人口のたった13−14%程度を代表する8つの国の首脳だけで、世界の将来を決めていいのか」 という世界に民主主義を求める主張であり、 「世界は売り物じゃない。民営化反対、野放しの自由化反対」 という、新自由主義と帝国主義に反対する主張である。 「世界経済フォーラム」 に対抗して、世界の社会運動体が集まる 「世界社会フォーラム」 同様、「もうひとつの世界は可能だ」 も、異口同音のスローガンだった。 しかし、少なくとも日本の一般のメディアでは、昨年のドイツ・ハイリゲンダム・サミットの時と同様に、デモ隊と警官隊との衝突を 「暴動」 と報じることはあっても、 そうした 「異議申し立て」 があることすら、きちんと報道せず、その内容についても十分伝えられなかった。 ▼では、そのNGO集会の内容は? そして今回も、その 「異議申し立て」 の報道は、先に述べた通り、東京では、わずかに東京新聞の 「こちら特報部」 が気を吐いただけ、という状況だった。 もちろん、こうしたNGOの動きが全く報じられていなかったわけではない。「デモで4人逮捕」 も報じられたし、「NGOフォーラムが開かれた」 もあった。 しかし、こうしたNGOの会議で、どのようなことが話し合われたかは、北海道では違ったかもしれないが、東京で見る限り、ほとんど報道されていないのだ。 例えば、「NGOフォーラム 貧困開発ユニット」 が7月7日開催した国際ラウンドテーブル 「世界市民の声〜貧困をなくすために」 では、 「札幌宣言−世界の貧困をなくすための市民の声」 という文書が採択された、という。「そんなに目新しくもないNGO文書」 かもしれない。 しかし、今回食糧が問題になり、貧困が大きなテーマになっていただけに、その提起は政府の側のG8にはない提起であり、重要だと思うのだが、どうだろうか。 「私たちの生きる世界は不公正な世界である。わずか2%の最も裕福な人びとが世界の富の半分を享受する一方で、 貧しい側の半分の人びとが世界の1%の富を分け合う世界。10億以上の人びとが今なお、1日1ドル未満で生きざるを得ない世界。 食べ物はあるのに、人々が飢えている世界。薬はあるのに、予防・治療が可能な原因で人々の命が奪われる世界。 資金はあるのに、人々が、とりわけ周縁化された人々が、貧困によって死にゆく世界。これが私たちの生きる世界である」 と書き始めた 「宣言」 は、 「私たちは、この不公正を受け入れることはできない」 として、「富裕国」 に国連の場で何度となく確認されてきた、 貧困をなくすための 「過去の約束」 を果たすよう求めている。 「世界には8億5000万人もの飢えに苦しむ人びとがいるが、昨今の食料価格の高騰は、『静かなる津波』 として新たに1億もの人びとを飢餓状態に追いやろうとしており、 2015年までのMDGs (Millenium Development Goals=国連ミレニアム開発目標) 達成へのあらゆる努力に負の影響を与えている。 食料安全保障の欠如が主な原因で、貧困人口が17億人に増加するのではないかという報告もある。 世界には十分な食料があるにもかかわらず、先進国を利する金融投機やバイオ燃料政策が食料価格を引き上げ、公平な食料の分配を大きく妨げている」―。 (全文は、 こちら 参照) ▼いま、世界で最も重要な問題は何か 今回のサミットで日本政府は、「温暖化対策」 を中心に、「環境サミット」 とするべく宣伝し、2050年までにCO2を半減するという数値目標の合意を、と考えていた、 といわれている。しかし、この問題については、米国などの反対であえなく潰え、その代わり、中国、インドなど発展途上国も含めての 「努力」 を確認することでお茶を濁した。 そして、そんな思惑をよそに、世界経済は、米国のサブプライムローン問題を契機にした世界的な金融危機が始まり、 石油高騰や燃料作物問題が複雑に絡み合う中で生まれた新たな食糧危機が浮上し、実は温暖化対策どころではない状況が生まれてきていた。 G8諸国としては、そんな状況の中で、アフリカ諸国を含めた会合を開き、その声を聞くというポーズを取らざるを得なかった。 ここでも、G8は、自分たちだけで問題を解決することはできず、これまでの責任を忘れて、問題を 「世界」 に返さざるを得なかった。 まさに、G8諸国による 「資本主義の行き詰まり」 そのものである。 G8をどう捉えるか? それは実は、いまの世界をどう捉えるか、ということであり、世界の問題がどこにあるのかを正確に認識することである。 しかし、メディアは、そのことを考え、正しく意識していただろうか? メディアは、「持ち回りの年中行事」 が日本にやってきたことを意識し、前例に沿って取材体制を組み、出稿予定を作ってそれなりに対応しただろう。 しかし、「G8を機会に世界のいまを伝えよう」 とか、「いま世界で一番問題になっていることは何か、それを世界の人々がどう解決しようと考えているか」 について、 民衆の動きと共に伝えよう、などとは考えなかったのではないだろうか。 サミットの前に、政府以外の場所からは、いろいろな問題提起があった。NGOの会議を組織した人たちの議論もそうだったが、湯川秀樹、 下中弥三郎らによって始められ、現在は、武者小路公秀、土山秀夫、井上ひさし氏らによって引き継がれている 「世界平和アピール七人委員会」 が、 6月27日発表したG8に関する初のアピールもそうである。 そこでは、「グローバル経済の拡大のもとで、価格高騰や食糧不足が現実化し、国家間でも各国内でも経済的社会的傘が広がり、 社会不安や軍事紛争の危機を招いている」 と指摘。「先進工業国の責任を自覚し、問題の根幹を捉えた的確な決定を」 と訴え、 「地球環境の保護、国際金融の規制ルール、国際的な人権の擁護、核兵器の禁止などについて積極的な決定」 をすべきだ、とG8首脳に要望。 @ 環境対策は弱者の視点から A 「反テロ」に名を借りた戦争や人権の抑圧に反対する B 核兵器保有国は削減義務の履行を−と提言した。 しかし、そのアピールもほとんど報道されなかった。 (全文は こちら 参照) 実はこれらが、いまの世界の最大の問題なのであり、メディアはこうした問題提起に耳を傾けなければいけなかったのである。 ▼「視点」はどこにあったのか ジャーナリズムに必要だったのは、霧の洞爺湖湖畔で豪華ディナーを食べながら食糧危機を論じた人たちとは違った 「視点」 だった。 しかし、日本のメディアは、その 「豪華ディナー」 に対する批判ですら、欧米のメディアに先を越された。 「豪華ディナーを食べ食糧危機を語るG8首脳を 『偽善的と』 と断じた英各紙の鋭いセンスには、ジェラシーを感じた」 と書くのは、 G8声明に対するNGOの記者会見を詳しく報じた東京新聞 「こちら特捜部」 の 「デスクメモ」 だ。 東京では唯一だったこの優れた記事を出稿したデスクが、外国の新聞に 「ジェラシー」 を感じなければならなかった、日本の新聞の報道の 「仕組み」 とは何なのか。 私には、これは、洞爺湖畔に集まった新聞各社の 「G8取材班」 は、各国首脳や、ホストの外務官僚らとの面識はあっても、そこで発表される膨大な文書や、 首脳夫人の動きまで、G8が提供する情報の海を描くのに精一杯で、 「世界で最も重要な問題は何か」 という基本的な 「視点」 が失われていたことを示しているのではないだろうか。 独断でものを言わせてもらえば、「こちら特報部」 は、その 「海」 とは全く違う場にいたからこそ、別の 「視点」 を持つことができ、 優れた記事が書けたのではないかと思う。 私は、このことこそ、日本のメディアの構造的な問題として、今後も引き続いて考えていかなければならないのではないかと思う。 ▼メディアセンターの活動に意義 しかしその一方で、記憶されなければならないのは、こうしたNGOの活動や主張を伝える 「市民メディアセンター」 が設けられ、 実際にインターネットの動画サイトなどを通じて、多くの情報が発信されたことである。 このメディアセンターは、昨年7月以来、多くのNGOと連携しながら、G8に関わる動きを内外に伝えようとしてスタートしたもので、 「レイバーネット日本」 や 「Our Planet-TV」 「NPJ」 なども加わって組織されたもので、実際に、記者会見場がある 「市民メディアセンター in 北海道大学」、 コミュニティ・ラジオ局のためのスタジオを設けた 「市民メディアセンター札幌」、 ビデオ編集スタジオを持った 「インディペンデント・メディアセンター」 の3個所の拠点が創られ、ここをベースに登録した内外の約100人の市民ジャーナリストが活動した。 開会前の5日、札幌市内で約3000人が参加した 「ピースウォーク」 のデモでは、 これを取材中のロイター通信のカメラマンが 「警官の腰を蹴った」 として公務執行妨害で逮捕されたが、撮影中のカメラマンの背中を強引に引っ張り、 カメラマンが抗議する状況が居合わせた市民ジャーナリストによってビデオ撮影され、インターネットサイトにアップされたことから、 警察も釈放せざるを得なくなったのか、7日に釈放されたというケースもあった。 この映像はテレビにも放映され、「事実」 が世の中に明らかになり、警察の 「意図」 も見えてしまった。 繰り返すが、いま世界がどうなっているか。それを見詰めるには、洞爺湖に集まった首脳やその関係者を取材するだけでは足りないことは、はっきりしていた。 そんななかで、日本人が正確な国際認識を持つためには、NGOの主張も正当に伝えられなければならなかった。 市民メディアセンターの活動は、まだまだ小さく、決して十分ではなかったが、そのNGOの活動を伝えることに貢献した。 「新自由主義」 に席巻されている世界の矛盾と、それを推進してきた先進国の責任。洞爺湖サミットは、それが改めて露呈したサミットだった。 この中で、世界はどうすべきなのか、われわれはどうすべきなのか。 日本のジャーナリズムは、この問いにまだ答えていない。 2008.7.22 ◎犯行の引き金は「誤解」ではなかった!? 続・「秋葉原通り魔事件」に見る青年の孤独 「秋葉原通り魔事件」 について、論議は続いている。しかし、問題は少しずつずらされ、両刃のダガーナイフの所持を禁止する方向が提案されたり、 相次ぐネットへの脅迫まがいの書き込みを 「業務妨害罪」 で立件するなど、「安全・安心の街作り」 のための政策は次々と打ち出されているが、 一方で、より本質的な問題である「製造業への派遣労働」には手を付けず、「日雇派遣禁止」 の方向をちらつかせるだけでお茶を濁している。 しかし、この事件をめぐる具体的な事実、とくに彼の働き場であり、挫折を繰り返してきた青年労働者・加藤智大に、 希望を与えることができなかったトヨタの主力工場、関東自動車の実態については、その後全くと言っていいほど報じられていない。 加藤容疑者への 「共感」 と見えるものさえ、散見されると言われるネットの書き込みは、それが行き過ぎれば 「犯罪」 であることは事実だとしても、 「労働実態の告発」 もあるとすれば、軽視するわけには行かない。その意味で、メディアに求められるのは、詳細な 「事実」 の発掘であることは、昔も今も変わりはない。 ▼彼は 「解雇通告」 されていた 現場を訪ねたことが明らかになっている数少ないルポの中で、「週刊金曜日」 6月27日号の横田一レポート、「派遣先自動車工場での容疑者の日常」 は、 これまでの報道の中でわれわれの頭にインプットされた事件の概要が、実は大きな間違いをはらんでいたのではないか、ということを指摘してくれている。 つまり、われわれが報道によって認識してきている 「事実」 は、次のようなものだった。 子ども時代は優秀だったが、進学校で挫折した。自動車整備工を目指して短大に進んだが、結局目的を果たさないまま故郷に戻る。 だが、定職に就けず、転職を繰り返し自動車工場の派遣工へ。期間工から正社員への道どころか、また解雇、転職か、と夢が壊れたと思い、絶望した。 200人の派遣工のうち150人を解雇する方針が出され、何人かずつ上司に呼ばれて計画が伝えられた。 彼については解雇者には入っておらず、たまたま門の所で遭った派遣会社の社員に 「君は大丈夫だよ」 と立ち話で伝えられた。 しかし、事件直前の6月5日、出勤したところ、なぜか彼の 「つなぎ」 の作業服がなく、それで荒れて、会社を出ていってしまった。 継続が決まっていたのに、作業衣がなかったことで、解雇されたと思い込んだ…。 だからわれわれは 「切れやすい子だったんだなあ」 と思い、そんな彼に育て、結局、守れなかった社会を考えた。 しかし、横田レポートが伝えている 「事実」 は衝撃的だ。 つまり、@ 彼は解雇通告されていた A 「つなぎ」 は彼が 「ない」 と早合点して騒いだのではなく本当になかった B そのとき、同僚が上司に 「説明してやって下さい」 と伝えても、上司は誰も説明せず、止めることもしなかった−というのである。 横田レポートを引用する。 「秋葉原殺人事件三日前の六月五日早朝、トヨタの子会社 『関東自動車工業』 (静岡県裾野市) で加藤容疑者が暴れ出した。 『つなぎがない。いらなくなったら (首を) 切るのか』 と叫びながら、職場仲間のつなぎをぶちまけ始めたのだ。同僚のT氏は、すぐに上司に訴えた。 『止めてもらえませんか。解雇通知を受け取り、精神的の動揺して暴れているのです』」 「しかし上司は止めなかった。『君は解雇されない。延長の予定だから誤解するな』 となだめることもしなかった。T氏はこう振り返る」 「『加藤容疑者の夢は正社員でした。 《いまは派遣社員だけども、そのうち期間工になって、正社員になるんだ》 と話していました。 でもその夢が解雇通知とつなぎの件でうち砕かれた。加藤容疑者にも解雇通知は来ており、ショックを受けていました。 会社は 《加藤容疑者は延長する予定だった》 と事件後の記者会見で説明しましたが、それなら、なぜ暴れたときに伝えなかったのですか』」−。 取材に応じたT氏は、横田記者に 「つなぎ (作業服) 本当になかった。現場にいた者としてはっきりいえます」 とも語っている。 ▼「全員解雇」 の中での 「選別」 偽装倒産事件などでよくあるのは、いったん全員を解雇して、その中から会社に忠実な、問題を起こさないものだけを採用するやり方である。 労働者の働く権利など完全に踏みにじったやり方だ。しかし、その方法が会社にとって、労働者の 「選別」 をしやすい方法であることは言うまでもない。 かつて、国鉄の分割民営化では、反対する国労組合員に対してこの方法がとられたし、いままた社会保険庁の廃止・民営化で同様のことが語られている。 「組織替え」 という名の労働者の 「選別」 であり、「物言わぬ職場」 作りの方策だ。 しかも、一般正社員で、労働組合に組織されている労働者であれば、闘う方法もあるだろうが、借り上げのアパートに住まわされている派遣工は、 いまの派遣先を 「クビ」 になれば、住んでいる場さえ明け渡さなければならず、生活の場も奪われてしまうのだ。 その 「選別」 に異議を唱えることなどできず、派遣会社がどこかほかの派遣先を見つけてくれれば幸せ。そこに行く以外、方法がない。 今回の事件で、伝えられている派遣工200人中150人の大量整理についても、なぜそうしたことが行われるのか、「解雇通告」 がどういう形で行われたか、の報道はない。 「何人かずつ集められ、『解雇されるものがある。6月末まで頑張ってくれ』 と言われ、本人も落ち込んだ」 という趣旨の報道しかない。 枚数の関係かもしれないが、横田レポートにも、賃金などの労働実態は取材されているが、150人解雇のやり方や、会社が何をしようとしたか、 いまどうなっているか、の記述はない。関東自動車には、6月5日に、上司はどういう行動を取ったのかを含めて、なぜ150人合理化が必要だったのか、 生産体制をどう変えたのか、明らかにする責任があるのではないだろうか。 6月5日早朝、「つなぎ事件」 で職場を飛び出した加藤容疑者は、暗澹たる気持ちで一日を過ごしたに違いない。 毎日新聞6月10日付によると、「あ、住所不定、無職になったのか ますます絶望的だ」 とネットに書き込んだのは、この日の夜、6日午前1時44分のことである。 ネットに書き込んでも、止める人はいなかった。朝日新聞6月21日付によれば、彼は、取り調べ官に 「初めてきちんと話を聞いてくれる人ができた」 と語ったのだそうである。 ▼改めて労働現場の取材−事実報道を 彼が働いていた関東自動車は、トヨタが50%を超える株を持ち、トヨタから社長がやってくる基幹工場だ。 ベルトコンベアの中の 「労働疎外」 については、鎌田慧氏が 「自動車絶望工場―ある季節工の日記」 (1973年) で書いている。 「これは労働かもしれないが、何も作らない。作るのは機械であり、コンベアであるだけだ」―。 その時代から、「派遣法」 が動き出して、1985年、16の専門業種に限って派遣労働が解禁され、相次ぐ労働法制の 「規制緩和」 の中で、 「例外」 だった 「労働者派遣」 は当然のことになった。99年に原則自由化、2004年には、製造業にも解禁された。当時の日本経団連会長はトヨタの奥田碩氏である。 横田レポートは、事件の背景にある 「派遣社員の不安定さや正社員との絶望的な格差に加え、 派遣社員を部品扱いするトヨタ生産方式 (利益至上主義) も関係しているのではないか」 と指摘し、全トヨタ労働組合の若月忠夫委員長の話を紹介している。 「一番屈辱的なのはボーナスの日。正社員だけがボーナスをもらえて、非正規社員はもらえない。 欧州では、正社員でも非正規社員でも同じ仕事をすれば、給料が同じ 『同一労働同一賃金』 が当たり前ですが、日本では実現されていないのです」。 若月氏は 「『(加藤容疑者のいた) 塗装工程の検査は大変』 という報道もありますが、正確ではありません。全行程が大変なのです。 私は、組み立て工程など他の工程も担当したからよくわかりますが、『大変』 ではない工程なんか、この工場にはありません」―。 彼が置かれていた状況と犯罪に至る心理は、これまでの報道が示すように、解雇はされないのに勝手に解雇されると思いこんだ 「誤解」 だったのか、 横田レポートが示すように、実際に 「解雇通告」 を受けたあとのショックだったのか、 あるいは、自分が 「選別過程=まな板の鯉」 状況に置かれていることを知ったためだったのか―。 このことは、犯行に至る彼の心理と、事件の持つ意味を考えれば、格段に違いがあるのではないだろうか。 また、「つなぎ」 はなぜ、規定の場所になかったのか? まさか、労働者のふるい分けのための 「テスト」 が行われたわけではないだろうが、 暴れる彼を止めなかった 「上司」 は、もしかして、つなぎがそこに置かれていないことを知っていたのではないか? 「彼は荒れるかもしれない」 と読み込み、 解雇の材料にしようとしていたことはなかったか? これは 「勘ぐり」 である。しかし、若干の労働組合の取材を経験したことがある私から見れば、そんなことがあっても、 「クビ」 の数を合わせる数あわせに窮々としている派遣工管理の下級労働者 (そう、彼も労働者なのだ!)=横田レポートの中で言われている 「上司」 =がそんなことを考えても、全く不思議ではない。「労務管理上必要」 なのだ。 ▼若い記者とジャーナリストに期待する そして、新聞。いままで多くの読者は、加藤容疑者について、「誤解した結果の暴発」 と思っているはずだ。 しかし、横田レポートによって明らかにされたのは、読者のこの 「誤解」 を解くために、極めて重要な事実ではないか。 私は、もう一度、「改めて現場を」 とまた言いたい。もし、読者が得ている印象が間違っているなら、それをただす責任が記者にはある。 裾野市は、中央紙で言えば、静岡支局の管内、三島、沼津、あるいは御殿場通信部か、そんなエリアの担当だろうか。記者は決して多くないし、忙しい。 しかし、この問題を明らかにしてほしい。 精神鑑定で心神耗弱などが認められれば別だが、7人も殺したら、いまの状況では死刑は間違いないし、「誤解」 が元でも 「クビ」 が元でも大した違いはない。 情状で変えられる部分はまずないからね…、と法律家は言うかもしれない。 しかし、ジャーナリズムの論理は違うはずだ。この事実の究明こそ、新聞の責任だ。 ひとつ、心に残った記事のことを付け加えておこう。 毎日新聞が7月17日付で、神澤龍二記者の 「記者の目」 を載せている。29歳で同世代だと感じる神澤記者は、東京から裾野の関東自動車を訪ねて、 加藤容疑者の元同僚に話を聞き、自分の体験を通じてこの事件を考えている。神澤記者は、加藤の 「内面」 に生育歴から迫りながら、書いている。 「私たちの世代には実はいまだに、加藤容疑者のように固定化した価値観に縛られて生きている人たちは多い。 呪縛から解き放たれるため、『いろいろな価値観や職業、分野で生きる人々と本音で付き合ってみる』 ことが必要ではないか」−。 神澤記者は、自らのボランティア体験の中で自分が励まされたことを書いている。率直で、若々しく、いかにも 「記者の目」 らしい記事だ。記者は現場で学び、成長する。 ぜひとも毎日新聞にお願いしたい。現場を踏んだ神澤記者の積極的な活動を活かし、彼と共に、複数の記者を現地に入れ、徹底的な取材を積み重ね、 労働現場での労働と労務管理の実態と、資本の 「非人間性」 を明らかにしてほしい。 そこが明らかになり、何かが変わらなければ、余りにも空しい事件だ。第2第3の加藤容疑者を生まないためにも、それが求められているのではないかと思う。 2008.7.19 ◎国会質問の意味するもの─「偏向番組」とは何か 2008年5月、マスメディア概観(3) 5月20日の参院総務委員会で自民党の磯崎陽輔議員は、5月11日に放送されたNHKスペシャル 「セーフティネット・クライシス 日本の社会保障が危ない」 について、 NHKの福地会長らに質問した。「特定の番組について質問することは避けるべきだ」 と言いつつ、番組をヤリ玉に挙げ、スタッフについてまで言及したもので、 かなり 「異例」 な質問だった。 もちろん本人は 「圧力を加える意図などない」 というだろうが、現場で仕事をした経験を持つ立場から言えば、こんな質問について気にしなかったら、むしろおかしい。 もしかしたら、こういうのを 「圧力」 というのではないか? 最も恐れなければならないのは、職場の 「萎縮」。 そんなことがないように、NHK首脳部や、労組の毅然たる姿勢を改めて願うばかりだ。 ▼「社会保障が危ない」は偏向番組なのか 磯崎議員は、「昨年12月20日に、ワーキングプアの放送の政治的公平性について、質問した。しかし、改善されていない。 今度はよりセンセーショナルだ」 と前置きして、@ 健康保険証がなく手当を受けられなかった人について、医療費が支払えないため亡くなったというが、 なぜ滞納が起きたのか放送されていない。死亡との因果関係について検証がなく、いい加減だ A 民医連の病院を2つも冒頭に取り上げており、 深い関係があると地元ではいわれている病院だ。特定の政党と関係が深い病院だとすれば、政治的公平の観点から問題がある B スタッフにその方面に詳しい人がいて、番組に影響を与えているのではないか、調査すべきだ−と、NHKの福地会長、今井副会長らに質問した。 礒崎議員は 「保険証がなくなり、手当を受けられなかった人については、市町村には保険料の減免制度もあれば、生活保護の医療扶助もある。 日本の制度は 『国民皆保険』 であり、医療を受けられないことは絶対ないように配慮されている。保険証の取り上げと死亡の因果関係を検証したのか。 2年間に475人が死亡した、と放送し、『ほとんどが10割負担を恐れて、病院にかからなかったものと見られる』 などと、 『ほとんど何とかかんとかみられる』 という言い方で解説し、きわめていい加減だ」 と述べた。 問題はその先だ。 磯崎氏は、番組が堺市の耳原総合病院と倉敷の水島協同病院を取り上げていることを問題にし、2つの病院は民医連に加盟している病院で、 「地元では日本共産党と関係が深いとされている」 と発言、民医連を攻撃し、「そういう病院であることを知っていたか」 と日向英実専務理事に迫った。 専務は 「私自身は知らなかった。ただ、多くの病院があり取材に協力を得られるところから選んでいる」 と答えた。 磯崎議員はさらに、NHKスペシャルのスタッフの中に、「そうした方面の情報に詳しい人」 がいるのではないか、と述べ、 「放送の政治的公平性に影響を与えているという疑念を抱く」 と述べ、「NHK内部の調査をしてみる必要がある」 と主張した。 今井義典副会長は、「この番組が政治的に公平性に欠けているとはいえない」 と答弁したが、ここでもう一度考えてみなければいけないのは、 一般メディアがこうした攻撃を恐れて 「自己規制」 をしてしまいがちなことについてだ。 ▼取材先の選別、スタッフへの攻撃 つまり、この追求の仕方は、取材先を活動の中身や、そこでの実態で判断するのではなく、「ある特定の政党と関係があるかどうか」 で選別せよ、 といっているもので、要するに 「アカ攻撃」 だ。 しかし、こうしたことへの反応は、いまもメディアの内部に残っているものではないか。「そうか、あの病院も民医連か…。どこか違うところないかなあ…」 と、 レッテル張りを警戒して必要な取材先まで変えてしまうこともあるかもしれない。その 「危うさ」 を見事に衝いて、そうした風潮に乗った卑劣な質問だと言っていい。 そしてもっとひどいのは、「その方面に詳しいスタッフが居るのではないか。居て悪いとは言わない。しかしその影響が強くあるというのだったら問題だ」 という言い方だ。 「その方面に詳しいスタッフ」 というのは何を意味しているのだろうか。 言葉通りに受け取れば、こうした社会問題に詳しいスタッフが居ることこそ、NHKが誇るべき事柄であり、そうした人が、積極的に主導権を取って、 いい報道をしていくことこそ、「皆さまのNHK」 にふさわしい。 民医連の病院が、共産党と深い関係があるかどうか、私は知らない。共産党の党員だったり支持者だったりするスタッフが多いかもしれないとは思うが、 恐らくそれも決めつけだろう。しかも、この番組は、病院の医療方針やその在り方を紹介した番組ではなく、 たまたま患者対応の実態について取材に協力してもらったにすぎないのだ。 最初の部分の質問についても、この番組を聞き直した人によると、 番組は 「無保険だったから死亡した」 と言ってはおらず、 「無保険の状態で死亡した人が475人いた」 と、客観的事実を紹介していた、という。 磯崎質問のことで言えば、その人たちには、「なぜ市町村の救済措置や、生活保護を受けなかったのか。 それをしないで保険証が取り上げられても仕方がない、そういう人がまじっていないか。 とすればそれはその人の責任だ」 と言っているように聞こえる。「それを調べたのか」 というNHKへの追求は、どこかおかしいのではないだろうか。 気になることを付け加えておこう。福地茂雄会長は、磯崎議員への答弁で、「私は現場主義だ。だから、Nスペやいろんな番組の企画をしているところ、 編集をしているところに突然行ってみた。20数人のスタッフが議論しながら実に熱心に問題を議論していた。編集のところもそうだった」 と答弁した。 かつて、共同通信にも 「偏向攻撃」 の流れの中で、福島慎太郎氏が社長に乗り込んできた。 現場はピリピリしたが、労組の団結と職場の積極的な動きに、現実にはほとんど何もできなかった。「報道の自由」 とはそういうものである。 ▼「議会質問の限界」の常識 もともと、磯崎議員自身が言っているとおり、メディアの個々の番組について、直接自身のことに言及されて、間違いがあったとか、 被害を受けたとか言うのならともかく、国会の委員会というような場で追求し、意図や手法、出演者や内容までをチェックしていこうというのは、明らかに適当ではない。 まして政権政党の議員が政治的な力をバックに、干渉的な発言をすることなど許されていいはずはない。 自民党は2001年4月、「テレビ報道番組の一部は公平、公正さを欠いている」 と、所属国会議員や顧問弁護団による 「報道番組検証委員会」 を設置し、 全国2000人のテレビ番組モニター制度を導入、定期的に報道内容をチェックしている、といわれている。 言論には言論で、が原則であり、こうした問題を、国会や議会に持ち出すことこそ 「政治的」 であり、問題だ。 NHKは安倍首相が古森重隆氏を経営委員長に任命して以来、「国益を考えた放送を」 との発言が飛び出したり、強引な外部からの会長任命があったり、 政府・権力からの露骨な締め付けが始まっている。 放送法に言うように、「表現の自由」 を確保し、「健全な民主主義の発達」 に資するために、 NHKが、「あまねく日本全国」 で 「豊かで、かつ、良い放送番組による国内放送」 が提供するためには、こんなおかしな干渉ははねのけていかなければならない。 (了) *なお、この問題については、参議院のホームページから、磯崎議員の質問の全文を視聴できるようになっている。 (下記アドレス) なお、同じ委員会で共産党の山下芳生議員がこの質問に対して 「反論」 している。 ※ 磯崎議員の質問 また、 「放送を語る会」 は、この問題について、磯崎議員に抗議文を出している。 2008.6.16 ◎連帯を取り戻し、ひとりぼっちの青年をなくそう! 「秋葉原通り魔事件」に見る青年の孤独 世の中を震撼させた秋葉原の通り魔事件。突然襲われ、命を失った7人、傷つけられた10人と、その家族、仲間たちのことを思うとあまりに痛ましくて言葉もない。 まさに許されざる犯行だし、各紙が指摘する通り、「生活に疲れた」 など 「まったく卑劣で身勝手な言い分」 (読売) だ。 だが、各紙を通読し、事件の背景が分かってくるにつけ、浮かび上がってくるのは、犯人の青年が置かれていた寒々とした心の世界だ。それをどうしたらいいのか? この悲惨な事件から社会が汲み取らなければならないのは、いまの青年労働者が置かれた過酷な労働実態の改善と、 「ひとりぼっちの青年をなくす」 という社会全体の取り組みの必要性ではないかと思う。 暮らしにくい世の中。そこに生きる私たちが求められているのは、他者に関わる生き方、暮らし方であり、連帯と共生の精神を取り戻すことではないだろうか。 まだ、限られた情報しかなく、これから、事実がもっともっと解明されていかなければならないだろう。 しかし、いままで報じられたことから、それだけは言えるのではないだろうか。 ▼「また解雇か」の思い込み いままで報じられた事実関係を整理してみる。犯人の青年は、青森で少年時代を過ごし、小、中学校では成績も優秀で、高校も進学校だった。 そこでは目立たない少年だったようで、多くの仲間が大学に進んだが、1年浪人して、岐阜の自動車短大に。 好きな自動車に関わっていたはずだが、途中で教師に 「中学の先生になりたい」 と相談もしたが、転向はできず、整備士の免許も取れないままに終わった。 トラックの運転手などもしたらしいが、いくつかの派遣会社に勤め、仕事場を転々とした。昨年11月からは、東京の派遣会社 「日研総業」 からの派遣で、 トヨタが50%以上の株を持ち、幹部はトヨタから来る大手自動車製造会社 「関東自動車工業」 の東富士工場の塗装職場で働いていた。 時給が1300円、月曜から金曜まで、朝6時半から午後3時までの昼勤と午後4時から午前0時40分までの夜勤が1週間交代で続く。 夜勤が真夜中の勤務でないだけ、土、日の身体のリズムの切り替えは難しいかもしれない。「出勤時間になると目が覚めてしまう。 もう行かないんだから寝かせてくれ」 という書き込みにもそれがうかがえる。職場の成績は中の上、まじめな労働者だった。 派遣会社が用意した工場から、車で10分ほどの距離にある借り上げのアパートに住んでいたから、住所は 「裾野市」 だった。 「職住近接」 といえば聞こえがいいが、仕事をやめると住むところがなくなる環境だ。月収は20万になるそうだが、多分寮費も引かれるだろうし、決して高くはない。 自動車産業が厳しいことは比較的知られているが、この工場にも合理化の話が出てきていた。200人いた派遣社員のうち、150人が解雇される、という話。 普通の会社だったら大問題になるはずの削減だが、派遣の場合にはニュースにもならない。 5月30日、責任者に集められ、「派遣社員の中には解雇される者もいる」 「6月まで頑張ってくれ」 と言われ、「6月で終わりということか!」 と思いこんだ。 本人は3日、偶然派遣会社の社員に会い、解雇対象ではないことを知らされたというが、それだって、いつまで続くかの保障はない。 疑心暗鬼でいるところへ、作業衣が見つからなかった事件が起きた。本人が置き忘れたのか、何かの手違いか…? それからは、連絡をもらっても 「人が足りないから来いと電話が来る。俺が必要だからじゃなく、人が足りないからで誰が行くか」 という心境になった。 犯行を 「決意」 してナイフを買いに行った店員さんと話し、「人間と話すのっていいね」 と思い、携帯に実況中継的に書き込み、 誰かが止めてくれないか…と密かに思っていた (毎日12日付)。 しかし、誰も結局止められなかった。途中までは覚えていたが、あとはよく覚えていない凶行だった。 ▼労働法の破壊が劣悪な条件を生む 既にさまざまな人が指摘しているが、この事件の根底にある 「派遣労働」 の問題を見逃すわけにはいかない。 戦後、日本国憲法の下で、労働者の権利が改めて確認され、労働基準法、労働組合法がつくられた。 基準法は 「労働条件は、労働者が人たるに値する生活」 を営むための必要を充たさなければならないとし、 労使ともに労働条件の 「向上を図るように」 努めることをも求めた。 そして、「何人も法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」 と中間搾取を禁じた。 職業安定法でも、「何人も次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、 またはその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」 と、例外を除いて 「労働者供給事業」 も禁止した。 ところが、実際には、1985年 「労働者派遣法」 ができて以来、労働者を取り巻く環境は大きく変わった。98年には有期雇用の期間制限が緩和され、 99年には 「原則禁止・例外容認」 だったものが 「原則容認・例外禁止」 になり、2004年からは、製造業への派遣も可能になった。 「厳しい雇用、失業情勢、働き方の多様化等に対応するため」 というのが労働省の言い分だ。 結果として、1996年には3800万人いた 「正規雇用」の労働者は、2006年には3340万人になり、460万人も減少。 その代わり 「非正規雇用」 の労働者は、同じ期間に、1043万人から1663万人へと620万人増えた。2006年度の派遣労働者は、321万人。 この7年間で3倍以上に増えている。 しかし、派遣会社の 「社員」 といっても、いつ首を切られるか分からない、という状況は、人生をまともに考える若者にとっては、不安が増すばかりだ。 派遣労働者は企業では、人事課ではなく、部品などと同じ調達部門で扱われる。まさに買われているのは 「労働力」 だけ。 資本主義社会なのだから、安く買って高く売るのが商売の原則。商品ならそれでいいのかもしれないが、人間の 「労働力」 をそんな形で売買していいのか? 「中間搾取」 というのはそういうことではないのか。 ▼単調な労働が押しつぶした? そこでもう一つ考えるのは、自動車工場の現場 「流れ作業」 の実態だ。 いま、どの程度変わっているかわからないが、以前私が取材した自動車工場は、極めて合理化された単調な作業の繰り返しだった。 巨大なベルトコンベアが、ガタンと音を立てて動き、自分の工程の前に、1台の車が止まる。流れるバックグラウンド・ミュージック。 その間に作業をする。一定の時間が来ると 「ブー」 とブザーが鳴って音楽が止み、コンベアが次の工程に動く。 次の車…。音楽は元に戻って始まり、同じ作業をすると、また、ガタン、ブーと次の車…。繰り返し、繰り返し、勤務時間の間中続く。 そして、その片隅には、当時の人気女優の名前を付けられた産業用ロボットが、ものすごいスピードで身体をくねらすように動きながら、鉄板に穴を開ける作業をしていた。 ボルトを差し込み、締め上げる作業もしていたような気もする。 この間に、ベルトコンベアに載せられた鉄の枠組みだけだった自動車の原型が、車輪がつき、エンジンが付き、座席が付き、やがて、屋根と外装がかぶせられて、 自動車ができあがる。 東京新聞の 「こちら特報部」 によると、彼の職場は輸出用カローラの塗装点検で、8人1組、1台を66秒で目視点検する仕事だったそうだ。 それで生産台数は1日400台という。66秒という報道だったが、私が以前現場で聞いた話では、ベルトコンベアのスピードは、始業時から次第に速くし、 疲れたころにはスピードダウンさせるのだそうだ。曜日によっても微妙に工夫する、とも聞いた。 私が取材したころ、このコンベアについて作業している人たちは、とにかく、その会社の 「本工」 であり、労働組合員だった。 「闘う組合」 ではなく 「労働貴族」 が牛耳っていた 「第2労務部」 だったかもしれない。単なる 「ガス抜き」 に過ぎなかったかもしれない。 しかしとにかく、会社とは一線を画して要求を作り上げ、会社に提示した。労働者には、「○○自動車」 という会社の名前や 「私たちが造った車」 へのに誇りもあったし、 その現状を変えていく話し合いが曲がりなりにもできいた。 「派遣労働者」 も同じ工程で作業をしていれば、終わった時間にどこかに遊びに出ることもあっただろう。もっと親しく話す仲間を作ることもできたはずだ。 しかし、彼の場合、結局そこまではいかなかった。単調で無意味にさえ思える仕事…。彼はそれに押しつぶされたのだ、という気さえする。 ▼ひとりぼっちの若者をなくそう! ちょっとだけお節介になろう! 新聞各紙で、彼が書いたネット上の言葉が報道され紹介されている。「身勝手な言い分」 と言えば簡単だ。 しかし、実に見事に、彼自身の 「心象」 を表現しているではないか。 こんなに自己表現できる青年が、なぜ、こんな凶行に走らなければならなかったのか。 私は、彼の責任を問うことと同時に、そうさせてしまった 「社会」 と、私たちの行き方まで含めて考えなければならないのではないかと思う。 いま、メディアでは、ネットの書き込みにある危険な言葉をどうチェックするか、その体制をどう作ればいいか、に論議が集中している気がする。 しかし、ネットの言葉を 「監視」 しきれるものではないだろうし、それをすることで、事件が本当に防げるのか。 大事なことは、警察だのプロバイダーだの、といった誰かにそれを 「監視」 してもらうことを頼むのではなく、まず身近なところから、 内面を見せない青年に声をかけ、「連帯」 と 「共生」 の輪を広げていくしか、方法はないのではないだろうか。 「彼女がいれば、仕事を辞めることも携帯依存になることもなかった。希望がある奴にはわかるまい」 と思い、「本当の友達がほしい」 と思う中で、 「住所不定、無職になったのか」 と自嘲し、「出勤時間になると目が覚めてしまう」 異常な精神状態の中で、自分をどんどん追い詰めていったのではなかったか。 自分たちの若かったころを思い出してみよう。いつの世にも嫌なことはあったし、生活に疲れることもあった。 しかし、その時代、私たちの周辺にはいつも 「仲間」 がいたし、「先輩」 がいた。うるさい 「上司」 もいた。そういう環境があった。 いま、犯人の彼の周辺はどうだったのだろう? そう考えていくと、職場の労働組合や、青年運動の重要性を改めて考えられなければならないのではないか。 「彼も気の毒だ」 と書いたら、糾弾されるかもしれない。しかし、頭が良くて、環境が見えるだけに、自分で勝手に思いこみを膨らませ、 救いようのない凶行に走った青年を、本当にかわいそうだ、と私は思う。 ネットで、不特定多数であっても送ってきてくれるメールに 「ひとりではない」 と感じ、女店員と話して 「人と話すのはいい」 と思い返すが、 「中止はしない。したくない」 と、書かないでは居られなかった青年…。 もし、「おい、馬鹿なことを考えているのならやめろ! いつでも論争に応じてやるぜ!」 と誰かが書き込んでいたら…、と思う。 誰かが気づき 「お前、何考えてるんだ。僕だっておちこぼれ。でも、それにだって人生があるし、何とかなるよ。あおうか?」 とお節介を焼き、 「俺も一緒に行く」 と買い物にでも付き合っていたら…。 考えてみると、しんどいことだし、みんなにもそんなに余裕はない。 しかし、だからこそ、それが必要なのではないか。彼が書いている。「犯罪者予備軍って、日本にはたくさん居るような気がする」―。 彼を死刑にすればすむことではない。 2008.6.14 ◎「9条世界会議」−その意義とメディア 2008年5月、マスメディア概観 (2) 何年か経って、と考えてもいい。「2008年5月」 は、どういう時代、どういう時期として記憶されるのだろうか? 四川大地震が起き、自衛隊機が派遣できるかどうか話題になった月なのか、後期高齢者医療制度について廃止法案が提出されたときなのか、 アフリカ開発会議が開かれた月として記憶されるのか。 ▼記憶されるべきこと 私はいま、この時代に生きるひとりの日本人として、この2008年5月を、日本の歴史で初めて、「非戦」 「非武装」 をうたった日本国憲法第九条にちなんで、 「9条世界会議」 という大集会が、民衆の手で開かれ、主催者の予想を上回る成功を集めた5月、として記憶したい。 千葉・幕張で開かれた 「9条世界会議」 ( Global Article 9 Conference to Abolish War ) は、主催者側によれば、31カ国・地域から150人以上の外国代表が参加、 全国からの参加者は、2日間合わせ延べ2万2000人にのぼった。 初日の4日には、2月24日広島を出発した 「ピースウォーク」 も到着、7000人を予定した会場に、1万5000人が詰めかけた。 このため、入場できなかった人たちが続出、これらの人を対象に急遽、野外集会を開かなければならなかった。 この集会の中心になったのは、法律家による 「日本国際法律家協会」 や国際交流の船旅を企画・運営しているNGO組織 「ピースボート」。 この二つの団体を核にして、呼び掛け人と実行委員会が組織された。 アナン国連事務総長の呼びかけによる国際NGOネットワーク 「武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ」 (GPPAC)や、 国際民主法律家協会 ( IADL) が支援した。 会議では、1日目には全体集会が開かれ、ノーベル平和賞を受賞したマイレッド・マグワイアさん (アイルランド) や、 ハーグ平和会議を主催したコーラ・ワイズさん (アメリカ) などが話したほか、弁護士グループによる 「第9」 のコーラスや、加藤登紀子、 UAさんらによる音楽のアトラクションがあり盛り上がった。 2日目は、実行委員会主催のシンポジウムが6つ、特別フォーラム、パネル討論、ワークショップがそれぞれ2つずつ行われ、 各種団体による国際自主企画として、14の集会が開かれた。 このほか、映画やライブ、ミニステージなどの企画も盛り込まれたが、物販や宣伝のためのブースも、2日間にわたって設けられ、111団体が思い思いの宣伝をした。 違憲判決を勝ち取った名古屋のイラク訴訟グループは、いち早く 「判決全文」 を売り出した。 主催者側にも、どれだけの人が集まるのか、全体としてうまく行くのかについての確信は持てなかったのかもしれない。 しかし、「世界は9条を選び始めた」、「9条は日本だけの問題ではない」 という訴えは、日本中に共感を広げた。 若い女性たちを中心にした、キャンペーン・グループのボランティアは、大小さまざまな集会に出掛けて行って宣伝グッズを売り、「世界会議」 の意義を訴えた。 そして、その訴えを受け止める大きな中心になったのは、全国で7000団体を超えたとされる 「九条の会」 だったのではなかっただろうか。 多くの 「9条の会」 がこの 「世界会議」 に取り組んだ。仲間たちの訴えに呼応して、チケットも売れ、電車やバスを乗り継いで、 あるいは貸し切りバスで幕張に多くの人々が結集した。「9条はいまや、日本だけのものではない」 という訴えは、決して主催者たちだけのものではなくなったのだと思う。 集会は幕張に続いて、広島、大阪、仙台でも行われ、それぞれの地域で成功を収めている。 ▼報じられなかった「歴史的事件」 ところが、ここでまず考えたいのは、このような大きな企画が成功し、人々が集まっていたのに、 メディアの扱いがやはり小さく、そこからの広がりが感じられていないことである。 在京の一般紙では、朝日、毎日、日経、東京だけが報じ、NHKが極めて不十分ながら、ひとこと報じたが、読売、産経両紙には見当たらず、 民放各社のニュースにもなかったようだ。 「9条世界会議」 が4日開かれたことを報じた5日付朝刊の東京での扱いは、「朝日」 は2社面の下に2段格の扱いで、 会場に入りきれず屋外で集まった人たちの写真を掲げ、「9条の思い 会場あふれて 千葉・世界会議」 という見出しの横書き13字詰め23行だった。 「毎日」 も2社面で、右肩に細長い写真とともに、「『9条世界会議』 開会 マータイさんビデオ参加」 の記事が10字詰め40行。 「日経」 が2社面の下にベタで 「『人々に希望』 9条を評価 世界会議で平和活動家」 の11字詰め15行。 一般紙で最も大きな扱いは 「東京」 で、社会面右下に横見出しで 「『9条で命守られた』 9条世界会議 高遠さん語る 千葉で開幕」 と、 10字詰めで66行の3段の記事だった。 私はこの 「世界会議」 の実行委員会と国際自主企画にも加わっていたのだから、「公平な第三者」 とはいえない。 しかし、それを差し引いても、やはりこの集会についての新聞の扱いは、これで十分だった、とはいえないように思う。 「ジャーナリストとは、歴史のデッサンを描く仕事だ」 といったのは、確かワシントンポストの編集局長だったベン・ブラッドリーだったと記憶している。 新聞がニュースとして報じるための基準のひとつが 「歴史的視点」 だとすれば、今回の集会はまさに 「歴史的出来事」 ではなかったのだろうか。 わかりやすい 「ニュース・バリューの判断」 で考えてみよう。 第一に、「憲法九条」をテーマにした集会で、これほど大きな集会は、戦後日本の歴史になかったことではなかったのか。 第二に、この集会が決して十分ではなかったにせよ、国際会議として取り組まれ、それなりの国際的広がりをもって行われたこと。 これもいままでになかったことではないのか。 第三に、これまで憲法九条問題といえば、必ずと言っていいほど政党系列が指摘され、論じられてきた。 しかし、今回は、内部のさまざまな動きや思惑はあったに違いないが、こうした問題を乗り越えて会議が創り上げられ、そこに多くの人々が結集した。 「人が多く集まったらニュースだ」 「新しい出来事だったらニュースだ」 などと単純なことをいう気はない。 しかし、この集会の 「歴史的意義」 を捉えるなら、この扱いは、「民衆が主人公になっていく時代」 の大きな流れと、 そこでのエポックを捉え損なったメディアの判断ミスだと思う。もし、そうではなく、メディアに 「そんな運動は報道しない」 という癖がついてきてしまっているとしたら、 ジャーナリズムとしての責任放棄だと思えてならない。 つまり、「9条世界会議」 の 「成功」 は、これまでの 「9条についての国民意識」 が、さまざまな運動と社会情勢の中で、静かに変化し、 広がっていることの表れだったのではないかと考えるからだ。 これまで 「憲法9条の問題」 といえば、守るか、変えるか、変えて日本を世界にある多くの 「普通の国」 にするのか、自衛隊の存在をどう考えるか、 といった文脈で論じられてきた。 しかし、広がった 「九条運動」、あるいは 「九条の会運動」 と、その間の情勢によって、憲法9条はそんなふうに抽象的に論ずるものではなく、 戦争の危険を避けるために具体的に活用するものであり、「非武装」 という思想は、世界の人々が生きていく上で、重要なものだ、という考え方が広がった。 政府解釈を採用しながら 「自衛隊のイラク派遣は違憲だ」 とした名古屋高裁判決が、そうした理解を助け、力づけたことも記憶しておかなければならないだろう。 9条世界会議に集まった人々、そしてその背後で、幕張に仲間を送り出した多くの人々のそうした 「思い」 「意識」 こそ重要だ。 こうした流れをメディアが捉え切れていないとすれば、それは 「ジャーナリズムの危機」 以外の何ものでもない。 ただ、5日付紙面だけを取り上げて、これを問題にするのはやや性急かもしれない。「朝日」 はその後、 9日付で 「『非暴力こそ人々守れる』 9条に海外からエール 幕張・世界会議」 との記事を載せ、10日夕刊では 「窓 論説委員から」 のコラムで、 国分高史記者が3日前の改憲派議員の集会と比較して 「『9条』 の集客力」 と題して、次のように書いているからである。 「安倍さんの力みように比べ、幕張に集まった人たちの言葉や振る舞いは、とてもしなやかだった」 「憲法9条は、 ふだん国会で取材をしている政治記者の想像以上に広く、深く、若者たちの間に根を張っているのではないか。世界会議の盛況を見て、こんな思いを強くした」−。 論説委員を務めるベテラン記者のこのことばは、「永田町」 では捉えられない 「歴史の胎動」 を 「足」 を運んで現場で得た 「実感」 だったのではなかっただろうか。 この感覚が、なぜもっと早く、全体のものにならなかったのか、残念だ。 ▼高まるメディアへの関心 もう一つ記憶しておきたいのは、一般の人たちのメディアへの関心の高さだった。 「メディアは一体どうなっているのか」−それは、この数年間、「改憲論」 が改めて大きな問題として浮上して以来、多くの人々から投げ掛けられてきた問いかけだった。 「九条の会」 が生まれた時も、メディアは大きく取り上げることなく、「憲法」 はまるでタブーであるかのように、意識的にか無意識的にか、小さく扱われた。 今回の 「世界会議」 で、私は 「マスコミ九条の会」 「日本ジャーナリスト会議」 のメンバーとして、 「韓国記者協会」 と共催した、国際自主企画 「憲法九条とメディア」 に関わった。 そこでも痛感したのは、憲法問題の深化につれて、多くの人々の間でメディアへの疑問が不信となって深まっているのかもしれない、ということだった。 このシンポジウムで、パネリストを務めた桂敬一・元東大教授からは 「ことしの憲法記念日、メディアも変化してきている」 という報告があり、 韓国記者協会の金成春・元会長からは 「日本は憲法九条にもっと確信を持つべきだ」 という提言、 朝日新聞の伊藤千尋記者からも世界各地での九条が積極的な意味を持って受け止められていることが報告され、好評だった。 同様に、別の国際自主企画 「草の根メディア」 による、外国メディアの在日特派員を集めたシンポジウム 「世界の中の憲法九条」 も多くの聴衆を集めた、という。 メディアの問題についての関心が、高まっていること、メディアに対する期待が大きいことを、改めて考えなければならないと思う。 このシンポジウムについては、その記録を、何らかの形で公開できないか、主催者側で検討している。 2008.6.9 ◎目立つ「憲法を見る目」の広がり−憲法記念日の社説 2008年5月、マスメディア概観 (1) 2008年5月3日、憲法記念日は、いつものように護憲・改憲両派の講演会があったり、全国でさまざまな行事が行われた。 しかし、明確だったことは、「私の政権で憲法改正を」 と叫ぶ安倍内閣のもとで、国民投票法が強行されていく事態を見詰めていた昨年のこの時期と違って、 改憲論議はやや落ち着きを見せたことだ。4月はじめの読売新聞の調査で、内容抜きの抽象的な言葉でしかないにしても、「改憲賛成」 42.5%、 「改憲反対」 43.1%と、15年ぶりに、改憲反対論が賛成論を上回ったことも、その雰囲気を示していた。 こうした状況を反映して、ことしの各紙の社説は、「防衛・平和」 についての問題提起だけではなく、「生存権」 や 「表現の自由」 について語られたものが多かった。 「9条以外も考えてみよう」−当たり前のことだが、山陽新聞の社説のタイトルはそう書いて、「日本の将来を幅広い視点で考えてみたい」 と提起した。 ▼憲法は9条だけではない 在京各紙は、例によって、朝日、毎日、東京と、「改憲派」 の読売、日経、産経がくっきり違いを見せている。 まず、「日本国憲法―現実を変える手段として」 とする朝日新聞は、「憲法は国民の権利を定めた基本法だ。その重みをいま一度かみしめたい。 人々の暮らしをどう守るのか。みなが縮こまらない社会にするにはどうしたらいいか。現実と憲法の溝の深さにたじろいではいけない。 憲法は現実を改革し、すみよい社会をつくる手段なのだ。その視点があってこそ、本物の憲法論議が生まれる」と書いた。「憲法の活用」 である。 毎日新聞も、「『ことなかれ』 に決別を」 の見出しで、日教組の集会を断ったホテルや映画 「靖国」 の問題に触れ、「『面倒を避けたい』 と思うのは人情だ。 しかし、このとめどもない 『ことなかれ』 の連鎖はどうしたことか」 と指摘。「ダイナミックにとらえ直された 『生存権』。 その視点から現状を見れば、違憲状態が疑われることばかりではないか」 「憲法で保障された国民の権利は、沈黙では守れない。 暮らしの劣化は生存権の侵害が進んでいるということだ。憲法記念日に当たって、読者とともに政治に行動を迫っていく決意を新たにしたい」 と述べた。 東京新聞は 「なぜ? を大切に」 と題して、「日本国憲法の規範としての力が弱まっています。現実を前に思考停止に陥ることなく、六十年前、 廃墟の中で先人が掲げた高い志を再確認しましょう」 と訴え、「忘れられた公平、平等」 「黙殺された違憲判決」 を問題にし、 「国民には 『自由と権利を不断の努力で保持する』 責任 (第十二条)、いわば砦を守る責任があります」 「その責任を果たすために、 一人ひとりが憲法と現実との関係に厳しく目を光らせ、『なぜ?』 と問い続けたいものです」 と主張した。 地方各紙の見出しも、次のように多彩だった。 「平和に生きる権利 今こそ」 (北海道)、「自由に物が言えますか』 (新潟)、「根付かせよう表現の自由」 (茨城)、 「人権擁護し理想の追求を」 (神奈川)、「暮らしの中から論議を起こそう」 (神戸) などと目白押しで、 信濃毎日の3つの連載社説はそれぞれ 「九条は暮らしも支える」 「生存権を確かにしたい」 「表現の自由の曲がり角」 だったし、 西日本は 「国民が 『命』 を吹き込む大切さ」 「『生存権』 が尊重される社会に」、また、沖縄タイムスは 「9条を 『国際公共財』 に」 「貧困と格差が尊厳奪う」 だった。 ▼目立つ「生存権」と「表現の自由」 そしてまず、目立ったのが生存権の問題だ。 生存権の問題では、憲法25条、「格差」 の拡大から 「ワーキング・プア」、「貧困」 に触れた問題が目立った。具体的な指摘もある。 「『最後のセーフティーネット』 であるはずの生活保護の切り下げが進む。申請窓口での選別が厳しくなり、『母子加算』 『老齢加算』 が縮減・廃止された。 老齢加算の廃止については70歳以上の受給者が憲法違反と主張して、 青森、秋田など各地の地裁に提訴して争っている」 「生活保護よりさらに低い水準に設定されているのが最低賃金制度。東北は各県とも全国平均を下回る。 その最低賃金に合わせるようにして、国は生活保護基準の引き下げを決めた」 (河北)。 「憲法の理念とはかけ離れた社会問題もクローズアップされている。自殺者数が年間三万人を超え、子どもの虐待事件が頻発している。 若者を中心とした非正規雇用の拡大は将来にわたり格差を生み続ける不安の種であり、ワーキングプア (働く貧困層) の増加は、 『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の−』 と生存権を定めた二五条の精神には程遠い」 (北日本)。 「行きすぎた市場主義、能力主義が 『富めるものはますますとみ、貧しいものはなかなか浮かび上がれない社会」 (東京) が問題にされている。 こうした問題の指摘は各紙にあった。 もう一つ目立つのが、「表現の自由」の問題でである。 日教組の教研集会を断わり、裁判所の決定にも従わなかった 「プリンスホテル問題」 や映画 「靖国」 の上映中止をめぐる問題に言及がされている。 「焦土から復興に立ち上がった先達の努力によって、現在の日本は自由な民主主義諸国の一角を占めるに至った。先輩たちへの感謝を忘れてはなるまい。 ところが、最近、この成果を土台から腐食させるような問題が続いている」 と書き出した神奈川は、そのトップに 「表現の自由、集会の自由の危機」 をあげた。 「一部の映画館、ホテルが右翼団体の街頭宣伝活動などに萎縮した結果、自由が封じられた。 嫌がらせや不法行為には警察を含めて行政、社会が毅然とした態度を取るべきだ。ところが 『靖国』 の例では、 騒ぎの発端をつくったのは与党の国会議員だった」 「そこで思い出されるのが、反戦ビラ配布が狙い撃ち同然に検挙された立川反戦ビラ事件だ。 政府に批判的な表現を抑圧し、萎縮させるような権力の動きがあった」 「もし萎縮の連鎖や権力の暴走が続くようなら、 日本は戦前のような 『物言えぬ社会』 『専制と隷従、圧迫と偏狭』 の社会に戻ってしまうだろう。 国民一人一人が、表現の自由を守り抜く決意を持たなければならない」 と強調した。 「自由にものが言えますか」 と題した新潟は 「職場や学校で不当な扱いを受けても声を上げない。おかしなことを見聞きしても 『かかわりたくない』 と口をつぐむ。 その膨大な積み重ねが 『自主規制社会』 を招いたのではないか」と問題を投げかけた。 「いまこそ憲法理念に思いを」 という見出しの岐阜新聞は 「社会が萎縮すれば人権と民主主義は危うくなる。 公正で開かれた自由な社会を守り発展させるため、むしろ今こそ冷静に憲法を議論すべきではないか。 1年後に迫った裁判員制度を円滑にスタートさせるためにも、憲法の理念に思いを巡らせたい」 と述べている。 ▼「冷静な論議」を呼びかけ 改憲論の読売、日経、産経は、改憲論の読売が 「議論を休止してはならない」、日経が 「憲法改正で二院制を抜本的に見直そう」 と題して、 参院選で民主党が多数を取ったことで起きた 「ねじれ」 を問題にし、「九条」 「安保」 を避けて、「二院制の見直し」 を主張した。 ここでは唯一、産経が、4月に日本の大型タンカーが海賊に襲われた事件を上げて、「不当な暴力座視するな 海賊抑止の国際連帯参加を」 と、 「海賊も撃退できない憲法解釈がいかにおかしなものか」 と主張しているのが目立った。 それにしても、あれだけの議論のあとだ、改憲論が叫ばれた昨年の違いに思いをいたす社は多い。 いくつかの社が、「いまこそ冷静な論議必要」 (秋田)、「冷静に論議すべきとき」 (福井)、 「じっくり論議深めたい」 (中国)といった主張が出ていることも見逃すわけにはいかないだろう。 秋田魁は 「熱しやすく冷めやすいとでも表現すればいいのだろうか。憲法を改正するかどうかは最重要課題であり、賛成にしろ反対にしろ、 論議を歓迎すべきなのは民主主義の基本である」 「その意味で熱っぽさが収まった今こそ、冷静に議論すべき時であり、 賛成派も反対派もお互いの主張に耳を傾けることができるのではないか」 という。 福井新聞も 「社会が萎縮していけば、人権や民主主義は危うくなっていく。公正で自由な社会を守り発展させるには、今こそ冷静に憲法を議論すべきなのだろう。 変えるべきは変える、守るべきは守る。『イエス、ノー』 をはっきり意思表示することだ。国民1人1人が自分のこととして考えたい。 拙速であってはならないが、早ければ2年後に改憲は可能という期限が切られている」 と主張した。 そして、「平和主義を守り育てよう」 という徳島新聞も 「変えてはならないものがある。憲法の基本原則である国民主権、 平和主義、基本的人権の尊重だ」 「いずれも長い時間をかけて到達した普遍的な理念であり、価値である。 どんなに時代が変わろうとも、これを守り、より発展させていかなければならない」 と書いた。 愛媛新聞も 「ある意味で、憲法について冷静な論議ができる時間が与えられたことになる。熱に浮かされたような改憲論議ではなく、 地に足の着いた幅広い論議が今こそ求められよう」 と主張した。 だが、それならそれで、名古屋高裁のイラク派遣違憲判決は尊重されなければならない。愛媛新聞は続けて書く。 「気になるのは、憲法の空洞化といえる現象がますます目立つことだ。 例えば、名古屋高裁は航空自衛隊のバグダッドへの空輸活動を 『他国の武力行使と一体化し憲法九条に違反する』 と明快に認定。 この判決が確定した。にもかかわらず、政府は派遣を続けている。憲法をないがしろにするゆゆしき事態だ」―。 また、デーリー東北もこの問題を取り上げた。 「このところ憲法に絡む深刻な問題が相次いでいる。悲惨な歴史を背負う重い憲法を軽視する風潮が広がっているようにみえる。 憂慮せざるを得ない」 「名古屋高裁は四月、航空自衛隊がイラク・バグダッドに行っている空輸活動は憲法九条に違反すると判断した。 だが、防衛省の航空幕僚長は、この違憲判決について 『現場で活動中の隊員の心境を代弁すれば “そんなの関係ねえ” という状況だ』 と発言した。 お笑いタレントの言葉を使い、司法判断をからかった」。 北海道新聞が言っている。 「イラクの惨状は、武力で平和はつくれないという当たり前のことを見せつけた。軍事力に頼らず平和を目指そうとの流れが世界で生まれつつある。 平和憲法を持つ日本がその先頭に立ってもいいのではないか」―。 その原点は譲れない。そうした国民意識の流れを定着させること。それがメディアの責任だと思う。 × × あっという間に5月が過ぎて、とうとうこの欄のための原稿は5月中には1本も書けなかった。 「9条世界会議」 で、国際自主企画 「憲法9条とメディア」 に関わりすっかり疲れてしまった、身辺の雑事に追われ、気付きながらまとめる時間が取れなかった、 などは単なる言い訳。良くも悪くも一切の 「強制」 がない本欄執筆が後回しになった。 しかし 「連載」 と銘打って始め、少なくとも読んでくれる読者がいる以上、こんなことは許されるはずはない。 とりあえず、空白になった5月の「マスメディア」を、順次概観し、論ずることから責任の一端を果たしたい。 2008.6.3 ◎なぜ、「原告敗訴」「裁判長退官」なのか イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(下) それにしても、イラクの実態を審理し、政府の9条解釈と法律を点検した判決が、「伊達、福島判決以来の九条判断」 といわれたが、 原告をほんの一部でも勝たせるのではなく、全面的に請求を退けて国に控訴させないようにしてしか、 憲法違反の判断を示すことができなくなっている 「憲法のいま」 を考えざるを得ない。 そして、その判決がこんなに無視され、ないがしろにされて平気な政治状況…。これで 「日本は立憲主義国家」 だ、と言えるのだろうか。 ▼「違憲」判断の「難しさ」 伊達秋雄裁判長も福島重雄裁判長も、その時代、違憲判断とともに、原告を勝たせることで 「勇気」 を示した。しかし、いまはどうも事情が違っている。 「良心」 に基づいて独立して判断するはずの裁判官だ。まっすぐ考えれば、こうならざるを得なかったのだ、と信じたいし、 そう受け取らなければならないのだが、「傍論批判」 の一方には、今回も、岩手靖国訴訟、福岡靖国訴訟などと同様、 裁判官が違憲の判断を残すためには、結論は請求を棄却しなければならなかったのではないか、という推測が付いて離れない。 しかも、退官の直前の判決である。判決については 「勇気ある判決」 だったという評価の一方で、そうした判決のあり方を批判する声も後を絶たない。 今回の判決は、 @ 「自衛のため必要最小限の武力行使は許され」、 A 自衛隊の海外での行動も、輸送や補給などの協力は、 他国による武力行使と一体とならないものは許されている、とする政府の九条解釈を基に、 B その法律に基づいて作られた特措法では、 武力による威嚇または武力の行使ではなく、戦闘行為が行われることがない地域で活動することになっているが、 C 「認定できる事実」 によると、 「多国籍軍の活動は単なる治安活動の域を越え」、イラクはいまも 「国際的な武力紛争」 が行われており、 D 安全確保支援活動を名目とした空自の活動も 「現代戦では輸送なども戦闘行為の重要な要素」 で、 「多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援」 となっており、 E 「少なくとも多国籍軍の武装兵員を、 戦闘地域のバグダッドへ空輸するもの」 は 「他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」 −という論理構成になっている。つまり、現在のイラクと空自の活動の事実認定を詳細にした上での判決である。 従って、例えば、自衛官自身が訴えていたら、「平和的生存権」 から賠償を認めることが可能だったかもしれない、ともいえるのだが、 それにしても、最高裁に行けばまず無理だろう、というのはかなり常識的な判断になってしまっている。 朝日の社説の最後に、次のような一節がある。 「日本の裁判所は憲法判断を避ける傾向が強く、行政追認との批判がある。それだけにこの判決に新鮮な驚きを感じた人も少なくあるまい。 本来、政府や国会をチェックするのは裁判所の仕事だ。 その役割を果たそうとした高裁判決が国民の驚きを呼ぶという現実を、憲法の番人であるはずの最高裁は重く受け止めるべきだ」 ―。 私の理解によれば、朝日は 「この判決も、もし原告を勝たせてしまえば、政府側が最高裁に上告し、最高裁では違憲判決は出なかった可能性が強い。 最高裁がいま、結局、政府の行為を司法的に追認するだけの機関になってしまっている状況は、それでいいのか、反省しなければならないのではないか」 と、 言いたかったのではないかと思う。 本当にこんな状況でいいのだろうか? 司法が三権分立の一権力として、十分な機能を発揮していないことが、政治家が憲法をバカにし、 自衛隊幹部に、司法判断を 「そんなの関係ねえ」 と言わせてしまう原因の一つにもなっているように思えるのだが、どうだろうか。 そして、その司法の機能を果たさせるために、憲法学や公法学、政治学に責任はないのか、と思うのは、私だけではないだろう。 ▼憲法解釈と歴史的責任 今回の判決は、前述したように、基本的に 「自衛隊の海外活動に関する憲法9条の政府解釈は、自衛のため必要最小限の武力行使は許されるとし、 武力の行使とは、わが国の物的 ・ 人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為をいうことを前提としている」 と、政府の解釈をそのまま使った。 これは、裁判所自身がそう解釈しているということではないようだし、政府解釈に乗ることで、それを 「歯止め」 にしようと考えるのはひとつの選択であり、 「それにもかかわらず、実態は違憲だ」 という言い方には説得力があり、日本を戦争の道に引き入れさせないための最も現実的な方策だと思う。 しかし、憲法九条の解釈がそれでいいかどうか、という点では、やはり違和感を感じる人が多いことも事実だろう。 「自衛隊違憲論」 がその一つだし、逆に 「自衛隊はこのままでは違憲だから、改憲が必要だ」 という論拠は、 肥大化する自衛隊の状況を何とか合憲化したいという改憲論の論拠のひとつにもなっている。 そして、内閣法制局が、自衛隊の現状と憲法の矛盾を埋めるために、「専守防衛」 や 「集団的自衛権の否定」 で論理を構成し、 それがいまの憲法9条を支えていることも事実だろう。 私自身、憲法学的な理論展開と、政治学的な論理とをどう噛み合わせていくべきかについて、そんなに確信があるわけではない。 しかし、学問というものが、常に 「時代」 と切り結んで、新たな真理と人類の未来に向けての展望を示すものだとするならば、 かつてなく悲惨な戦争を経験し、地球を全滅させかねない兵器を手にした人類が、再び戦争をしないと誓って、戦争違法化への道に歩み出し、 その成果として生まれた日本国憲法9条を、定着させ、力にしていくための理論構成と実践は、むしろこの時代に生きるわれわれの任務であり、責任と言うべきだろう。 いまの自衛隊は、政府が言う 「必要最小限の戦力」 からいっても、限りなく違憲に近い状況だ、と私は思う。 政治的には、地雷だのクラスター爆弾はもちろん、攻撃的兵器を順次廃棄し、名実ともに憲法9条を持つ国の実力部隊にする程度まで縮小すべきだと思う。 そうした中でこそ、現在の政府解釈も、国民の多くの支持を得るだろうし、アジアをはじめ世界の人々の共感を得て、日本が評価され、理解されるのだと思う。 18世紀の終わりに 「永遠平和のために」 で 「常備軍はときとともに全廃させなければならない」 と書いたイマニュエル・カントや、 1927年のパリ不戦条約を持ち出すまでもなく、また、1999年のハーグ世界平和市民会議や、 最近の GPPAC (Global Partnership for the Prevention of Armed Conflict =武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ) の決議を持ち出すまでもなく、 憲法9条の国際的実現は、いまの時代に生きるわれわれの課題であり、次代への責任である。 5月4日、5日の 「9条世界会議」 もそんな自覚の上に立って開かれるはずである。 裁判官は歴史に残る判決をひとつぐらい書きたいと考えているものだ、と聞いたことがある。 しかし、その機会は求めて得られるものではないし、今回も選んでそうしたわけはなかろう。新聞記者も同じで、大きな舞台でいい仕事をしたいと考える。 しかし、どこでどんな事件にぶつかるかわからないし、逆に、重要な事件にぶつかっていながら見過ごしたり、手が回らなかったりして終わってしまう場合も少なくない。 今回の判決は、「確定」 を導いたことで、裁判長本人に対する誹謗、中傷に近い批判が聞かれる。 読売、産経だけでなく、北國新聞も 「イラク派遣差し止めや慰謝料請求など原告の訴えを退け、控訴を棄却しながら、 あえて憲法判断に踏み込む必要があったのかどうか」 「バグダッドへの輸送活動は、憲法と特措法上のいわば 『グレーゾーン』 にあって、 それを実行するかどうかは最高度の政治判断にゆだねるほかない」 などと言っている。 しかし、果たしてそういう問題なのだろうか? 退官しても 「裁判官は弁明せず」 かもしれない。しかし、青山裁判官は、歴史の中に生きる法律家として何を考えたか、 そのことと、政府解釈の採用とどう関わりがあったのか。私は、裁判長の胸の内をいつかじっくり聞いてみたい気がしている。 (了) 2008.4.29 ◎判決の「重み」から、「見直し」「撤退」へ イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(中) 「傍論だからそのままでいい」 とする政府の主張が罷り通り、中央のメディアがそれこそ 「暴論」 を広げる中で、地方紙が健全な主張をしているのは、今回も同様だ。 全国の県紙レベルの全紙をチェックすることはできなかったが、ネットで調べた限り、全国の新聞の論調は、北國新聞を例外として、 「この判決を真面目に受け止め、対応していくべきだ」 と、至極当たり前の主張から、「論議」 を呼び掛け、「撤退」 に傾いている。 北國新聞だけが 「『違憲』 判断には違和感」 として、判決批判をし、「イラク派遣は政治の決定において実施されており、 今回の司法判断をもってイラクでの活動がすべて違憲のごとく叫ぶのは的はずれ」 と述べている。 ▼重く、真面目に受け止めよ −論点その1 「この重み受け止めなくては」 と題した河北新報は 「司法のメッセージの重みを、はぐらかすことなく、きちんと受け止めて、今後の道筋を考えたい」 と述べたし、 「重く受け止めたい司法判断」 とする熊本日日新聞は 「違憲判断は判決そのものではないとはいえ、政府は重く受け止めるべきだ。 原則をあいまいにしたまま、既成事実だけを積み上げるべきではない」、 「明快な違憲の判断だ」 と評価した高知新聞も 「高裁レベルであっても 『違憲確定』 の影響は大きい」 と指摘している。ごく普通に考えて常識的な議論だろう。 そしてこのことは、まず政府にきちんとした説明を求め、「イラク派遣の再検討」 を求める論調になる。 「政府は活動の法的根拠示せ」 と題した宮崎日日新聞は 「政府は判決に対して 『納得できない。自衛隊活動は継続する』 との見解を示している。 しかし、そうであるなら自衛隊活動に関する情報公開を進め、法的根拠をあらためて国民にしっかりと説明するべきだ」 と述べたし、 南日本新聞も 「高裁の判断基準に照らして空自派遣の根拠をしっかりと説明すべきである。もはや詭弁 (きべん) は通用しない」 と主張した。 また、ここでは、自衛隊の活動が秘密主義に覆われていて、全体像が見えないことへの批判が強い。 西日本新聞は 「自衛隊が現地でどのような活動をしているのか、よく分からないという点だ。政府は 『作戦上、支障がある』 『隊員の安全のため』 などとして、 詳しい情報を開示しようとしない」 と指摘、「戦争の 『大義』 が崩れた以上、開戦を支持した当時の政府の判断を検証すべきだ。 その上で、派遣継続の是非を論議するのが筋ではないか」 と述べている。 また、茨城新聞は 「自衛隊派遣恒久法の早期成立を目指す前に、特措法に基づく自衛隊の一連の活動を検証し、その全体像を国民の前に明らかにすべきだ」 と主張。 「イラク派遣をめぐる裁判で初めての違憲判断であり、極めて重い意味を持つ」 とする神戸新聞も、「『違憲』 とされた実情について国民にきちんと説明できなければ、 空自は撤収するしかない」 と主張した。 「イラクでの航空、陸上自衛隊の活動だけでなく、新旧テロ対策特別措置法に基づくインド洋での海上自衛隊の給油活動など不透明な部分が多い。 政府は恒久法制定を急ぐ前に、一連の活動を検証して、全体像を明らかにすべきである」 (南日本) というのはもっともだろう。 さらに、通信社の資料の指摘に基づくのかもしれないが、「『あいまいさ』 の克服が必要」 と題した福島民友新聞、 「国民に活動の全体像示せ」 とした岐阜新聞が共通して、「3自衛隊による一連の海外活動について (1) 武力行使との一体化 (2) 戦闘地域か非戦闘地域か (3) 国際的な戦闘か否か─―など判決に示された判断基準に沿って説得力のある説明が必要」 と主張している。 ▼「見直し」から「撤退」論議へ −論点2 朝日が 「判決を踏まえ、野党は撤収に向けてすぐにも真剣な論議を」 と書き、東京は 「撤退も視野に入れた検討」 を主張したことは既に述べたが、 判決を機に再検討を求める声も大きい。 「違憲判決機に問い直しを」 と題した東奥日報は、「自衛隊の活動が海外に広がり続けているあり方や、 開戦から六年目の今も出口が見えないイラク戦争を問い直すことだ」 「判決を手がかりに、そうした流れでいいか、と立ち止まって考えてはどうか」 と述べたし、 岩手日報は、小笠原裕の署名入り 「論説」 で、「海外派遣を問い直す時」 とし、 「今回の判決で言及のなかった陸自と海自を含めて特措法に基づく自衛隊の一連の活動を検証し全体像を国民の前に明らかにする必要がある。 その上で日本の国際貢献の在り方や集団的自衛権問題を含めて海外派遣を問い直し、国民の判断を仰ぐべきだ」 との主張を展開した。 前述のように、「自衛隊の海外 『派兵』 への歯止め」 と受け止める中日・東京は、「名古屋高裁が示した司法判断は、空自の早期撤退を促すもの」 とし、 「高裁が違憲とした以上、空自の輸送活動をこのまま継続することは難しく、撤退も視野に入れた検討が必要ではないか」 と述べた。 琉球新報も 「撤退を迫る画期的な判断」 と指摘している。 「まだ派遣を継続するのか」 と題した北海道新聞も 「ここはいったん空自を撤退させ、自衛隊の海外活動のあり方を根本から論議し直すべきだ」 としたし、 新潟日報は 「高裁判断を無視するのか」 と題して、「憲法は国の根幹を支える大原則だ。空自活動が違憲と判断されたからには、イラクからの撤退が筋である」、 信濃毎日新聞は 「政府は重く受け止め、イラクからの撤収に向けた準備を急がなければならない」、 山陽新聞も 「イラク派遣を合憲だとしてきた政府の論拠をことごとく否定する内容である。判決を受け政府は、空輸活動継続を表明したが、引き延ばせば危険がつきまとう。 十分な情報開示も行われておらず、空自の引き揚げを検討すべき時ではないか」 と指摘、「今後も日本の国際社会で担う役割は、 非軍事を重視した平和貢献であるべきだ」 と主張した。 そして神奈川新聞は 「空自部隊は直ちに撤収を」 の見出しで 「平和憲法を持つ日本が、侵略戦争に加担することなどは許せない。 まして、自衛隊を海外派兵してそれを支援することなどは論外ではないか。自衛隊派遣違憲訴訟は、そのような素朴な国民感情から全国各地で起こされた。 この訴訟と判決は、そうした国民の声の正当性と平和憲法の意義を国内のみならず世界にも示している。 憲法を生かすのは、国民の努力にあることをあらためて強調したい」 と世論喚起をも促した。 見出しに 「派遣の正当性が揺らいでいる」 とした愛媛新聞は、「政府などからは活動継続の声が相次いでいる。だがそんな司法軽視が許されるのか。 ここで立ち止まり、撤退の選択肢を含めて国際貢献のありようを問い直すことこそ責務のはず」 と論を進めている。 「政府はバグダッド空港だけを非戦闘地域とする論法で活動を正当化してきた。ただ防衛相が離着陸に危険が伴うと認めるなど、主張には無理があった。 現に三年前には英空軍の輸送機が離陸後に撃墜されている」 「補給の重要性も現代戦では常識といえる。 陸自と比べ、より違憲の疑いが濃いという指摘もあった空自は飛行範囲を拡大したほか、任務を復興支援から多国籍軍や国連の人員、物資の輸送へと変質させてきた。 こうしたなし崩しの既成事実化の法的根拠がいかにもろいものか、判決は警告している」 「イラク派遣に踏み切った当時の小泉純一郎首相の国会答弁も思い出したい。 『自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ』 といった開き直りが真剣な論議を弛緩 (しかん) させた。政府にはツケが回ってきた形だろう」 と、論調は厳しい。 ▼重要な「平和的生存権」 −論点3 もう一つ指摘しておかなければならないのは、判決が 「平和的生存権」 について踏み込んだ言及をしていることを各紙が評価している点だ。 河北新報は 「高裁判決でもう1つぜひ注目したいのは、『平和的生存権』 の位置付けである。『平和的生存権はすべての基本的人権の基礎にある。 単に憲法の基本的精神や理念を表明したにとどまらず、憲法上の法的な権利として認められるべきだ』 『その保護・救済を求め、 裁判所に違憲行為の差し止めなど法的強制措置の発動を請求できる場合がある』。 政府に向けてのみならず、司法もまた憲法判断にかかわる自らの役割をきちんと認識し直そうとする宣言と受け止めよう」 と述べた。 また、北海道新聞も 「判決が示した重要な判断がある。平和的生存権を 『憲法上の法的権利』 と認めたことだ。 自衛隊のイラク派遣によってこの権利が侵害されたとはいえないとしながらも、『基本的人権は平和の基盤なしには存立し得ない』 と明言した。 平和は何にもまして大切だという指摘だ。近年、この当たり前のことが置き去りにされてきた。 政府・与党のみならず、すべての国民が、じっくりとかみしめてみる必要のある判決だ」と評価した。 愛媛新聞はこうした判断を前提に、「憲法前文の 『平和的生存権』 を法的に保護される具体的権利と認めた点でも画期的だ。 判決はその権利侵害があったかどうかを判断する前提として、まず空自の活動の違憲性を検討したのであって、 違憲判断を 『結論に関係ない傍論』 と切り捨てる政府の姿勢は疑問だ」 と批判している。 つづく 2008.4.28 ◎「傍論」批判、判決無視でいいのか イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(上) 自衛隊のイラク派遣の差し止めなどを求めた訴訟で、名古屋高裁・青山邦夫裁判長は、17日、イラクでの航空自衛隊の行動について、 「憲法9条1項に違反する内容を含んでいる」 と、9条をめぐる裁判所の判断では砂川事件の伊達判決、 長沼事件の福島判決以来になる実質的な違憲判決を下した。 原告は、違憲の確認や派遣の差し止め、さらに平和的生存権に基づく損害賠償などを求めていたが、これらの請求はいずれも棄却、 国側勝訴としたため、国が控訴することはできず、原告が控訴しないとしているため、確定することになった。 そして、平和的生存権について、「平和的生存権はすべての基本的人権の基礎にあり、単に憲法の基本的精神や理念を表明したにとどまらず、 憲法上の法的な権利として認められる」 と述べたり、イラクの現実について、「イラク、特にバグダッドは国際的な武力紛争が行われており、 特措法にいう 『戦闘地域』 に該当する」 とし、「現在イラクにおいて行われている空自の空輸活動は、政府と同じ憲法解釈に立ち、 イラク特措法を合憲とした場合であっても、武力行使を禁止したイラク特措法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、 かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる」 と判断しており、重要な内容をはらんでいる。 これに対し、政府はこの判決を全く無視し、中央のメディアはそれに対し及び腰だったことが目立っている。 しかし、地方紙の新聞論調を細かく当たってみると、「この判決を真摯に受け止め、論議を始めよ」 「それを押して活動を継続するなら十分な説明がまず必要だ」 「司法判断は思い。直ちに撤退するべきだ」 とまっとうに受け止めてることがわかる。順次見ていくことにしよう。 ▼「判決無視」の政府、在京メディアも批判に及び腰 まず、政府の姿勢だが、判決を受けて福田首相はすぐ、「違憲判断」 について 「傍論でしょ? 脇の判断…」 と述べ、 「判決は国が勝った」 として自衛隊の行動についても 「特別どうこうすることはない」 と切り捨てた。 町村官房長官は 「傍論を認めるものではない」 と、判決に不服を表明した。 改めて中学の社会科のおさらいをするつもりはないが、三権分立の日本社会で、裁判所は違憲判断をすることができ、 その判断は立法や行政に対するチェックの役割を果たすものだ。 その意味で、9条の政府解釈から説き起こし、イラク特措法についてもそれを認めた上で、自衛隊が実施している行動について判断した名古屋高裁の判決は、 まさに真摯に受け止めなければならないものだ。この点から言って、違憲判断を 「傍論でしょ? 脇の論…」 という福田首相の人を馬鹿にしたような姿勢は、 内容以前に、まずその点において責められるべきであり、第一、教育上よろしくない。 18日付の新聞各社の社説は、朝日新聞はさすがに 「判決を踏まえ、野党は撤収に向けてすぐにも真剣な論議を始めるべきだ」 と書き、 東京新聞も 「撤退も視野に入れた検討が必要ではないか」 と書いたが、毎日新聞は 「活動地域が非戦闘地域であると主張するなら、 その根拠を国民に丁寧に説明する責務がある」 「輸送の具体的な内容についても国民に明らかにすべきである」 としか言わなかった。 判決を一切無視する政府の姿勢を批判する主張は、少なくとも在京紙のこの日の社説には見られなかった。 19日になると、判決を受けて防衛省の田母神俊雄航空幕僚長の 「私が心境を代弁すれば大多数は 『そんなの関係ねえ』 という状況だ」 という発言が報道された。 判決が現地で活動する隊員に与える影響を問われて答えたものだが、「司法判断をやゆしたと取られかねない発言に批判が出そう」 (産経新聞) と書きながら、 その発言を問題にする論評はない。さすがにこれについては、原告団が抗議するなど問題になった。 石破防衛相も22日午前の参院外交防衛委員会で、民主党議員の 「責任ある立場の人間の発言としていかがか」 という質問に、 「大変人気ある芸能人の発言 (決まり文句) を引用して述べたことが適切だったかどうか、やや違和感を持つ」 と述べながら、 「現場の隊員に迷いが出るとすれば、政府の立場に変わりはないということを述べたものだ。 気持ちを引き締める心情においては理解できる」 と答えたとのことで、憲法判断がこうも蔑ろにされていることをどう考えるか、重要だと思う。 ▼「傍論批判」露骨な読売、産経 その中で結局目立つのは、この判決が、国を勝たせる中で議論を展開したことへの露骨な批判だ。 読売新聞は社説で 「兵輸送は武力行使ではない」 との見出しで 「自衛隊の活動などに対する事実誤認や法解釈の誤りがある。 極めて問題の多い判決文だ」 と主張する一方で、「傍論で違憲 問題判決」 と1面で書いた。 日経新聞は 「違憲判断を機に集団的自衛権論議を」 として、「集団的自衛権を巡る政府の憲法解釈の無理を浮かび上がらせたものとして注目したい」 と述べ、 自衛隊は 「戦闘活動には参加すべきでないが、後方支援には幅広く参加すべきであると考えてきた」 立場から、 「集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更が必要となる」 と言い、安倍政権が作った懇談会について、福田内閣が消極的なことを突き、 「名古屋高裁の判断は、福田政権のちぐはぐな姿勢に対する批判のようにも見える」 と結んでいる。 産経新聞は社説に当たる 「主張」 では 「イラクでの航空自衛隊の平和構築や復興支援活動を貶める極めて問題ある高裁判断」 と言い、 「政府は空自の活動を継続すると表明している。当然のことだ」 と、違憲判決など一顧だにしない姿勢を示し、 3面でも 「『蛇足判決こそ違憲』 最高裁判断封じる」 という見出しで、批判を集めた記事を載せた。 そこでは、「司法のしゃべりすぎ」 の新書で知られる井上薫氏や、映画 「靖国」 への助成金を問題にした稲田明美議員を登場させ、 「1審で訴えが退けられ、控訴が棄却されたのだから、違憲かどうかを判断する必要はなく、裁判所の越権行為」 (井上氏)、 「非常に高度な政治的判断について、上告を封じ、最高裁判断を封じることは憲法に違反しているまさに 『蛇足』 の判決だ」 (稲田氏) などの発言を紹介した。 もう一つ指摘しておきたいのは、産経の1面トップ記事の異様さだ。 この記事は、「空自イラク活動違憲判決」 「派遣継続国益に直結」 という見出しだが、判決内容を報じる 「本記」 的な約600字の原稿がリードのように扱われたあと、 「空自がイラクから引くようなことになれば、活動は対米支援の一環でもあるため、 日米同盟の価値を下げるのは間違いない」 という約 100行の解説風の記事がついた形になっている。 別段、「事実報道と解説は常に峻別されなければならない」 などと主張したいわけではない。 しかし、この1面トップ記事は、本記と解説がごちゃ混ぜになった記事で、内容はともかくとして、これまでの新聞の常識から見ると、相当変わっている。 産経はことばや文章を大事にする新聞社だったはずだった。一体どうしたのだろうか? 伝えられる 「データ」 と 「意見」 を読み間違えるな、と指導している立場からみると、気になるトップ記事だった。 つづく 2008.4.27 ◎「事件を見る目」、「足で稼いだ」取材 事件報道はどうあるべきか どうにもわからなかったのは、八戸で仲良しに見えた母と子の間に起きた 「子殺し」 だった。 報道によれば、殺された息子の小学4年生、西山拓海君は、「お母さん大好き」 の詩を書いていた子供だったというし、母親が虐待していた様子もなかった、 ということだったから、「なぜ?」 の疑問が広がった。 恐らく母親に、自分を失わせるような悩みがあり、瞬間的に世をはかなんで、衝動的に起きた犯行だったのではないか、と想像した。 地元紙がどうだったか検証する暇はなかったが、その後、少なくとも東京で見ている限り、報道はなかった。 ▼「ガーデニング王子」殺しの背景 毎日新聞が4月6日付のトップとして掲載した 「荒れた入植地 『生活苦しい』 過疎の一軒家 孤立感」 の記事は、まさにその背景に肉薄しようとした記事だった、 といっていい。毎日はこれから 「ニッポン密着」 というルポ風の記事を随時掲載するという。 記事によると、惨事のあった地域は、八戸のはずれ、美保野地区という入植地だったという。拓海君の母親は、戦後まもなく、祖父母の時代に入植。 彼女はこの村で育ち、高校に進学した。しかし、食糧増産のために、と原野を切り開いて始めた農業も、高度成長期に入って立ちゆかなくなっていったのだろう。 高校卒業後、村を出て結婚するがうまくいかなくなって離婚、生まれた拓海君と一緒に村に戻った。 近所の人が語っている。「この辺はいま、ほとんど農業をやっていない。作っても安くて食えない」。 西山家も開墾した300坪以上の農地も一部しか使われていなかったという。 拓海君は、その一部の土地で野菜や花を育て、楽しんでいた。自分のことを 「僕はガーデニング王子」 と呼び、 「畑から命がぴょこんと生まれます」 と書いていた子ども…。 「おかあさんはとってもやわらかい/ぼくがさわったら/あたたかい きもちちいい/ベッドになってくれる」 という詩も書いた。 容疑者となった母親が、この拓海君の 「土」 や 「いのち」 への喜びと、希望を共有することができていたら、それを、育てる見つめる余裕を持っていたら、 こんな惨事は引き起こさなかったに違いない。 毎日新聞は 「明るかった彼女が、こんなに暗かったかなと思うようになった」、「数年前から精神安定剤を飲むようになった」 という知人や親類の話を取材している。 母親の精神状態、心理状態は分からないが、ひどい 「うつ」 が隠れていたのかもしれないし、精神障害かもしれない。そんな 「何か」 が事件を起こしてしまった。 ▼「農業では食えない」 私はかつて、直接この地域とさほど遠くない 「むつ小川原」 を訪ねたことがある。もともと 「ヤマセ」 と呼ばれる東からの冷たい潮風で米作りが難しいところだった。 改良に改良を重ねて、やっと米が作れるようになり、入植したが、石油コンビナートの計画が持ち上がり、農地は切り売りされた。 「減反政策」 の中で地域は荒み、大きな家は次々できたが、国策に翻弄された人々の働き口はなく、出稼ぎしか方法が無くなった。 そのコンビナート計画もやがて消え、次はむつの原子力船。それも挫折し、続いて六ヶ所村の原子力燃料の再処理施設や、 放射能廃棄物の処分や保管場が建設された。しかし、「開発」 の陰で、その周辺地域の農業をめぐる状況が改善されたようには聞かない。 美保野地区を六カ所と結びつけるつもりはない。しかし、いま、食糧自給率が40%を切る状況の下で、全国の農村で 「農業では食えない」 状況が進み、 後継者難と離農が広がり、似たような悲劇と、それに近い状況が生まれているのではないだろうか。 「ガーデニング王子」 の悲劇は、そういういまの日本社会の病弊が引き起こしたものではないのか。 ▼遺体が語る「リンチ」の証拠 もう一つ、あげておきたいのは、同じ 「毎日」 だが、4月3日付の 「記者の目」。 相撲部屋のリンチ殺人を取材した新潟支局の岡田英記者の 「前親方、公判で告白せよ」 と題する記事だ。 岡田記者は事件を聞いてすぐ、亡くなった斎藤さんの自宅に駆けつけ、父親の正人さんに遺体と対面させてもらった。 「『記者さん、見てください。これがけいこでつく傷ですか』。正人さんは私に声を震わせて訴えた。居間の布団に横たえられた遺体には紫色のあざが無数にあった。 右脚にはたばこを押し付けたような跡が2カ所。顔ははれあがり、割れた額に赤黒い血が固まっていた」 と書く。 岡田記者は 「リンチではないか」 と直感し、実家を訪れた前親方に玄関先で疑問をぶつけたが、彼は否定するだけだったという。 よく知られた通り、警察が検視もしないですませた 「相撲部屋の犯罪」 は、納得できない父親によって行われた大学病院の遺体解剖で、明らかにされた。 しかし、その前段階で、現場を訪ねた前田記者の行動が、父親を励まし、真相を明らかにすることに役立ったことは想像に難くない。 ▼「足で稼いだ記事」ということ 言いたいのは、この2つの記事は、ともに 「足で稼いだ」 記事だということだ。 八戸署で警察に密着すれば、母親の供述は警察経由で得られるだろう。しかし、この現場に行かなければ、土地の歴史も人々の暮らしも分からない。 「ガーデニング王子」 の幼い命も、その母親も、日本を蝕んでいる、何か大きな流れの犠牲者だったのではないか。 八戸の記事には3人の記者の署名がある。記者たちが、背景を見通す力を持って現地に行ったのかどうかはわかならない。 新潟の岡田記者の場合も単なる談話取材のつもりだったのかも分からない。 しかし、この 「足で稼ぐ」 取材こそが、「ジャーナリズムの価値」 を支えていることを、忘れてはならない。 いま、社会の歪みが深刻になる中で、さまざまな犯罪事件が続発し、メディアもこぞってこれを取り上げ、「事件報道花盛り」 の感を呈している。 しかしいま、そこで問題なのは、この 「花盛り」 の事件報道が、警察取材に偏り、警察の情報を流すことだけに勢力が注がれる傾向が強いことだ。 しかも、報道だけではなく、裁判までもが、ともすれば被害者の声に耳を傾けるあまり、ただ加害者を糾弾し、 「報復」 を求める被害者の家族の声が声高に報道される傾向が強まっている。しかし、本当にこれで良いのだろうか。 微に入り細に入り、事実に肉薄し、それを報道する。ジャーナリズムはまずこのことが基本だ。 しかし、「なぜそんなことが起きたのか」 を考えるとき、犯罪事件は社会的な環境や条件を抜きに論じることはできないだろう。 そこには、「いまの社会」 の歪みをまっすぐに見る目と、事態に対する想像力が求められ、人間に対する信頼や、深い 「洞察力」 が求められる。 「事件報道」 とは、人々の単なる 「知りたい」 という願望=興味にこたえるためのものではない。 問題はその事件の 「社会性」 であり 「公共性」 であり、「なぜそんなことになってしまったのか。 その事件は、われわれの社会の歪みの反映でしかないのではないか」 という問題意識こそ求められているものではないのか。 「事件報道」 とは本来、私たちが生きている共通の社会への 「教訓」 や 「警告」 のためのものでしかないのではないか。 その意味で、この2つの記事は、「警察取材ではない事件報道」 の可能性を示している。 × × 「事件報道花盛り」 と書いた。しかし、一方で事件の取材がさまざまな形で制限される危険も広がっている。 裁判員制度に関わって、事件報道についての見解を新聞協会、民放連、雑誌協会などが発表した。 これについて、日弁連人権委員会からニュースへの寄稿を求められ、私の 「懸念」 をそこに書いた。 ニュース3月1日号に掲載されているが、 日本民主法律家協会のサイト に転載したので、併せて読んでいただきたい。 2008.4.8 ◎メディアの姿勢と「集団自決」 問題にすべきことは何だったのか? ▼際だつ読売、産経の主張 こんなことまで問題にするメディアは、本当にそれでいいと思っているのだろうか。 「『軍命令』 は認定されなかった」 と書く読売の社説、「論点ぼかした問題判決だ」 と書く、産経の 「主張」 だ。 沖縄戦での 「集団自決」 について、軍の関与があることを明らかにした大江健三郎氏の 「沖縄ノート」、家永三郎氏の 「太平洋戦争」 に対して、 その当事者とされた元軍人らが名誉棄損だ、と訴えた裁判の判決に対する考え方だ。 各社のタイトルでわかるように、この判決を妥当とするものが多いのだが、この2紙だけは違っている。 例えば読売は、判決が 「旧日本軍が集団自決に 『深く関与』 していた」 と認定した部分より、 「自決命令それ自体まで認定することには躊躇 (ちゅうちょ) を禁じ得ない」 とした部分を評価し、その 「命令」 がわからないことを、 「軍の 『強制』 の有無については必ずしも明らかではない」 と読んで、「(教科書の) 『日本軍による集団自決の強制』 の記述は認めないという検定意見の立場は、 妥当なものということになるだろう」 と結論づける。 ※ 参照 まるで安倍首相の 「間接的な強制はあったかもしれないが、直接的な強制はなかった」 と言ってのけた慰安婦問題での答弁を聞くようだ。 また産経は、「教科書などで誤り伝えられている “日本軍強制” 説を追認しかねない残念な判決である」 とし、 「最大の論点は、沖縄県の渡嘉敷・座間味両島に駐屯した日本軍の隊長が住民に集団自決を命じたか否かだった。 だが、判決はその点をあいまいにしたまま、『集団自決に日本軍が深くかかわったと認められる』 『隊長が関与したことは十分に推認できる』 などとした」 と述べ、 「日本軍の関与の有無は、訴訟の大きな争点ではない。軍命令の有無という肝心な論点をぼかした分かりにくい判決といえる」 と書いている。 読売も 「集団自決の背景に多かれ少なかれ軍の 『関与』 があったということ自体を否定する議論は、これまでもない。 この裁判でも原告が争っている核心は 『命令』 の有無である」 としているが、「軍の関与は否定できない」 としながらの議論は奇妙である。 ▼判断の起訴は名誉棄損の要件 しかし、そもそもこの判決で明快に言い切っているのは、この2つの著書がともに、「公共の利害に関する事実に係り、 もっぱら公益を図る目的で出版された」 と認められるものであり、原告らが 「自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できないとしても、 その事実については合理的資料もしくは根拠がある」 と評価し、著者らが 「真実であるとと信じるについて相当の理由があった」 と認めた、ということである。 すでに判例で確定されているように、メディアが名誉棄損に問われるのは、公共性や公益性を欠くような恣意的な論調や報道をされ、 それが事実に基づいておらず、しかも真実と信じる 「相当の理由」 が欠けているような場合である。 その意味で、資料調査と聞き取りに十分な時間と労力をかけて書かれ、既に歴史的文献となっている大江さんや家永さんの著書を、 名誉棄損で訴えることなど、相当の無理がある。裁判の中で原告はふたりとも、裁判になって初めて 「沖縄ノート」 を読んだことや、 他人に勧められて訴えたことを告白せざるをえなかった。むしろ彼らを使って政治キャンペーンしようと考えた人たちに責任があることは明らかだろう。 ▼沖縄2紙が訴えていること 「史実に沿う穏当な判断」 と書く沖縄タイムスは、同様に沖縄で起きた日本軍の住民殺害に触れ、「『集団自決』 と 『日本軍による住民殺害』 は、 実は、同じ一つの根から出たものだ」 と指摘し、最後に 「ところで、名誉回復を求めて提訴した元戦隊長や遺族は、 黙して語らない 『集団自決』 の犠牲者にどのように向き合おうとしているのだろうか。今回の訴訟で気になるのはその点である」 と問いかけている。 また、「体験者の証言は重い 教科書検定意見も撤回を」 と主張した琉球新報は、「ここで問題にすべきは、大江さんの言うように 『個人の犯罪』 ではなく、 『太平洋戦争下の日本国、日本軍、現地の第32軍、島の守備隊をつらぬくタテの構造の力』 による強制であろう」 と書き、 「この裁判によって、沖縄戦史実継承の重要性がいっそう増した。生き残った体験者の証言は何物にも替え難い。 生の声として録音し、さらに文字として記録することがいかに重要であるか。つらい体験であろう。しかし、語ってもらわねばならない。 『人が人でなくなる』 むごたらしい戦争を二度と起こさないために」 と、沖縄のジャーナリズムらしい決意を述べている。 一方、読売新聞は、「原告は控訴する構えだ。上級審での審理を見守りたい」 と書く。メディアの役割は、現場に行って証言を集め、事実を解明することではないのか? ▼「集団自決」ということば 私は実は、ちょうど大江・岩波裁判の判決が出る日、沖縄にいた。沖縄で憲法を考えるツアーに参加し、高江、辺野古といった基地闘争の現場や、 嘉手納、普天間の現場、そして沖縄戦の 「ガマ」 などをめぐっていたためだ。 ハワイ帰りの男性が米軍と交渉し、 全員を納得させて約1000人の人が助かったという 「シムクガマ」(読谷村) 旅行最終日の28日、「ひめゆりの塔」 を訪ね、那覇に戻る途中のバスの中で、携帯のネットで速報を見た仲間が 「大江・岩波裁判は、 原告の請求を棄却」 と大声を上げた。最後の予定していた訪問先は琉球新報社だったため、琉球新報の夕刊の刷り出しを現場で見学し、 同社の新聞博物館で、沖縄の新聞の歴史を改めて学んだ。 今回の裁判でも、沖縄2紙の用語は、本土の新聞と違っている。琉球新報は、「沖縄戦中、座間味・渡嘉敷両島で起きた 『集団自決』 (強制集団死) をめぐり…」 と書き、 沖縄タイムスは、「沖縄戦時に座間味、渡嘉敷島で起きた 『集団自決 (強制集団死)』 は…」 と書く。 つまり、沖縄戦の中で、ガマで手榴弾や毒物、あるいは鎌で傷つけあって多くの犠牲者を出した事件は、「生きて虜囚の辱めを受けるな」 と教え、 「軍民共生共死」 と言って 「軍民は一体だ」 と教えた結果の集団死は、「強制集団死」 であり、「自決」 とは明らかに違う、という表現だ。 自決を主張する男性と、それを逡巡する住民と2派に分かれて議論したあげく、 決行者が出て、140人中、83人が集団死した 「チビチリガマ」 の碑。 集団自決とは、「皇民化教育、軍国主義教育による強制された死のことである」 と書かれている。 琉球新報の新聞博物館には、サンフランシスコ講和条約の発効で 「うるま新報」 から 「琉球新報」 に戻った日の新聞が展示されていた。 「沖縄は沖縄で着実なあゆみを続けなければならない」 という趣旨の社説しか書かれていないところに、そこで闘ったジャーナリストの無念さを改めて思った。 沖縄はこの日、本土と切り離されたのである。 その後、闘いの結果、本土復帰は果たしたが、復帰後も基地は残り、いま 「一部返還」 という名の機能強化が進んでいる。 高江でも辺野古でも、「沖縄基地が強化されていくことは、われわれが加害者になること。ファルージャには沖縄の海兵隊部隊が行った」 と聞いた。 死者が出ると、基地には半旗が翻るという。 沖縄のことを書けばいいのではない。メディアはもっと 「原点」 にかえらなければいけないのではないか。そんなことを改めて考えている。 2008.4.1 ◎後期高齢者医療制度と憲法的観点 メディアの「鈍感さ」が事態を悪化させている
◎「先進国だけでは動かなくなった世界」を伝えたか? 「サミット報道」が示したもの
◎犯行の引き金は「誤解」ではなかった!? 続・「秋葉原通り魔事件」に見る青年の孤独
◎国会質問の意味するもの─「偏向番組」とは何か 2008年5月、マスメディア概観(3)
◎連帯を取り戻し、ひとりぼっちの青年をなくそう! 「秋葉原通り魔事件」に見る青年の孤独
◎「9条世界会議」−その意義とメディア 2008年5月、マスメディア概観 (2)
◎目立つ「憲法を見る目」の広がり−憲法記念日の社説 2008年5月、マスメディア概観 (1)
◎なぜ、「原告敗訴」「裁判長退官」なのか イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(下)
◎判決の「重み」から、「見直し」「撤退」へ イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(中)
◎「傍論」批判、判決無視でいいのか イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(上)
◎「事件を見る目」、「足で稼いだ」取材 事件報道はどうあるべきか
◎メディアの姿勢と「集団自決」 問題にすべきことは何だったのか?
◎後期高齢者医療制度と憲法的観点 メディアの「鈍感さ」が事態を悪化させている
◎求められる「事実」の報道 日経はなぜ統幕長、海幕長更迭を主張したか
◎法の支配にも「そこのけそこのけ」 「軍法」 「軍事裁判」の先取りを許すな
◎「分断政策」に負けた地域・国民 続・国民意識と岩国市民の選択
◎国民意識と岩国市民の選択 岩国市民は何に負けたのか